僕のお月さま(4) | ナノ

:: 僕のお月さま - 4

 カーテンをすり抜けた日差しが寝起きの目に突き刺さる。この分だときっともう時計は昼頃を指しているに違いない。ふと傍らを見ると、坂田が布団の上で胡座をかいている。

「...おはよ」
「.........」

 声を掛けたのに返事が無い。

「...坂田?」

「...ヒジカタクン」

 ひ...土方くん?そんな風に呼ばれたことねーぞ。

「何だよ」

「キノウノコト、オボエテル?」

 未だ寝ぼけ気味の脳で昨夜の記憶を辿る。
 ――そうだった。俺は昨日こいつに告白されて、何故か自分からキスをした。改めて思い出すと顔から火が出るほど恥ずかしくて、目元が熱を持ってくるのが自分でも分かる。

「お...おう」

「チョットサ、ホッペタツネッテクンネェ?」

 布団の上から坂田が俺を見上げるように振り返ってきた。その瞳はどことなく虚ろで、そういえばさっきからこいつの様子は少し変だ。いや、坂田の言動がおかしいのは前からそうだけど、でもそれにしたって違和感がありすぎる。
 俺はベッドから降り、言われたとおりヤツの頬をぎゅうっと抓った。

「いったァアアアアアアアア!!!!」
「オメーが抓ってくれって言ったんじゃねーか!!」
「それにしたって加減ってもんがあるでしょーが!!」

 涙目で抓られた頬を擦りながら坂田が呟く。

「良かった...夢じゃなかった......」

 心底ホッとしたようなヤツの顔を見ていたら、引いたと思ったのにまた顔が赤らんできた気がしたので、それを誤摩化すようにそっぽを向きながら声を掛ける。

「飯、食いに行こうぜ」

「...おう」



 ――あれから1ヶ月。坂田とは学校帰りにファーストフードへ寄ったり、休みの日にゲーセンへ行ったり。どうやらアルバイトをしているらしい坂田は案外忙しくてそうべったり過ごすようなことはなかったが、それでも以前よりきちんと学校へ来ているし、授業も受けている。俺と坂田が急に話すようになって最初はクラスメイトも遠巻きに、訝しげに見ていたが、俺も坂田も元々友達なんていなかったからそのうち誰も気に留めなくなった。
 あの夜、坂田が言った“付き合う”ってのがどういうもんなのか未だによく分かってないが、普通の高校生の友達同士に近い...と自分では思う。違うのは、人気のないところで坂田が手を繋いできたり、隙を見てキスしてくることくらい――。口喧嘩なんてしょっちゅうだけど、それでも坂田と過ごす時間はとても楽しかった。まだたった1ヶ月だし、見た目はやっぱりその辺の不良にしか見えないけど、さりげなく俺に気を遣ってくれたりもしてコイツの根っこは優しい人間なんだってことが少しずつ分かってきた。

 今日は金曜日。来週からテスト期間だ。高3になってクラスの雰囲気はますます殺気立ってきたように感じる。ただ、自分も周りと同じように大学に進学するつもりだし、成績を下げて親を心配させたくもないので、この週末はしっかり勉強しようと大量の教科書や参考書をカバンに詰め込んでいた。

「明日オレんちで勉強しねー?」

 気付くと坂田が俺の机の傍らに立っていた。
 ...え?......いま、勉強って聞こえたか?あ、っと...空耳??

「おい、オレだって勉強くらいするんですけどォ」

 見上げると少しムッとしたようなヤツの顔。

「別に、構わねぇけど...」
「よし、じゃあ決まりな。オレんち駅のすぐ近くだから、夜にメールで住所と道順送るわ」
「お、おう」
「じゃあ明日なー!」

 教科書や参考書が入っているとは到底思えない薄いカバンを手に颯爽と教室を出て行くアイツを俺はぼんやりと見送った。

 翌日、母さんに友達の家で勉強してくると告げると「お世話になるんだから御家族に手土産を持っていきなさい」としつこく言って金を渡されたので、駅前でアイツの好きそうなケーキを見繕ってからメールにある道順のとおり坂田の家へ向かう。
 辿り着いた住所には、お世辞にもキレイとは言えないアパートがあった。それに、家族向けというよりは、一人暮らし用のように見える。本当にここでいいのかと不安に思い、坂田に電話しようと携帯を取り出したところで二階にある一室の扉が開いた。

「土方ーここ、ここ」

 やっぱりこの住所で合っていたらしい。少しホッとして坂田の部屋へと続く外階段を上る。でもなぜか少しだけ、ただ少しだけ、不安にもなった。

「これ、御家族にって母さんが」

 玄関に入り先に坂田にケーキを手渡すと、普段通りの緩い声で返事がきた。

「あー、オレ、家族とかいねぇんだわ」
「えっ...」

 訳も無く胸がざわついた理由が裏付けされたようで、急に上手く呼吸できなくなる。

「そういやまだおめーには言ってなかったか。ガキん頃に両親は事故で死んじまって。それからは遠縁の先生のところで育てられたんだけど、先生もオレが高校入ってすぐに...な」

「せん、...せい?」

「あー、先生ってのは周りがそう呼んでたからオレもそうしてただけ。自宅で子供相手に塾みてーのやったり、剣道とか教えてた。だからオレも剣道やってたんだ」

「そ、っか...」

「同情とかすんなよ。一人ってのも結構気楽でいいもんだぜ。まぁたまに大家のババァがちょっかい出してきてうぜーんだけどさ」

 笑ってそういう坂田の横顔は少し寂しそうだったけれど、どことなく吹っ切れているようにも見えたから俺も同じく笑みを返した。

 招き入れられた坂田の部屋はこざっぱりとした1DKで、必要最低限の物しか置いてないように見える。勧められるままに腰を下ろしカバンから教科書を取り出したところで、キッチンで飲み物を用意していた坂田が俺用と思われるコーヒーとパックに入ったイチゴ牛乳を持って入ってきた。

「いきなり勉強かよ...土方くん、まっじめー」
「うるせぇ!勉強しようっつったのオメーじゃねぇか」
 
「いやまぁそれはいろいろあるじゃん。口実とかさ...」

 何やらごにょごにょと呟く坂田に、ふと疑問に思ったことを聞いてみる。

「坂田は、大学行くのか?」
「わっかんねー、あんまり興味ねーな。土方はどうすんの?」

「俺は...受験して大学に行く」
「じゃあオレも同じとこ行く」
「ぶっ...!俺はレベル下げる気ねーぞ。つかお前、よくあの高校入れたな」

 間髪入れずの返答に思わず吹き出したが、俺のからかいの言葉に坂田の顔が急に寂しげな、でも穏やかさも帯びた顔になった。

「あの頃は、先生が入院してて...テストでいい点数取って病院持ってくとすんげー嬉しそうな顔で褒めてくれてさ。だからめちゃくちゃ勉強して、志望校も進学校で有名なあの学校にしたんだよね。」

「...でも入試の日には先生もうけっこう危ない状態でさ、気が気じゃないし、正直入試とかどうでも良くなってた。筆箱丸ごと忘れるしよ。こんなナリだから周りのやつもオロオロしてるオレのことなんて知らんぷりだった。けど、オレに気付いて鉛筆とか消しゴムを貸してくれたお前のこと初めて見た時、なんかキラキラしててさ。コイツ太陽みたいだなって。すげー眩しくて、自分に持ってないもの全部持ってる感じがした。で、なんでかよくわかんねーけど、ちょっと頑張るかって思えたんだよね」

 そう言ってこちらを見る坂田の瞳はどうしてだか酷く煌めいてみえる。いや、俺の目がおかしくなったのかもしれないが。気恥ずかしくて、ぶっきらぼうに返してしまう。

「太陽ってなんだよそれ」

「いや、そう思ったってだけの話ですぅー」

 口先を尖らせた後に頬を膨らませるコイツは本当に子供みたいだ。


「......俺が太陽ってんならお前は月だな。ほら、髪の色とかもそうだしよ。俺はお月さんって黄色じゃなくて銀色だと思うんだよなー」

「..................」

「......坂田?」

 みるみるうちに赤くなるヤツの目元。そして何故だか、深い溜め息を吐かれた。

「本当に天然っていうかタラシっていうか...」
「なっ...なんだよそれ」

「これからは言動に気をつけること!オレ浮気は絶対に許さないからタイプだからねっ!!見つけたらただじゃおかねーよ?」

 紙パックからストローでいちご牛乳を啜りながら、坂田はやけに鋭い目で俺を睨む。あれ?俺なんで睨まれてんの??さっぱり意味がわからないが、どことなく居心地が悪くなって目を反らし俯いた途端、坂田に唇を掠めとられた。

「ちょ...おまっ!......甘ぇよ!!」

「土方くんってやっぱり可愛い」

 二つの赤みがかった瞳が、俺を捉えて離さない。

「...くんって何だ!つか、可愛くなんかねェええええええええ!!!」

 喚く俺の真っ赤になった耳元に手を添えて、坂田はもう一度その甘ったるい唇を重ねてくる。


「ずっとオレのこと、照らしといて?」


 先のこととか、“お付合い”とか、今はまだよくわかんねぇけど。でも、それでも。
 うん、と頷く代わりに俺は瞼を閉じて、それを甘受することにした。



読んでくださってありがとうございましたー。同級生銀土大好物すぎて完全に俺得な話ですいません。この4話だけpixivに上げてるものに少し加筆修正しました。
2011/08/23

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