想いは二酸化炭素
私は十神家の時期当主である十神白夜様との婚約が決まっていた。
私自身初めて出会ったときから白夜様に心を奪われていた。幼かったころから婚約者候補として育てられたがそれも嫌ではなかった。
でも常に高みを目指す彼に私は映っていない。
今日は珍しく十神邸に来ていた。1ヶ月後には正式に婚約発表をするので多分婚約前の最後の対面ということになる。
長々しい廊下を歩く。私の家もそれなりの名家なので広いが十神邸ほどじゃない。彼の家は迷路みたいで困ってしまう。
私が目指しているのは白夜様の書斎。日中彼はそこに篭っていることが多いのは把握済みだ。
今日言わなければならない。これがラストチャンスだ。葉山家から縁を切られてでも私は言わなければ。
書斎へと続く扉の前でコンコン、とノックをした。
「誰だ」
「葉山怜です。」
中から"入れ"と一言白夜様の声が聞こえて取っ手に手をかけた。
「失礼します。」
「何か用か」
「はい、実は…婚約の件を撤回して頂きたいのです。」
勿体ぶるのも面倒なので単刀直入に言った。
私が言いたかったのはこれだ。手を伸ばしていたものを自ら断ち切るそんな決断だった。
背を向け机に向かっていた白夜様は私の方に顔を向けた。わからない、とでも言うように彼は私に言う。
「なぜだ?俺と結婚すれは裕福な暮らしができるというのに」
でもたとえ裕福な暮らしができたとしても嫌だった。
「あなたの心は手に入らない。」
半ば自分に言い聞かせるように。そんな私の言葉に白夜様はまた問いかけた。
「心?」
「私は貴方を愛しています。でも貴方は私を愛してはくれないでしょう?」
彼にとって私は将来世界の頂点につくための道具に過ぎない。これは政略結婚なのだ。もし相手が私でなくとも彼はなんの躊躇いも無かったのではないか。そう思ったら妙に悔しかった。
「馬鹿だとお思いですか?」
「ああ、馬鹿だな。」
「…っ」
自分から問い訪ねたのに白夜様の口からそれを聞くと胸が張り裂けそうだ。
涙が出そうになるのを必死に堪えようと天井を見上げて激しい感情が治まるのを待つ。
「お前は俺が好きなんだろう?」
白夜様がそう問うた。視線を彼に戻す。
私を真っ直ぐに射抜く瞳はなぜだか不安げに揺れているように見えた。
なんで彼はこんなに怯えているの?何に怯えている?考えても答えなんて出てこなくて頭がごちゃごちゃになる。
「好き、です。」
「じゃあこのまま婚約すればいいだろう!お前は昔から訳がわからない!」
「なっ!私にしてみれば白夜様の方が訳わからないです!言いたいことがあるなら言ってくださいよ!!」
こんなに大声を出したのは初めてかもしれない。ついに白夜様に嫌われただろうか。
「…俺がそのまま婚約しとけと言っているんだ、思うところなどひとつだろう?」
「…それがわからないから聞いてるんです!」
いつもだ。白夜様は重要なことを何一つ話してくれない。せめて、彼と対等にいたいと願ったのは何年も前のことなのに進歩がないどころか後退しているような気さえする。
「ちっ、俺もお前が好きだと言ってるんだ馬鹿め。」
舌打ちをしてから聞こえてきた言葉は瞬間的に理解など到底できなかった。
「う、嘘」
「嘘じゃない、知らないのか?俺は数ある縁談を全部蹴ってお前としか婚約しないと十神家の人間全員に宣言してやったんだ。」
「…縁談を全部蹴った?私としか婚約しない?」
白夜様の言葉を口に出して呟いた。そうすることで意味が漸く理解できた。それと同時に心拍数がどんどん速くなり爆発しそうだ。
「伊達にお前を好いていた訳ではないと言うわけだ。」
「〜〜っ!」
白夜様からもらった2度目の"好き"は先ほどよりもすんなり私の心に受理された。わけもなく、全身の血という血が顔に集まって来ているようにさえ思ってしまう。あつい、恥ずかしい、嬉しい、いろんな思いが渦巻いてついには涙が溢れた。
「白夜様、その、えっと」
こんなときにこそ何か言わないといけないのに言葉が出ない。
そんな私の頬に白夜様の手が伸びてきてそっと触れた。優しく撫でられると次は伝う涙を拭われた。
「怜、先ほどの意見に異論は認めない」
「…もちろんですっ」
それは私にとって何より嬉しい言葉だった。
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偽神くんになってしまった…
20131226
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