「よし紋土くん!自己紹介も終わったしご飯にしない?」
私はそう提案した。彼がお腹を空いているだろうと配慮したわけじゃなくただ単に私のお腹がペコペコだからだ。
「ああ?…飯?」
「そう、紋土くんが気絶してるときにシチュー作ったから。まだ体冷えてるでしょ?温かいもの食べないと!」
「んでもよぉ…」
「いいから年上の言うことは素直に聞いときな!」
遠慮してるのか渋っている紋土くんにそう言った。おい紋土くんよ、最初の威勢はどうした。
「はっ…?とし、うえ?あんた何歳…」
「えっ今年で20だけど、多分私のが年上でしょ?」
いや、わからない。なんとなくカンがそう告げていただけで年上じゃないのかもしれない。違ったらかなり恥ずかしいやつじゃないか…?
「まじかよ、1個年上じゃねえか…」
嘘だろ…?みたいな顔して言わなくてもいいと思うんだけど。そんなに童顔だろうか。そりゃ30歳ぐらいになったら若く見られると嬉しいかもしれないが私の場合は年相応に見られたい時期なのだ。大人の女性として見られたい、そんな時期。
まあそんなことはどうでもいいか。それより1歳差だったか、そんな年上だなんて威張れるほど年変わらなかったね。
「1歳なんてあってないようなもんだし、今さら畏まられるのもあれだから普通にしていてほしい。」
「おう、わかった。」
彼の返事を聞いてからキッチンへ向かう。シチューは若干冷めてしまっているので温め直しつつ皿を出す。冷蔵庫を開けて他に何かないかなと漁っていたときにふと、思い出した。
「そうそう紋土くん、そこのテーブルの上に服おいといたから着てみて。
いま着てるの濡れてるでしょ。ちょっと小さいかもしれないけど…」
お父さんが前に東京に遊びに来たときに置いていったものだが明らかに紋土くんのが大きいだろう。
「いや、構わねぇありがとな。」
驚いていたようだがニカっと笑ってくれた。どうやら完全に警戒は解いてくれたようで嬉しくなった。
「そこの扉出てすぐ右が脱衣場だから。よかったら風呂も入りなよ、風邪引いちゃうし。」
「…あのよぉ怜、さん」
紋土くんは不満そうな声を出した。
「怜でいいよ」
「じゃあ怜。いくらなんでも警戒心ってもんがなさすぎねぇか?女なんだから男を部屋にあげてる時点で…」
「じゃあなにあのまま放置しての垂れ死んでもよかったんならそうしたけど…それに紋土くんは仮にも命の恩人に手を出すなんてことは無いって信じてるよ」
少々意地悪すぎただろうか。でも今回のは仕方がないだろう。私とて伊達に20年女をやってきた訳じゃないので警戒心ぐらい人並みにある…はずだ。
紋土くんは大きなため息を吐いたものの扉を開けて出ていったので折れてくれたのだろう。
さて、紋土くんが風呂からあがるまでにご飯を完成させなければ。結局冷蔵庫には良さげなものが入ってなかったのでシチューと食パンしか出せないんだけど。
丁度シチューを皿に盛り付け終ったところで扉が開いた。
「あ、早かった…っ」
思わず吹くところだったが咄嗟に口を押さえた。危ない、危ない。
「紋土くん…ぷくく、それぴ、…っピチピチだねっ」
そこまで言い終わって大爆笑してしまったのは多目にみてほしい。わかっていた。こうなるのはわかっていたんだ。だけどいざ見てみるとこれは酷い。小さくて腹は見えてしまっているし、長袖のはずなのに七分丈になっているように見えるし。下に至っては可哀想なほどだ。はっきり言ってしまうと下品なので察してほしい。
「おいこれは…流石にまずくねぇか…。」
「ま、まあ外歩く訳じゃないしOK!」
紋土くんの顔がひきつっていたのは見なかったことにしよう。まだ友好的な関係を築いていたいんだ私は。
いろいろあったが私と紋土くんはダイニングのテーブルに向かい合わせに腰かけた。卓上にはシチューと食パン。
ハプニングもあったがとりあえず夕食にありつけそうでよかったと思う。
「よし、じゃあいただきます。」
「おう、いただきます」
なんか巨漢がいただきますって言うと可愛いかもしれない。これが噂のギャップ萌えというやつか…。
紋土くんはスプーンでシチューを口に運んだ。
「うめえ…」
そう呟いた紋土くんは心なしか目が輝いていた気がした。
紋土くんはそれっきり口を開かずただ黙々とご飯を食べていた。どうやら気に入ってくれたみたいで嬉しかった。まあ市販のシチューのもとを使っているから味は美味しいはずなんだけど。
それよりも二人でご飯を囲むなんて久々だ。やっぱ作る相手がいるとやる気も味も変わってくる。料理に気持ちが入っているんだと思う。
自然と心まで暖かくなった。
「ごちそうさま、うまかった。」
「お粗末様です。」
あのあと紋土くんは2杯もおかわりしてくれていつもより多めにつくったのに鍋の中はからっぽになった。
どうやら私は彼の胃袋を掴んでしまったようだ。
この男、餌付けしました。
20131207
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