:: 銀誕2011 - 1 「あーあ。こんなことなら最初にウソの誕生日申告しとくんだったなぁ...」 質のいい生地に包まれたベージュのソファーに体を沈めながら、金時がぼやく。 確かにコイツがこのままホストでいる限り、自分の誕生日に店を休むなんて不可能に近い。事実、店の客には架空の誕生日を伝え、自分の本当の誕生日には休みを取って好きなように過ごすホストやキャバ嬢もいるらしいが。 「別にいつも一緒にいるんだからいーじゃねーかよ。ガキじゃあるめーし」 「うわっ。つめたっ!!金さんはロマンチストなんですぅー。記念日とか大切にするタイプなんですぅー!!」 「そうかよ...」 「ほんとは連休取って十四郎くんと旅行とか行きたかったんだけどさ、今年は店で祝ってもらうのは8日と9日にして10日は休みもらったから、10日の夜は一緒にいようね?」 おいテメーしっかり誕生日に休み取れてんじゃねーか!!と喉元まで出掛ったが、ツッコミを入れるのは我慢した。かぶき町を代表するNo.1ホストが誕生日当日に休むなんて普通ならありえない話で。おそらく店長である志村に相当無理を言って休みをもぎとっただろうことは簡単に予想できたので、俺は大人しく頷くことにした。 「...おう。何か欲しいもんとかあんのか?」 「うーん...家でのんびりして、十四郎くんが作ったご飯食べたい」 「ぶっ!!いつもの週末と一緒じゃねーか、それ」 「あとケーキね。生クリームのイチゴ乗ってるやつ。誕生日だから丸いのまるごと!ロウソク立ててふぅーってすんの。それと...うーん......あっ!!」 目を爛々と輝かせて自分を見る金時。悪い予感しか、しない。 「手紙、欲しいな。ラブレター的な?」 「て、が......み?」 「やっべ、これすっげーいい案じゃね?だって好きとか愛してるって言うのオレばっかりでさー。十四郎くん、いっつも恥ずかしがって言ってくんねーし。うわ...楽しみすぎてやべーなコレ!!」 予感、的中...なのか? でも、口に出して言えと言われるよりも手紙の方がまだ伝えやすいかもしれない。それに、自分の提案が余程気に入ったのか目の前でずーっと瞳をキラキラと輝かせたままのコイツを前に『嫌だ』なんて、さすがに言えねぇ。年に一度しかない誕生日だ。たまには言うことを聞いてやってもいいだろう。 「わかった。けどあんまり期待すんじゃねーぞ。メッセージカードレベルだからな」 「うんうん!それでも全然オッケー!!うっわー、すっげー楽しみなんですけどォ!!」 俺の選択は間違ってなかった、と...思いたい。 金時の誕生日まで、あと一週間。 +++ かぶき町のホストクラブ『Silver Soul』は現在も金時の職場であり、俺と金時が出会った場所でもある。半年と少し前、大学の学費を稼ぐ為に割りのいいバイトを探していた俺は、求人誌でそのホストクラブの黒服の仕事を見つけて応募した。俺は両親を早くに亡くしていて、育ててくれた親戚には虐げられはしないもののどこか壁を感じていたし、それまで十分世話になったので進学はするが援助は高校まででいいと自分から告げていた。 人の良さそうな若い店長からは黒服ではなくホストとして働かないかと熱心に誘われたものの、元来口べたで話も上手くないし酒もあまり強くないからと丁重に断り、当初の希望通り黒服として採用され働き始めた。 面接に行った際、店の看板には『No.1 坂田金時』の文字と共にでかでかと透き通るような金髪で死んだ魚のような目をした男の写真が載せられていて、こんなヤツがNo.1でこの店は大丈夫なんだろうかと訝しんだことを思い出すと、今でも少し笑えてくる。 実際に店で見たNo.1の坂田金時は写真とは違って、なんというか...オーラが違っていた。溢れ出るカリスマ性とでも言うべきか。柔らかな物腰、洗練された仕草、相手のニーズを素早く察知して会話を繋げる頭の回転の速さ、ここぞという時に見せる鋭い眼差し。他の従業員から、彼がかぶき町でも有名なNo.1ホストだと聞かされても納得せざるを得なかった。 『完璧』ーーその言葉がただ相応しいと思った。でもその代わり、完璧すぎてスキがなさすぎる気もしていて。いや、客の前では状況に応じてスキを見せていたようだが、俺にはそれすらも彼によって仕組まれたもののように思えて仕方がなかった。 店で働き始めて2週間程経ったある日のこと。閉店後の後片付けも終わりに差し掛かり、そろそろ上がろうかと店長と話をしていたところに坂田金時が突然現れ、突拍子もないことを言い始めた。 「新八くん、オレ土方くんに一目惚れしたから土方くんにお店辞めてもらってもいい?土方くんはオレが養うし」 「ちょっと金さん何言ってるんですか、困りますよ!!土方さんは黒服だけどビジュアルがいいからお客様にもすっごい好評なんですよ?仕事ぶりも真面目だし、僕は今でも土方さんにホストになってもらいたいくらいなんですから」 「いや、でももう決めたし。ね、土方くん?」 彼の口から発される言葉は接客している時のそれと180度違いすぎて、別人かと疑わずにはいられない。でもおそらく、これは...本人だ。 「......初耳です」 「金さん............」 「何二人揃って冷たい目ェしてんの!?いや、でももう決めちゃったもんね。金さん有言実行の男だから!!......わかった、じゃあオレと土方くんが付き合えたらお店辞めさせてもいい?」 「土方さん本人からの申し出なら、了承するしかないですよね」 「大丈夫です。俺はこの職場、結構気に入ってるんで。ホストにはならないですけど」 「ちょ、オレのこと無視して会話進めるのやめてくんない?とりあえず土方くん、お近づきのしるしに今日これから飯でも食いに行こーか」 「いや、明日は朝早くから講義があるんで無理です」 「じゃあ明日は?明後日は??」 迫力に気圧され、さらには顔までずいっと近づけてこられてはうまい言い訳も思い浮かばなかった。 「...じゃ、あ...明後日なら......」 「じゃあ明後日で決まりね!わーい、土方くんと初デートぉー!!」 「.....................」 「.....................」 言葉の出ない俺と志村をよそに一人はしゃぐNo.1ホスト。この時からもう俺はコイツのペースに嵌ってたんだと思う。それから事ある毎に半ば強引に飯やらドライブやらに連れていかれたが、一緒の時間を過ごす中で俺が金時に惹かれ始めるのにそう時間は掛からなかった。 だって、アイツが俺にいろんな『坂田金時』を見せてくれるから。 俺と一緒にいる時のアイツは完璧なNo.1ホスト『坂田金時』とはほど遠くて、アイツの行きつけだというスナックで俺がいるのも忘れてママやホステスと口喧嘩したり、そんじょそこらの女子なんて目じゃないくらいの量の甘味を平然と平らげてみせたり、でもたまに「土方くんのこと、オレ本気で惚れてんだよ」って目を煌めかせながら言ってみたり。 でも、俺は不思議と幻滅はしなかった。俺といる時にだけ見せてくれる『坂田金時』の方が完璧なNo.1ホストよりも“彼らしさ”があるような気がしたから。ただ不思議だったのは、店長である志村と3人の時は比較的俺と一緒にいる時のヤツに近かったが、他のホストや従業員もいる時はNo.1ホスト『坂田金時』のままなこと。初めて誘われたあの夜からまだ間もない頃、俺は酒の力も借りた上で思い切って本人に聞いてみた。 「他のヤツがいる時と俺といる時のお前ってずいぶん違くねーか?」 「あ、バレた?」 「バレたも何も、わかりやすすぎんだろーが」 「うーん、土方くんになら見せてもいいかなって」 「まだ会って間もないのに何でそんな風に思えんだよ...」 「勘、かなぁ...。それとオレ、人を見る目だけは誰にも負けない自信あるから。土方くんを一目見た時に“あ、この子だ”って感じたんだ。だから、土方くんはまだ気づいてないけど絶対にオレのこと好きになるし、オレのものになるんだよ?」 仕事帰りに連れて行かれた飯屋の個室で、金時は言い放った。俺の瞳をしっかりと見据えたまま、それがさも当然であるかのように、自信たっぷりに。 「俺は俺のものだ。誰のものでもねーよ」 そのままヤツの煌めいた瞳を見続けていたら、こくりと頷いてしまうような気がして。慌てて目を逸らし、ぶっきらぼうにそう返すのが精一杯だった。 実際にはそれからそう時間の経たないうちに、俺は金時の何度目(いや、何十度目か)になる告白にOKの返事をすることになる。 あとがき 次ページでラストです! 2011/10/10 →next [back][top] |