いけ好かない男。(1) | ナノ

:: いけ好かない男。-1

いけすかない【いけ好かない】
(連語)<「いけ」は接頭語>

気に食わない。
感じが悪くて嫌いだ。

ーー三省堂 大辞林より引用


 初対面の時から印象は最悪だった。
 新しくウチの顧問弁護士になったと紹介されたその男は、どうやったらそんなに趣味の悪い組み合わせができるのかと感嘆すらできる格好で、臙脂のスーツに黄色いシャツ、おかしな柄の青いネクタイを身に纏い、俺の前に現れた。おそらく本人としてはセットしているのであろうその髪は毛先が四方八方に散らばっていて、胡散臭い赤縁眼鏡の奥には死んだ魚のような瞳があった。

「どーも、坂田弁護士事務所の坂田銀時です。よろしく、十四郎くん」
「...............どうも」

 こんなガキに名刺渡したって、無意味なのに。そう思いながら片手で名刺を受け取った。別に紹介されたところで、コイツらの目的は親父の機嫌を取ることとその親父から仕事をもらうことなのは分かりきった事実で。俺にとっては今後関わる必要も、その予定も全くない人間だ。そして直感的に、俺はコイツとは気が合わないような気がしていた。
 
 俺は、大人を信用しない。
 必要以上に、関わりを持たない。
 そう心に、決めている。

 ーーそれなのに。 

「キミさぁ...そんな風に笑えんだね」

 誰もいないリビングで、いつものようにソファーに寝そべりながら猫のミーコと遊んでいると頭上から男の声がした。驚いて声のする方に目を遣ると、先日挨拶をされた弁護士が立っている。『糖』と書かれた趣味の悪い扇子を口元に当てて。

「てめっ!勝手に入ってくんじゃねーよ!!」
「だってキミのお父さんに呼ばれたから。入って待ってろって言われたし」
「じゃあチャイムくらい鳴らせよ!!」
「玄関ですれ違ったお手伝いさんが開けてくれたんですぅー。なぁ...その猫、名前なんてーの?」
「...........................」
「テメー無視すんなくそガキが。こないだもそうだけど、普段からそんなに瞳孔開きっぱなしなの?さっきみたいな顔、いつもすればいーのに」
「うっせーよ、黙れインチキ弁護士」
「...なんかよぉ。ネコみてぇだな、オメーは」
「はぁ?」
「警戒心たっぷりのネコ。違う意味でもネコ。あ、これは願望かな」

 もちろん返事をする気にはなれず、ちらりと一瞥するとニヤニヤとこちらを見る瞳と視線がぶつかる。

 いけ好かない男だと、心の底から思った。
 訳の分からない会話に付き合う道理はない。そもそもコイツとはまともな話ができそうにない。一刻も早く自室に戻ろうとソファーで寝そべるミーコを胸に抱いて立ち上がり、リビングを後にする。

「またね、十四郎くん」

 これからはずっと自室にいようと心に決め、リビングの扉を乱暴に閉めた。
 コイツにはもう関わり合いたくない、と。
 
 ーーそれなのに。

「オメーよぉ、ありがとうございますくらい言えねぇの?」
「.....................」

 学校からの帰り道、目つきが悪いと他校の生徒に因縁をつけられて喧嘩になり、ちょっとした騒ぎになった。警察に連れて行かれ事情を聞かれた後、俺を迎えに来たのはあの男で。

「前から思ってたんだけどさぁ、お前ガキのくせに眉間にシワ寄せすぎ」
「.....................」
「それとさぁ。その髪、何?前は黒かったろ。染めたの??」
「てめぇには関係ねーだろ」
「うん。つかさ、似合ってないわそれ。ダサい。変。元に戻しなさい」
「!!っだよ!うるせーな、この腐れ天パ!!!」


「戻せっつってんだよ。今度勝手に髪染めたら...犯すぞ」


 急に立ち止まり手首をぎゅうっと掴まれ引き寄せられる。俺を見据えるその瞳があまりに鋭すぎて。

「返事は?」
「...は......は、い」

 思わず、頷いてしまった。 
 少し前に見よう見まねで染めた髪のことをとやかく言ってきたのはコイツが初めてだった。誰も、何も、触れてこなかったのに。

 幼い頃から親父のご機嫌取りの為に吐き気の催すような世辞を並べ立てる大人に囲まれていた。初めのうちはそんな世辞も嬉しかったのかもしれない。親父が一代で大きくした会社だけど、その跡継ぎとして育てられた俺はせめて親に恥をかかせないよう懸命に振る舞った。でも、大人ってやつは狡猾なくせに脇が甘くて、子供の前だから分からないだろうとタカをくくっていたのか聞きたくもない話も平気で耳に入ってくる。

 とりあえず、おだてておけば。
 とりあえず、機嫌さえ取れれば。仕事さえ取れれば。

 本音が透けてみえると、期待通りに生きるのが馬鹿らしくなった。親とも口をきかず、勉強もせず、酒とタバコを覚えた。親は初めの方こそごちゃごちゃ煩かったが、そのうち何も言わなくなった。家の中で猫のミーコだけが俺の癒しだった。

 でも、コイツは他のヤツとは少し違うのかもしれないと、ふと思う。俺のことをガキ扱いして、敬語すら使わず、当然世辞もない。むしろ意味のわからないことばかり言ってくるおかしな野郎だ。

「...で?何か俺に言うことあんじゃねーの?」
「あ、......ありがと、う...ございます.........」
「なんだよ、言えんじゃん。ま、仕事ですから。困ったことがあれば、いつでもどーぞ?だって俺、お前んちの顧問弁護士だしィ」

 わかってはいた。コイツはこういう男だ。一瞬でも他の大人と違うかもなどと思った俺が間違ってる。それでも、隣を歩く男をグッと睨みつけると、またあの瞳が俺を見下ろしていた。いけ好かない、あの瞳が。



次で終わります!!
2011/12/07

→next
back][top

「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -