ひとしきり泣いて、頭も冷静になってきた、ところで問題が発生した。
離れ方がわからない。未だに抱き締められ、背中をリズムよく撫でてくれる手は不思議と不快には思わないし心地いいとも思うが落ち着いたらまた心臓がうるさくなってきてやばい。
これだけ密着してたら聞かれてしまうかもしれない。それぐらいうるさい。
「も、森山!」
声が変に裏返った。動揺してるのバレバレじゃないか私。
「どーしたの、怜ちゃん」
ふわり、と笑って森山が優しく名前を呼んだ。
「あ、あの、もう大丈夫だから、その」
そう言うと腕を緩めてくれて、身体を離した。
「ほんとに、大丈夫?」
俯いた私の顔を覗きこむように森山は首を傾げた。
「へい、き。」
ああ、やっぱり顔が熱い。心臓が止まりそう。
森山は立ち上がって私に手を差し伸べた。
「ならよかった、じゃあ行こうか」
「どこへ?」
その手を掴んで立ち上がる。彼は一体どこへ行こうというのだろう。先ほど1限目を告げるチャイムが鳴ってしまったし、授業に行くわけでは無さそうだけれど。
「えっ保健室だけど…」
はい?
「ほ、ほけ?!」
保健室と言う単語もこいつが言うと妖しく聞こえる。思わず過剰に反応してしまった。恥ずかしい、穴があったら入りたい。
「目冷やす氷貰うだけだって。怜ちゃん何考えてたの?…えっちなこと?」
にやり、と笑った森山はいつもとちょっと違ってて。心臓はすでに許容量をオーバーしていた。
「なっ…別になんも考えてない!このエロ山!!禿げてしまえ!!」
もう何がなんだかわからない。昨日今日といろんな森山を知りすぎてこれ以上知ったらどうなるんだろうか。怖い、のだろうか。だとするとなぜこんなにも胸を踊らせているんだろう。
「だから禿げないって!女の子なんだからもっと言葉選んで!」
別に女の子らしくなろうとか思ってないし。今のままで十分だ。
森山は女の子が好きで、私は女の子らしくなくて。ズキリと胸が痛んだ。でも私はそれに気づかないふりをした。
「まあ、怜ちゃんが襲われたいなら襲ってあげるけど?」
いつも女の子を口説くようなトーンで森山は言った。こいつ、いつもより大分下品になってる。紳士的になるんじゃなかったのか。
「しね」
やっぱり森山は森山だった。森山の横をすり抜けて足早に廊下を歩いた。
「ちょ、冗談だから!ごめんて!!まじ、許して!」
どこからどこまでが冗談かわからないけど。
もしかしたら全部冗談なのかもしれない。
後ろから必死に弁解する森山の声が聞こえてきたが無視だ無視。
「しつれいしまーす…あれ、先生いない…勝手に拝借するか。」
開け放たれた保健室の中には誰もいなかった。
「えっ、いないならいいよ、別にこのくらい。」
腫れてると言えど1日あれば引くだろうし、保健室の備品を勝手に漁ってもいいものだろうか。
「言い訳ないだろ、腫れちゃったらかわいい顔が台無しだって。」
ほらまた、そうやって優しくする。普段タラシだけどうざいけど、うるさいけど、たまに見せる優しさが、かっこよく見えてしまうから、やめてほしい。
「もともと可愛くないから」
私は無愛想にそう言った。自分でも可愛くないと思う。彼の目にはもっと可愛くなく映っていることだろう。
「そー言わないでさ、ほらあった。はい、どーぞ。」
小さな冷蔵庫から保冷剤を出して、それをタオルで巻いて私にくれた。
「ん。ありがとう。」
それ受け取って礼を言う。貰ったそれを目に当てたらひんやりとしていて気持ちいい。熱くなった顔を冷ましてくれるかのようだ。
「どういたしまして。」
森山は今どんな顔をしてるんだろう。気になるけれど保冷剤で目を塞いでいるこの状況で見ることは叶わない。なぜかそれに安心した。
20140106
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