自分のコンプレックスを一つ挙げるなら、胸が小さいことだ。

一向に成長期が訪れない(もしかしたらもう終わったのかもしれない)私の胸は、走っても痛くないし、揺れもしない。直球にいうとぺたんこの貧相な胸をしている。さつきのように大きい胸の友達に囲まれて生活していると、必要以上にそれを意識してしまうし、意識するたびにどうしようもない虚無感に包まれる。さつきは「まだ成長期だからこれからだよ」と励ましてくれたが気休め程度の安心感しか湧かなかった。

そんな私の恋人は巨乳好きに定評のある人だったりする。



「大輝!何読んでるの?」
時刻はただいまお昼休み。珍しく教室で本を読んでいた大輝が気になった私は後ろから声をかけた。内心なにを読んでいるかなんて予想はつくけど。

「あ?グラビア見てんだよ。」

予想通りの返答にやっぱりか、と深くため息をついた。大抵大輝が何やら読んでるときはグラビアだ。どうせ今日もだろうなと思いつつ、もしかしたら、しっかりしてるのを読んでるかも、と期待混じりに聞いてみたが案の定、大輝が読んでいたのはそれだった。


「またですか。目の前に恋人がいるって言うのに…」
「それとこれとは別だろ。怜胸ちっせーし」

大輝の一言に私はぴしっ、と石のように固まった。
"小さい"その言葉に沸々と怒りが込み上げてくるのがわかった。

私と対照的な平然とした顔をした大輝に、怒りのバロメーターは簡単に振りきれた。私は大輝の手からグラビアを奪い取り顔面に思い切り投げつけた。バシッといい音が教室中に響き渡り、それまでざわついていた教室内が一気に静まりかえる。


「人が気にしてることっ…!そんなに胸がでかい方がいいならさつきとでも付き合えばいいじゃん、おっぱい魔人!」

私は周りが思うよりも気にしていた。大輝は巨乳が好きだ。それだったら同じ幼なじみでもさつきの方がいいのではないのか。いつ切り捨てられるのか怖かった。

「いってぇ、ちょ何するんだよ、怜」

顔をしかめながら抗議してくる大輝を見やる。私は今日こそは引かないと心に決めていた。いつか切り捨てられるのなら自分からの方が何倍もましだ。そう思った私は啖呵を切ってしまったのだ。

「うっさい、もう別れる!胸が小さくても一途に愛してくれる人探すからいいよ!」

大輝が目を見開いてこっちを見ていて、その場に居るのが耐えられなくなった私は背を向けて教室の出入り口へ一目散に駆けた。

「ちっ…お前ホントめんどくせぇ女だなぁ…」

それなのに大輝は私の手を瞬時に掴んだ。グッと握る手に力が入って私が逃れるのを拒んだ。さっきとうって変わって大輝に焦っている表情は伺えず、いつものように気怠そうにしていた。

この状況に逆に私が慌ててしまって、必死に掴まれた腕を振り解こうと努力するもびくともしない。

「ちょ、離してよ!」

「…こっちこい」

嫌がる私を尻目に大輝は掴んでいた私の手を強引に引っ張って教室を出た。

大輝は私に有無を言わせない足取りで廊下を歩いていく。
行き着いたのは人気のない階段裏だった。大輝は私の腕を離すことはせず、私を見つめてくる。

「話すことないなら離して…」

「…やなこった。お前さぁ、まじで別れるとか言ってんのかよ」

何とも言えなくて沈黙を貫いたら大輝から、「はぁ」とため息が聞こえ、ビクッと体が跳ねた。どうしようもなく胸が痛い。

「私真剣に悩んでるんだってば、巨乳好きなのに私なんか選んで後悔してるんじゃないかなって」

大きな大きな悩み。ちっぽけな悩みなんかじゃなかった。

「するわけねぇだろ、あほか。そもそも何年一緒にいると思ってんだ。お前の良いとこも悪いとこも全部知った上で付き合ってんだよ。」

大輝の言葉に呆然として、身体中の力が抜けた。
そうだった。大輝は優しかった。不器用だけど誰より優しくて、それを忘れていたのは他でもない私だ。

なんだ、そっか、私と居て後悔してないんだ、そう思ったらぽっかり空いた胸の穴が温かいもので埋まっていくような気がした。

つっかえていた物が全て流れて、同時に次々に涙が溢れた。"めんどくせぇ女"というのも間違ってないなぁと思った。

「あー泣くなって、不細工になるぞ。」

「元々不細工だし。」

「んなこと言ってねえで、おら水道行くぞ。」

「うん。」

大輝から差し出された手を離さないようにと力一杯掴んだ。


20140407

 

 

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