刹那の通過点



モブ注意



今日彼氏と別れた。最低なやつで、でもずっと好きだった。彼を知ってる人は口を揃えて同じことを言う「あいつだけはやめとけ」と。あの大和田くんでさえ心配して言ってきたぐらいだから誰から見てもそう言う人間だったということだろう。

別れるきっかけになったのはついさっき。帰る約束をしていた彼が何時までたっても下駄箱に来なかったので嫌な予感がして教室まで行った。そこには誰もいなくて、でも靴はあったから学校のどこかにはいるはずで、外は雨。となると彼が行きそうな場所なんて一つだ。
そう思って私が来たのは保健室。大抵彼はここでサボっている。そっと学校特有のドアを開けた。

「…えっ」

目を塞ぎたくなるような光景だった。 裸の女と裸の彼、寄り添って談笑していた。どう考えても事があったのは見てとれた。散々浮気してたのは見たことあったしそれでも別れなかったのは彼が好きだったから。でもこんなところに出くわすのはさすがに初めてで悲しさと怒りと呆れ、いろんな感情が胸の内をぐるぐると回った。

「あぁ、怜じゃん。わりいけど今日一緒に帰るの無理だわ。」

私に平然と言ってのける彼を見て無性に腹が立った。
「わ……てよ、」

「は?」

「もう別れてよ。もう疲れた。」

そう言って私は保健室を飛び出した。ほんとに最低な男だったよ、最後まで。
私は下駄箱で靴を履くと雨の中傘もささずに飛び出した。ただ傘をさす気力もなかった、泣きたかった。この雨は今の私にとって好都合だった。
路地裏の人通りが少ない道端で私はただ声をあげて泣いた。立っていることすらつらくなって地面に経たりこみそれでも最低な彼の名を呼んで、私馬鹿みたいだ。

「だからあいつはやめとけって言ったのによぉ」

雨が止んだ。刹那頭上から聞き慣れた声が聞こえた。
「大和田く、ん…」

自分が濡れることをお構い無しに私を傘の中に入れてくれた大和田くんはなんともいえない顔をしていた。
私と大和田くんとは腐れ縁みたいなもので中学からずっと同じクラスだった。そうなると男女の壁なんて気にならなくていろいろ相談にも乗ってくれていたのだ。

大和田くんが近くに居てくれるだけでほっとしてまた涙が溢れた。迷惑ばかりかけてほんとにごめんなさい、そう言いたいのに嗚呼が漏れてうまく話せない。

「ああ、もうお前は何も喋んな。」

そう言って抱き締めてくれた。

「っ、ぬ、ぬれちゃ…よ」

「んなの気にすんなよ、くそがぁ」

そう言ってぽんぽんとリズムよく背中を撫でてくれる。大和田くんの体温で冷たかった体が嘘みたいに温かくなって自然と涙も止まった。

「ねえ大和田くん、なんで私にこんなによくしてくれるの?」

ずっと疑問に思っていた。私はその優しさに甘えてばかりで、ほんとに助けられてるけど。


そして大和田くんは体を離して真っ直ぐに見つめてきた。
雨に濡れている髪がセットを崩し前に垂れてきている。そんな彼は色っぽいという言葉が酷く綺麗に当てはまる。初めて見る姿に不思議と胸がドキドキした。

「んなの、怜が好きだからに決まってんだろうが」

「…っ」

その言葉は意外にもすんなりと私の胸に入ってきた。びっくりした。びっくりしたけどその言葉を聞いて心が温かくなって、幸せってこういうことを言うんだと染々と思った。あのまま彼と付き合ってたら味わえなかった気持ち。ずっと好きな人を愛してきたけど愛されることはなかった。だから純粋に彼の言葉を聞いて嬉しかった。

「…私は、きっとまだあいつのこと忘れられない、それでもね、過去にすがって前に進まないのは嫌なんだ。…私はあなたと恋がしてみたいです、大和田くん。」

この人とならつらい恋愛じゃなくて、幸せな恋愛ができるかもしれない。
そんな思いもあったけど、何より彼の真っ直ぐな瞳がさっきまでのもやもやを消し去って、妙にドキドキする。私はこの意味をよく知っているはずなんだ。

「とことん付き合ってやるよ」

そう言って彼は太陽みたいな笑顔を私にくれた。


20131019

 

 

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