僕のお月さま(1) | ナノ

:: 僕のお月さま - 1

はにかんだその笑顔を見た時、一瞬目が眩んだように感じた。キラキラしてて、太陽みたいに眩しくて。
 オレは「これが一目惚れってヤツですかコノヤロー」って頭の片隅で少々興奮気味に自己分析しながらも、既に俺のことなんか気にも留めず参考書に集中しているソイツから、目が離せなかったんだ。


僕のお月さま


 高3になってクラス変えがあったけど、俺はやっぱりここで友達を作る気にはなれなかった。男子校で、進学校。周りを蹴落とすことしか考えてない連中ばかり。話題はいつだってテストや模試の結果のこと。学校で嫌という程に勉強してるにもかかわらず、授業が終わったら皆一目散に予備校へと向かう。

 俺は元来1人でいるのは嫌いじゃない。中学の頃も、毎日のように塾や習い事に通わされていて部活にも入ってなかったし、放課後誰かと遊びに行くなんてこともできなかったから、つるんだりするような友達はいなかった。ただ、剣道は小さい頃から中学卒業までずっと続けていて、週に2回ある稽古が終わった後に、同じ道場に通う幼馴染の近藤さんや総悟と寄り道するのが俺の“遊び”だった気がする。
 みんなと同じように部活に入ったり、放課後に仲の良いグループで遊びに行ったり。したくなかったと言えば嘘になるけど、共働きで仕事の忙しい両親が俺のことを思って塾や習い事に通わせていたのは理解していたから、そこまで不満でもなかった。名の通った進学校であるこの高校に進学できたのも、そのおかげだと思うから。

 それでも入学当初はどうもこの空気に馴染めなくて、やっぱり普通に地元の高校へ行けば良かったかとも思ったが、この高校に合格した時に両親や兄姉、中学の先生達やなぜか近藤さんまで涙を流さんばかりに喜んでくれたことを思うと、このままこの学校にいた方がいいのは明白だった。そんな理由で波風立てるほど子供でもないし、皆の期待を裏切り悲しませてでもここから離れたいわけでもなかった。

 でもどうしてだろう。この2年間、いや、もっと前からか。どこか満たされないような、何かが足りないような、そんな毎日。頭のどこかではその理由と答えがわかっているはずなのに、俺の心はそれを知ろうとはしなかった。

 来年は受験があるにしろ、このまま何事もなく今までの2年間と同じような1年が過ぎていくんだろうなと漠然と考えていた。
 ...のだが、ここにきて俺に少々困った事態が起きている。というのも、このクラス変えで初めて同じクラスになった坂田って野郎が俺に意味不明な行動を仕掛けてくる。俺は教室の一番窓際の列、後ろから2番目の席で、坂田はその右斜め後ろ。何が気に食わないのか知らないが、授業中に消しゴムのカスを投げてくる。最初は気のせいかと思って気付かないフリをしていたが、毎日毎日やられるとさすがに気のせいではないことくらいわかる。「もしかしてこれがイジメってやつかよオイ」とも思ったが、それ以外には特に何もされない。俺はヤツを相手にしないことに決めた。

 坂田はどうしてこの学校に入れたんだろうと不思議に思うくらい不真面目なヤツだ。髪は地毛らしいがものすごく目立つ銀色をしていて、その上天然パーマで毛先は見事なほどあちこちに散らばっている。そして目はいつも死んだ魚のようなやる気のない目。加えてこの学校には珍しい不良然とした格好と態度。
 俺は坂田と3年になって初めて同じクラスになったから、今までヤツとの接点なんて一切なかったし、だから実際どんな人間なのかも知らないし、興味もなかった。今までクラスメイトが噂してるのを何度か聞きかじった程度の情報だけれど、どうやら入学当初から学校には来たり来なかったりで、しかも度々街で喧嘩騒ぎを起こしたりもしていたようだ。遅刻しても悪びれもせず堂々と席に座るし、珍しく朝から来たと思ったら授業には出ず空き教室で寝てたりが日常茶飯事。明らかにケンカしてきましたとわかるような痣を顔に作ってくることも数知れず。
 この高校の先生は自分の生徒をどれだけ有名大学に進学させるかということしか頭にないから、そんな坂田を真剣に怒る人も咎める人もいなくて、入学当初から今まで、ヤツはずっと空気みたいに扱われてた。そして、この学校の生徒は坂田を「落ちこぼれ」「負け組」と判定し、先生達と同様に坂田を空気扱いしていた。
 そう、坂田は決して良い意味ではなく、この学校の『有名人』だった。

 俺だってこの学校で友達と呼べるような人間はいないし、クラスメイトと交流しようとも思ってないからある意味空気みたいなもんだけど、俺はこの学校でも成績は悪くない方だし(いや、むしろ上位にいる)自分を「落ちこぼれ」だとは思ってない。周りの認識も多分そうだ。
 それじゃあどうして坂田は俺にちょっかい出してくるのか。そこが本当にわからない。
 この学校全体が坂田を空気みたいに扱う様はどう考えても教育現場のあるべき姿とは思えないが、それと今俺が受けてる仕打ちというかイタズラは何も関係がないはずだ。しかもこんなにクラスメイトがたくさんいる中で、なんで俺限定なんだよ。
 俺は生来気の短い方だから、毎日続く小学生の悪ふざけみたいな行為にフラストレーションが限界近くにまで溜まっていた。

 先生に訴えても、十中八九いや100%流されて終わるだろう。それならタイマン張るとか?いや、スポーツといえば剣道だけで体もろくに鍛えてないし、基本的に勉強しかしてこなかった俺が坂田に勝てるとは思えない。それに、喧嘩の仕方もマンガで読んだ程度の知識しかない。親に泣きつく?消しゴムのカス投げられた程度で親にチクるとか、それだけは絶対にプライドが許さない。
 
 昼休みになり、飯もさっさと食い終えたので、これからどうしたもんかと自分の机に突っ伏しながらぐるぐる考えてたら、唐突に坂田から話しかけられた。

「ひじかたぁー」
「な、なんだよ」
「携帯貸してくんね?」
「はぁ?なんでだよ」
「いいから早く」

 そう言って俺を急かす坂田の目はいつもと違ってどこか光るものがあって、それを見た俺は何も言えず恐る恐る黙って携帯を差し出した。
 弱ぇな、俺。「なんだよ」って聞き返した時も思いっきり声裏返ってたし。しかもちょっと噛んだし。それにしてもこの携帯、去年のクリスマスに親から買ってもらった最新機種で高かったんだよな。壊したなんて言ったら怒られるだろうな。すぐに新しいのなんて買ってもらえるんだろうか。いや、無理だろうな。
 そんなことが一瞬で頭を駆け巡った俺の手から携帯を奪った坂田は器用に俺の携帯を操作して、その上自分の携帯と近づけたりなんかいろいろやって、俺の想像に反してすぐに携帯を返してくれた。

「はいよ」
「オイお前何してたんだよ」
「そのうちわかるよーん。あ、今日起きとけよ」
「ちょ、何なんだよ」
 
 勇気を出して問い質そうとした俺の言葉は、既に教室を出て行こうとしていた坂田の背を前にして小さく消えていった。
 顔の横でヒラヒラと手を振り去っていく坂田の銀色の髪に日差しが当たって、不覚にも俺はキレイだな、なんて思って、一瞬だけど見とれてしまった。

 どうやら坂田はその後の授業をさぼったようで教室には姿を現さず、俺は俺で坂田とのやり取りなんてすっかり忘れて、週末前になると決まって出される膨大な量の宿題に少々憂鬱になりながらも金曜日特有の浮かれた気分で家路についた。
 夕飯を食べ、風呂にも入り、面倒なことはさっさと済ますかと宿題と格闘し始めてしばらく経った頃、滅多に鳴らない俺の携帯が音と共に震えた。
 メールだ。知らないアドレスからだった。
 そしてメールを開いた瞬間、俺は、言葉を失う。

<坂田だよー。登録しといてね。>

 絵文字も何も無い文字だけの素っ気ないメール。
 いやそれはどうでもよくて、ちょっと待てどういうことだコレ。
 なんでアイツが俺のアドレス知ってるんだ!?
 俺の脳みそが高速回転して記憶を辿る。そして、昼間の出来事に行き着く。

 ...あのヤロー、赤外線通信してやがった!!!

 でもコレ、返信するべきなのか?そうなのか??

 ―――散々迷いに迷った結果、来週学校に行った時なにか言われたりされたりしても困るし、やり方はどうかと思うが電話番号もアドレスも知られちまったし、今さら消せなどと言うのも面倒だったので、至極無難な返事を出すことにした。

<今気付いた。了解。>

 坂田からメールが届いてから大分時間が経っていたので、あくまでも今メールに気付いた振りをして、返信。完了の瞬間、盛大なため息が漏れた。携帯を片手にしばし放心...していたら、手にしていた携帯が、またも震えた。

<つーかお前、彼女とかいるの?>

 ...はァ?
 坂田からのメールであることは予想できたものの、その中身は俺の予想の斜め上を行き過ぎていて、しばらく開いた口が塞がらない。

 そんなのお前に関係ねェええええええええ!!!
 我に返った俺はそう返してやろうかとも思ったが、半ば自棄になって、もうごちゃごちゃ考えるのも面倒くさくなってすぐに返信した。

<いないけど、それがどうした>

<あっそ。どうでもいいけど。それより明日ひま?>

 お前から聞いてきたんだろーがァあああああああああ!!!!
 つか明日ひま?ってどういうことだコラ。もう訳がわかんねえ。
 自暴自棄モード継続中の俺は、再び何も考えずにメールを送る。

<暇だけど。何か用か?>

 そしてすぐに返事が返ってくる。

<明日○○駅前に1時な。>

 ―――どうやら俺は、選択肢を誤ったらしい。



まだ何も始まってなくてすいません。
2011/08/18

→next
back][top

「#オメガバース」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -