夏の照りつける日光が、身体中を侵食してじわり、じわりと汗が噴き出す。自然と息が上がっていく。夏休み間近の今日、私は陸上競技用のトラックをひたすら走っていた。

校舎の横に整備された陸上のトラックとは別に、私の通う海常高校は、サッカー部と野球部の使うグラウンドに、テニス部のコート、武道場に、体育館がバスケ用に1つ、他の運動部用に1つとなんとも運動に力を入れた学校であった。
1周400mほどのトラックを2周し、徐々に減速し、息を整える。中距離の私はこれを部活時間内に何度か繰り返す。

「怜!次交代ね!私の後に走る子のタイムよろしく」
次に中距離を走る先輩がスタート地点で軽くストレッチをしながら言う。わかりました、と言葉を返して私はトラックからそんなに離れていない水道へと向かった。


「怜ちゃん」
名前を呼ばれて振り向くと周りには誰もいない。どこからともなく聞こえてきた声は聞き覚えのある声で思わず戸惑ってしまう。上だよ上、と再度声が聞こえて頭上を見上げれば、校舎の2階の窓からクラスメートである森山由孝が顔を出していた。

「森山じゃん、どうしたの?部活は?」
「今日日直でさ、これから行くとこ。職員室に日誌届けた帰り」
「へぇ、早く行けば?」
「うわ!怜ちゃん辛辣すぎでしょ!クラスメートなんだから少しくらい優しくしてよ」
「森山には優しくするなって小堀くんに言われたし」
「小堀あいつ許さん」

数メートル上にいる彼は、小堀ィとか言いながら暴れている。ほんと仲良いなバスケ部。

「あのさ、怜ちゃん」
「ん?」
「今度のインターハイ、俺スタメンで出るんだ」
「え、2年でスタメン?森山ってやればできる子?YDKってやつ?」
「本気出して頑張っちゃった」

そう言ってへらり、と笑う。森山はそれでさ、と話を続けた。

「出るからには優勝狙うから、怜ちゃん、応援来てくれ」
「え…?」
先ほどとは対照的に真面目な顔で私を見下ろす森山は本気で勝ちたいんだって思った。私なんかの応援で何が変わるわけじゃないけど、これだけ真剣に頼まれちゃ私も真剣に返すしかないよね。

「うん、いいよ。応援いく。そのかわりかっこ良くなかったらすぐ帰るから」
「ほんとに?!やった!も、もちろんかっこ悪いとこなんて絶対見せない約束する!」
「必死すぎでしょ」
「だって嬉しいしさ!」

テンションの高い森山に苦笑いしつつ、校舎の外壁にかかっている時計を見れば先ほどから5分は経っていた。

「あ!やばい、次タイムじゃん、行かなきゃ!ごめん森山もう行くね」
「あ、ちょっとまって、これ受け取って。」

去り際に2階から投げられた小さなモノ。何かもわからず地面に落とすまいと両手でキャッチすれば、それはキャンディだった。

「え、これ…」
困惑気味に上を見やれば森山は忽然と姿を消していて、どうやら私が受け取っている間に行ってしまったらしい。手の中にあるキャンディをよくよく見ればマジックで書かれた”好きです”の文字。

何これ、みんなにこうやって書いて渡してるのかな。…それとも私だけ?
応援に来て欲しいと言った森山、行くと返せば飛び上がって喜んだ。そしてなんの脈絡もなく唐突に渡されたキャンディと好きですの文字。

バラバラだったパズルがハマったみたいにしっくりと来た。この文字が本当なら今までの言動、行動が理解できるかもしれない。
戸惑いや恥ずかしさや日差しの暑さで熱くなる頬を、中々冷ますことができずパタパタと手で仰いでみる。

…少しだけ、自惚れてみたいかもしれない。

スボンのポケットにそれをしまい込んで、私はまたトラックへと走った。



20150814


 

 

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