:: 僕のお月さま - 3 「オレと付き合わねぇ?」 「......は?」 「だから、付き合おうっつってんですー」 「...どこにだ?」 「なめてんの?」 「...ごめん」 「...俺さ......おめーのこと好きなんだよ。 入試の時、オレと隣だったの憶えてない?そん時オレ筆箱忘れてさ。 やべぇって顔してたら、オメーが鉛筆とか消しゴム貸してくれたんだよ。 オレ、こんなナリだしさ。ほら、髪の色とかもそうだけど。 だから普通に優しくされたの久しぶりで。 でも、男を好きになるなんておかしいって思うだろ? おめーとは高3になるまで同じクラスにならなかったし、まぁ...忘れたフリしてた。 だけどやっぱり同じクラスになれたら嬉しくて、ここで頑張れって言われてんのかなって思って。 でもおめーはなんか話しかけづらいオーラ出してるし、授業中にちょっかい出してもシカトだし」 「...ごめん」 坂田は布団の中からぽつぽつと話す。 俺は上手いこと返せなくて、謝ることしかできなかった。 「いいよ。昨日もなかなかメール返ってこねーし、めんどくさそーだったからちょっと凹んでさ。 バックレられるかなって思ってたけど、ちゃんと来てくれて嬉しかった。 実際遊んでみたら楽しかったし、家にも誘ってくれたしな。」 「...うん」 「ごめん。急にこんなこと言って。言うつもりなかったんだけど」 真っ暗な部屋でしばらく坂田の声に耳を傾けていたせいか、聴覚が鋭くなっていたのかもしれない。 俺にはわかった。 最後に謝ってきた坂田の声は、微かに、震えていた。 どうしてかはわからないけれど、なにか言葉を返すんじゃなくて、今ここで坂田の目を見なくちゃいけないような気がした。というか、頭で思うよりも先に体が反応してて、反射的に起き上がった俺は、枕元にある小さなライトを点ける。暗闇に慣れた目は少し眩んだが、ベッドから降り、坂田が寝ている布団の脇に腰をおろすと、ヤツも上半身を起こしてきた。 けれど俺の方を見ようとはせず、深く頭をたれたまま。だからといって、顔を覗き込むのはさすがに無神経だと思って、視線を落とす。ふと目に入った、固く握られる坂田の指先。それでも小さな震えを誤魔化しきれてなかった。それを見ていたら、なんだか胸がぎゅうっとなって、わずかに息苦しくなって。とっさにそれに自分の手を重ねる。触れた指先がひどく冷たくて、それを温めるかのように掌で覆った。坂田の視線がこちらに向けられたのがわかったけど、俺は自分のしたことが急に恥ずかしくなって、重ねた手を見つめ続けるのが精一杯だった。 「そういうことされっと期待しちゃうんですけどォー」 さっき震える声で「ごめん」って言ったヤツとは思えない、冗談めいた明るい声で坂田が言う。その雰囲気に助けられ、ようやく顔を上げて坂田の瞳を見る。それは少し、困惑に揺れていた。目元は心なしか赤くなっているような気がする。俺は未だに何を言うべきかわからないままで、一言も発せられない。互いの目を合わせたまま、坂田が口を開く。 「冗談じゃなくてさ、本気だからね。勘違いとかでもねーし」 そこで今度は坂田の方が俺から目を反らして俯く。聞こえた声はやっぱり小さく震えていて、先刻の明るい科白はヤツなりの気遣いだったのがわかった。 「本当、なんだ。 気持ち悪いって思うかもしんねーけど、言わずにはいられなくて。 付き合うとかは...無理だろうけど。受け入れてもらえねえかな。 友達として、これから仲良くなりたい。」 顔を上げて再び俺を見た坂田の目には薄い水の膜が張っていて、瞬きと同時に雫が1粒こぼれ落ちる。 途端にどうしようもない感情が、自分でも説明できない大きな何かが胸に込み上げて、俺は坂田に、キスをしていた。 口唇が軽く触れ合うだけの口付け。初めてのキス。 どうしてこんなことしたのか自分でもわからない。体が勝手に動いていた。ただ、相手は男なのに、気持ち悪いとは思わなかった。 顔を離すと、坂田の目にあった水の膜は消えていて、代わりにこれ以上ないほど大きく見開かれている。 「俺も坂田と仲良くなりたい。 付き合うとかそういうのはよくわかんねぇけど。 ......いきなり、ごめん。 でも、気持ち悪いとか思ってねーよ。これからよろしくな」 最後に少しだけ笑って坂田を見つめ返すと、とたんに坂田の瞳にぶわっと涙がにじんで、そして今度は何粒も何粒もポロポロと零れていった。ヤツは泣きながら「ひょっとして土方くんってタラシ?」とか「ただの天然?だとしたら怖いんですけど」とか、「でも付き合ったことないってことはファーストキスなんですか?そうなんですかァあああ!?」とか、寝ている親が起きてくるんじゃないかと思うくらいの声で喚く。その様子は普段の坂田と180度違って、ひどく子供っぽい。 それでも重ねたままだった俺の手を、今度は坂田がしっかりと繋ぎ返してきて。 ――胸の真ん中あたりがホカホカする。繋いだ指先が、温かかったから。 一頻り喚き終わった坂田が、真っ赤な目をして「結局どっちなんですかコノヤロー」と睨んできたので、「お...お友達からお願いします」とぺこっと頭を下げる。 坂田は顔をくしゃくしゃにして笑った後、また少し、泣いた。 坂田くんが少し女々しくてすいません。本人は揺るぎなく銀土のつもりで書いてます。ここで終わってもいいっぽい感じなんですが、あと1話だけ続きます。坂田くんのターン!のつもり。 2011/08/22 →next [back][top] |