2人の30cm(2) | ナノ

:: 2人の30cm-2

 ーーあれから一年。
 その日のニュースは、今日観測できるという皆既月食で持ちきりだった。

 あれから土方は無事第一志望の大学に合格し、銀魂高校を卒業した。最後の最後まであの視線の意味を聞けず、あの日の夜、ほんの一瞬だけ触れられた手の感触も、忘れかけていた。

 大学での部活を終え家までの道を歩く途中、何となしに空を見上げる。街灯と通りに面した店や家の灯りのせいで、あの日の夜ほど星や月がキレイだとは思えなかった。やがて大通りから家へと曲がる角に差し掛かり、しばし立ち止まる。そして、その踵を自分の行くべき道とは別の方向に踏み出した。

 自分でも、どうしてそうしようとしたのかはわからない。でも、まずは単純に、あの日のような夜空が見たいと思った。そして、あの時から、もしかしたらそのずっとずっと前から、心の中にあるこの『何か』の答えがわかるような気がして。土方は一年前のあの場所へその歩みを進めた。

 自分の家から高校までは駅と反対方向で、卒業して以来その傍にも行っていない。かつての通学路を歩きながら、やっぱり時間は経っているんだなと感じる。新しいコンビニができていたり、家が建っていたり。一方で、自分が近藤や沖田達と部活帰りによく行っていた店が変わらずあったりもして、その懐かしさに心が少し温かくなる。

 徐々にそこへ近づくにつれ、胸の鼓動が高まっていくのが自分でもわかった。何があるというわけでもないのにおかしな話だと笑えてくる。家の灯りも街灯もまばらになり、ますます暗くなっていく道を行くと、ようやく目的地に着いた。そこは去年はなかったコンクリートの塀に囲まれていて、貼られた看板には『月極駐車場』の文字。先ほどまで感じていた時の流れをやっぱり少し寂しいものだなと思いながら、中の様子を伺おうとその塀の中に入った。

 その瞬間、信じられない光景が目に入る。
 以前は端に雑草が生い茂っていたその場所が奇麗に整備され、車が並んでいた事ではなく。かつての担任、その人が、すぐそこに立っていたから。

「...先生、なんでここにいるんですか......」
「それはこっちのセリフだっつーの。どしたの?」
「質問に質問で返さないでください」
「んぁー......なんでだろうなぁ。なんか、気がついたら来てた」
「俺も...そうですけど」
「真似すんじゃねーよ」
「真似じゃないです」

 軽口を叩いた後で、すぐに訪れる沈黙。空を見上げる銀八とは対照的に、土方は1年前とは変わってしまったその地面の一点を見つめながら、無意識に問い掛けていた。

「............あ、の......なぁ、先生」

「ん?」
「なんか俺に言いたいことあるんじゃないですか?」
「何で?」
「いや、何となくだけど...その、目がさ......」
「...ふぅーん......」

 勢いとはいえ勇気を出して聞いてみたというのに、元担任から帰ってきた言葉は気のない返事でしかなくて。頭の中で何かがブチッと切れる音がした。

「ちょっとアンタいい加減にしろよ!言いたいことあんならはっきり言いやがれってんだよ!!なんかいっつも物言いたげな目で俺の事見てたじゃねーか!!」

 噛み付くように言葉を吐いたものの、銀八は微動だにせず空を見上げたまま。

「あ、月が赤くなってきたぞ。見てみろ」
「だからっ!!...........................あ、ほんとだ」

 またも見当違いの答えに焦れて食って掛かったものの、その言葉に誘われてふと銀八と同じ方向に目を遣る。そこに浮かんだ月はほんのりと赤く染まっていて、その美しさに一気に魅せられた。しばらくの時間2人言葉もなく空を見上げていると、ふいに隣から声がする。

「...言える訳ねーだろーが。教師が生徒のこと、しかも同じ男の生徒のこと気になって気になってどうしようもねぇなんて」

 その言葉に驚き、思わずその横顔に視線を移した。だけど、一年前のあの時と同じように月の光が眼鏡に反射して、その表情は伺えない。少しだけそれを恨めしく思った。

「今日のニュース見てたらさ、去年のこと思い出しちまってよぉ。なんか知らねぇけど、ここに来てた。お前は、どうなの?」
「俺も...同じ、です」

 自然と口から出てきた言葉の後で、思い切って訊いてみる。

「......あの、先生は...俺のこと、好きなんですか?」
「...んー、わかんね」
「はぁ?じゃあ、どういう......」

「でも、なんかすげー、ものすっげー気になるんだよね。土方くんのこと、今もさ。事あるごとに、どうしてっかなーって考えてた」

「俺も、一緒...です」
「オメーさっきからそればっかりだな」

 続いて、じゃあとりあえず後でアドレス交換しようぜ、と言った後で、銀八はようやく土方の方を向いた。今度は月の光に邪魔されず、やっとその表情を知る事ができる。眼鏡の奥から自分を見るその眼差しはとても優しくて、温かくて。無言でこくりと頷いた。

「そろそろ帰るかぁー。体冷えてきたし、もう遅いしな」
「そうですね...」
「12月だもんなー。寒ぃなー」
「ですね」

 コートのポケットに手を突っ込んだままだったとは言え指先が寒さでかじかんでいるのを感じたから、手を出してはぁーと息を吹き掛ける。白い息が微かに指先を暖めてはくれたものの、すぐにそれは冷えきっていった。


「しょーがねーなぁ。.........ほら」


 ぽつりと言葉を吐き出した後で、背を向けながらこちらに手を差し出される。肩越しから見えるその横顔は、暗闇の中でも赤く染まっているように見えた。それは決して、赤い月のせいではなく。

 少しだけそれに見惚れた後で、土方は差し出された手を強く握り返す。繋いだその手も酷く冷えていて、これじゃ意味ねーじゃねーか、とか。何がしょーがねーなぁだよ、とか。いろんな思いが頭を過ったけれど。

 それでも。
 1年前の30cmが、0cmになったことの方が嬉しくて。
 あぁ、これだったんだって、やっと分かって。
 こちらを向いた銀八と互いに顔を見合わせ微かに笑ってから、あの日と同じ、星と月明かりだけが照らすあぜ道を二人歩き出した。



皆既月食の時についったーで滾った天体観測ネタから。最近そればっかですみません← 実は初ぱっつちだったりする...。ピュアすぎて書いてる本人が恥ずかしかったお話でした。読んでくださってありがとうございました!!
2011/12/15

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