桜が風に舞い、儚くも散り始めたころ。私は幾度目かわからない鍛刀で天使を見た。服装はもちろん、髪やまつ毛まで白い姿で目の前に現れた鶴丸国永という太刀は、私と顔を見合わせると「俺みたいなのが来て驚いたか?」と優しく笑った。ふわり、ふわりと心が浮かれるような夢でも見ているかのような光景だった。審神者を始めて数ヶ月、私は初めて見る彼にそれはもう、いとも簡単に虜になってしまったのだ。



昼過ぎ、朝の出陣から帰ってきた私は休む暇もなく刀剣男子達に仕事を命じ、自分も上へと提出する書類の整理に追われていた。ふと壁にかけてある本日の当番表を見れば”馬当番 燭台切 大倶利伽羅”の文字。確か朝の出陣で中傷を負ってしまった燭台切さんは午後から手入れ部屋にお世話になっていたはずだから、馬当番は大倶利伽羅さんだけになってしまう。それでは彼の負担が大きくなる。だれか代わりに入ってくれる人はいないか探す必要があるみたいだ。私は重い腰をあげると部屋の襖をあけた。左右を見渡すと数メートル先の廊下の縁側には真っ白の彼がいる。内心どきり、としたものの、丁度いいところにいた。そう思った私は彼を部屋に呼んだ。

「で、どうしたんだ?君が俺を呼ぶなんて」
「急で悪いんですけど今日馬当番頼んでいいですか?当番だった燭台切さんは今手入れ部屋に行っていて…」
「構わないぜ。でも毎度思うんだが刀に生き物の世話をさせるなんてうちの主は何とも面白いな?」
「うっ…ごめんなさい、人手不足で…」

確かにいくら人の見た目をしているからと言って刀に馬当番やら畑当番やらをやらせている私は前代未聞だろう。しょうがないじゃないか、うちの本丸はいつだって人手が足りないのだから。でも毎度毎度手伝わるのもなんだか忍びなくって私は鶴丸さんの前で項垂れた。

「別に責めてる訳じゃないぜ!気にしないでくれ。それに刀が人のように働くなんて驚きだろ?」
「…確かに」

ぽん、と頭に重みを感じる。鶴丸さんの手だ。それはまるで子供をあやすように数度撫で、そして自然に離れていった。
鶴丸さんについてわかったことがある。基本トラブルメーカーの部類に入るほど悪戯好きの彼は、ふとしたとき無邪気な笑顔ではなく、大人びた表情や行動を見せるのだ。これが本来の彼なのだろうと思いつつも、こういうとき、私は彼をずるいなぁと思う。
生まれて20年間、それなりに彼氏もいたし恋愛というものを経験してきたはずなのにどうも鶴丸さんの言動行動にはどきどきしてしまう。ほんとに驚きだ。

「じゃあ主命を果たしに馬小屋に出陣するぜ」

鶴丸さんは真っ白の羽織をふわりと翻した。それなのに、私は去ろうとする鶴丸さんの袖を咄嗟に掴んで引き止める。

「どうした?」

これには鶴丸さんも驚いたのか、不思議そうな顔をしてこちらを見た。私は何て言えばいいのかわからなくなって、わたわたと年甲斐もなく慌ててしまった。
鶴丸さんはそんな私を数秒、固まったように見つめた後微笑んだ。

刹那、強引に引っ張られた腕。身体はその衝撃に逆らうことなく目の前の白にダイブした。ふわっと薫るお日様の匂いに頭がくらくらとする。力強く抱きしめられ逃げだそうにも逃げ出せず、私は堪忍して彼の胸元に顔を埋めた。

「なにしてるの、鶴丸さん」
「…なんとなくな。驚いたか?」

いつものようなおちゃらけた声じゃなかった。鶴丸さんにしては低くて、小さく囁くような声に何故だかぞくぞくして、涙が溢れた。声も出すことが出来なくなって、こくこくと頷くと鶴丸さんが笑った吐息が髪にかかる。そうだ、私、鶴丸さんに抱きしめられてて、息も伝わって来るほど近くて。そう考えたら、身体が火を吹くんじゃないかってくらい熱くなって、はあ、と無意識に息を吐けば今度は鶴丸さんの方が身体を強張らせたのがわかった。我に返った私は恥ずかしくなって鶴丸さんから勢い良く身体を離した。

「君には驚かされてばかりだ。驚かすのは俺の役目なんだがな。」
「私も、です。」
「そうか、それなら嬉しいな。怜」
「えっ、えっ、あの、鶴丸さん」
「おっと、すまんすまん。いまのは出来心だ。名前を呼んだのは他の皆には内緒にしてくれ、それこそ殺されかねんからな」

人差し指を口に当て笑った鶴丸さんは「もうそろそろ行く」と私に背を向けて部屋から出ると、馬小屋への道を歩き出した。取り残された私は今だ鎮まらない熱を冷ますように書類の束で顔を扇いだ。ああ、どうしよう、やっぱり私はあの天使に心臓を掴まれてしまったようだ。


20150531

 

 

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