:: いけ好かない男。-2 ーーそれなのに。 どうして今、俺はここに立っているんだろう。引き出しの中にぞんざいに入れておいた名刺まで探し出して。酷い雨の中、そこにあった住所を頼りにこんなところまで来て。 やっぱり引き返そうか、そう思った時に背後から声がする。 「うぉわっ!!ちょ、お前どしたんだよ!?ずぶ濡れじゃねーか」 「いや...あ、の......」 声の主の顔を見ることが出来ないまま言い淀む俺の代わりに、胸元の子猫がニャアンと鳴く。 「え...猫?」 俺は黙ってコクリと頷いた。 「とりあえず中入って。で、オメーはまず風呂な。話はその後」 どうやらこの事務所は自宅兼用になっているらしく、バスタオルと適当に見繕ったと思われる着替えを渡されて風呂場へ押し込められる。冷たい雨に打たれた体を熱めのシャワーで洗い流した後で風呂から出ると、坂田は応接用と思われるソファーに身を沈め、スマートフォンを弄っていた。 「おっさんくせーよ、この服」 「文句言うな。嫌なら全裸にすっぞ」 「...ね......猫は?」 「あぁ...ここにいる。すげー濡れてたから拭いといた」 「そっか...ありが、と...う......」 「で?どーすんだよ」 「何が...」 「何がって猫に決まってんだろーが。家で飼えねぇからオレんとこ来たんじゃねーの?」 「.....................」 「黙ってちゃわかんねーだろーが」 はぁ...と深いため息を一つ吐き、坂田は眼鏡を外して眉間を押さえていた。 「ウチにはもうミーコがいるから、だから...」 「あぁ、あの猫ちゃんミーコっていうのね。で?」 「ミーコ飼う時もすげー反対されたんだ。隠して飼っても鳴き声でバレるし...だからコイツをウチに連れてっても絶対戻してこいって言われる」 「だから?」 「だから、オメーんとこで」 「は?オメー??」 「さ、坂田さんのところで...飼って、もらえませんか」 「うん、無理。それ俺の仕事じゃねーし」 即答されたその返事を聞いた瞬間、目の前が真っ暗になると同時に痛感する。やっぱり俺がバカだった、と。 「でもまぁ、十四郎くんがオレの出す条件飲めるっつーんなら考えてやってもいーよ?」 「条件って...なんだ?」 「オレ今まで生き物飼ったことねーから、主にお前が面倒見ること。もちろん飼うんだからこっちもきっちり覚悟して責任持って飼うけどさ。ココ、学校から近ぇから帰りに寄れるだろ?それと、事務所の雑用係もよろしくぅー。で、どうよ?」 想像してたよりずっと容易い条件。眼鏡を外したままこちらを見る坂田の眼差しも、いつものような意地の悪いものではなく、心なしか柔らかいように思える。 「わかった。それで、頼む」 「頼むぅ?」 「お願い...しま、す」 「はい、契約成立ー。あ、あと...」 まだ何かあるのか、と身構えていると。 「オレがこんなことするの、下心があるからだって忘れんなよ?」 突拍子もない、予想もしない一言。 「下心?は?俺、男だぞ」 「知ってますぅー。そんなの初めて会った時からわかってますぅー。でもなんかさ、オメーは...うーん......」 「何だよ」 「なんだろ、手なずけたい?...みたいな??」 「みたいな?じゃねーよ!何だよそれ!!」 喚く俺を無視して坂田は眼鏡をかけてから腰を上げ、続いて淀みない言葉で畳み掛けてきた。 「じゃ、とりあえず買い出し行きますか。車で行くからその服でいいだろ?オメーが風呂入ってる間にネットで調べたんだけど、いろいろ必要なんだろ?食い物もそうだけど、トイレとかさ。あ、置いてくのも可哀想だし心配だから猫ちゃんも一緒に連れてくか。オレ車ん中で待ってるから、お前が買ってこいよ。で、病院は今日はもうやってないから明日連れてけ」 「...あ。俺いま金持ってねー......」 「うん、知ってる。じゃさ、これでいーよ」 音もなくふっと傍に寄ってきたかと思うと、坂田の顔が目の前に迫っていて。唇を、掠め取られた。一瞬の出来事に、俺は放心することしかできない。我に返ったのは、どのくらい経ってからだろうか。酷く長かったような、短かったような。 「ちょ、てめぇ何すんだよ!気持ち悪ぃな!!」 「なんかさぁ...オメーのそういう顔見てっと......」 「...な、なんだよ」 「...........................ムラムラします」 無言でクソ天パの鳩尾に拳をぶち込む。うずくまる様に少しだけ気分が良くなったものの、すぐにすっと立ち上がった男に、今度は噛み付かれるように口付けられた。 「今のはさっきのお返し。じゃ、行くよ。十四郎くん?」 瞳を覗きこんでくるその顔が本気で憎たらしい。 やっぱり いけ好かないヤツ だと、心底思った。 ついったで滾った弁護士×不良土方くん略して弁不を吐き出せてスッキリしたのもつかの間、スマホで「子猫 飼い方」とか検索してる弁護士可愛くね?と思ったら胸が苦しくて改めて弁不ひいては銀土の恐ろしさを思い知ってます...。読んでくださってありがとうございました!! 2011/12/07 [back][top] |