僕のお月さま(2) | ナノ


:: 僕のお月さま - 2

 暇だと返信してしまった手前、断る勇気も無かった。
 なんだコレ。ボコられるフラグかよまじかよ...。

 もちろん昨夜はあまりよく眠れなかった。ドタキャンの文字が何度も頭を過ったが、それはそれで何を言われるかわからないし、待ち合わせの駅は俺の地元だから地理はわかる。そこそこ大きい駅だから人目もあっていきなり手を出されることもないだろう。どこかに連れて行かれそうになったら、その時はそれこそどんな理由をつけてでも断ればいい。
 備えあれば憂いなし、とばかりに、何かあった時の為にとカッターを鞄にしのばせ、携帯はフルに充電した上で110番を打つシミュレーションを頭の中で何回も繰り返す。そのうち、なんかもう居ても立っても居られず、早めに着いてしまうことは分かっていながらも、家を出た。

 駅に着いた俺は目を疑った。だってそこにはもう坂田がいたから。
 待ち合わせの30分前だというにもかかわらず、だ。
 焦って坂田の元に向かったら、ヤツが俺に気付いた。

「よう」
「おう。...待たせたか?」
「いや、全然。つか、来ねえかと思った」
「お前が来いっつったんじゃねーか」
「あァ?」
「いや...」
「...まぁいいや。おめー飯食った?」
「まだ」
「そこの店入ろうぜー」

 坂田が指差したのは、どこにでもあるファーストフード店。
 あまりにも普通の会話すぎて、はっきり言って、拍子抜けした。
 でもここで安心しちゃいけねー。そう自分に言い聞かせて、坂田と店に入る。

 ハンバーガーを食いながら、俺は坂田から質問攻めにあった。中学の時のこととか、俺の性格とか、普段の生活とか。質問に答えてるうちにようやく肩の力が抜けてきて、俺も坂田に訊き返した。

「オメーさ、なんで急に話しかけてきたんだよ」

 少しの沈黙の後、坂田は聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟いた。

「...急にじゃねーよ」
 
 周囲の雑音もあって、本当にそう言ったのか自信が持てなかったので、「え?」と返す。


「授業中に消しカス投げてたの、気付いてねーの?」


 いや、全然気付いてたけど。思いっきり気付いてたけど。
 ちょっとそのことで悩んでたくらいだけど。

 まさか、もしかしてアレ、コミュニケーションのつもりだったのか?

 ...本当にコイツは訳分かんねぇヤローだな、と思った。
 でも『気付いてたけど相手にしたくなくて気付かないフリしてました』なんて本人を目前にして言えるはずもなく、俺は「いや...まぁな」とお茶を濁すしかなかった。

 飯食い終わった後は、駅前を適当にブラブラ歩いて、駅ビルにある店を適当にのぞいて。ここまでの様子で、坂田が俺をボコる気がなさそうなことは薄々感じ取れたから、地元にいる安心感も手伝ったのか、俺はだんだん坂田と普通に会話できるようになっていた。
 坂田がジャンプ派だとか、俺はマガジン派だとか。今流行のモンキーハンターをお互いやってるとか。
 今までろくに会話もしたことなかったヤツと休日を一緒に過ごすなんて、今までの俺からしたらありえないことなのに、坂田と過ごす時間は不思議と嫌じゃなくて。
 初めて高校生らしい休日を過ごしてる気がした。
 
 駅ビルの店もほとんど見終わって、次はどこに行こうかと考えていると、坂田が言った。

「オレそろそろ帰るわ」

「...まだ4時だぞ」

 時計を見た瞬間、とっさに口から出てた。鞄の中にカッター忍び込ませて家を出てきたヤツのセリフとは思えなくて、自分でも少し可笑しい。
 でももう少し、坂田と遊んでいたかった。

「だってもう遊ぶとこねーだろ」

「じゃあウチ来るか?近いし。あ、ゲームでもやろーぜ」

 誘った瞬間、坂田はすごく驚いたような顔をして、でもその後すぐに返事をくれた。

「...うん」

 小さな声と共に頷いて。
 今日、そこで初めて、坂田が笑った。

 ウチに行く途中でコンビニに寄って、お菓子やらジュースを買い込む。坂田が選ぶのはチョコレートとかいちご牛乳とかの甘いものばっかりで、俺は甘いものが苦手な上に普段の坂田のイメージからは想像もつかなかったから、そのチョイスに呆気に取られた。思わず「甘いもの好きなのか?」って聞いたら、恥ずかしいのかそっぽを向きながら「わりーかよ」ってぼそっと返されて、思わず苦笑しちまった。

 ウチに着いてからは、一緒にゲームしたり、マンガ読んだり。ゲームはいつも1人でやってるから、対戦モードなんてガキの頃以来だ。遊んでみたら坂田は意外と負けず嫌いで、何度も何度も再戦を申し込まれて笑っちまった。けど、そのうちコツを掴んだのかこっちが負けたりもして、ゲームの所有者としては負けらんねぇから、俺も同じように再戦を申し込む。

「...もう1回やってやってもいいぞ」
「悔しいんじゃねーの?土方くんってば。ぷくく」

 眼の奥と指が痛くなるくらい、2人で熱中した。マンガに関しては、坂田はジャンプのマンガしか興味がないようで、ペラペラめくってただけのような気もする。
 気付いたら外は、真っ暗になっていた。

「もうこんな時間だし、帰るわ。いろいろありがとな」

「...明日休みだし、泊まってけよ。DVDもあるから一緒に観ようぜ」

 そう言って俺はまた、ヤツを引き止めた。どうやら相当楽しかったらしい。
 俺の家は共働きで両親が帰ってくるのが遅いこと、歳の離れている兄姉は既に家を出ていること、夕飯は自分で適当に作って1人で食べていること、だから坂田さえ良ければウチは全然構わないことを簡単に説明すると、坂田は、「わかった」と言って、また少し、笑った。
 
 それから一緒にスーパーに行って買い物をし、夕飯は俺がカレーを、坂田はサラダを作った。意外にも坂田の手際が良くて驚いていたら、坂田も自分で飯作っていると教えてくれた。
 俺と同じ環境なのかとふと思い至ったところで、そういえば俺はヤツのこと何にも知らないことに気が付く。今度は俺が質問攻めにしてやるかと、まさに問い掛けようとした瞬間、坂田が唐突にジャンプの面白さについて語り出した。だから俺も負けじとマガジンの良さについて熱く語ってやって、そのうち坂田がカレーの隠し味はチョコレートだとかふざけたこと言い出すから、マヨネーズに決まってんだろって言い返して、マヨネーズなんてありえねーと抜かす坂田とぎゃあぎゃあ言いながら、できたカレーを2人で食った。
 チョコレートは意地で阻止した。マヨネーズは俺の皿にだけかけた。
 俺の作ったカレーも、坂田の作ったサラダも、美味かった。

 後片付けが終わる頃に親が帰ってきて、坂田が高校のクラスメイトであること、今日は泊まっていくことを話すと、なぜだか異常に喜ばれた。その後、順番に風呂にも入り、またゲームしたり、坂田が観たことがないと言うからペドロのDVDを観せてやったりしてたら、いつの間にか日付が変わる時間になっていた。

「そろそろ寝るか」

 母さんが持ってきてくれた坂田の分の布団を敷きながら言うと、「もうちょっと話そうぜー」とゆるい返事がきたので、布団だけ敷いてやって、坂田は布団の上で、俺は自分のベッドの上でゴロゴロしながら話し続ける。

 話していくうちに、実は坂田も中学まで剣道をしていたことがわかって、しかも坂田も部活じゃなくて道場に通ってたって言うから、どっかの大会で会ったことあるかもしんねーな、なんて笑いながら、俺は小さい頃から一緒に剣道を習っていた近藤さんや総悟の話をし始めた。

 そしたら急に、坂田が黙り込んだ。

 ベッドから起き上がって、「どうした?」って坂田の顔を覗き込むと、ヤツは「ごめん。寝るわ」と布団にもぐり込む。坂田の突拍子の無さにも大概慣れてきたから、多分コイツは気分屋なんだと結論付け、ベッドに入って、電気を消した。

 暗くなった部屋で目を閉じたけど、それでもまだあまり眠くはなかった。俺の部屋に誰かが泊まるだなんていつぶりだろう、とか、なんか今日はすげー日だったな、なんてとりとめもなく考えていたら、坂田が寝ている布団から声が聞こえてくる。

「なぁ」

「...なんだよ」



「オレと付き合わねぇ?」



ようやく話が動いた感。
2011/08/19

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