魂じゅるじゅる
魂じゅるじゅる。
私達に時間の概念はない、ただ過ぎていくだけのものを認識はできない。けれど明るいか暗いかくらいはわかる。ああ、「今」は暗い。
私の管轄する部屋には、幸福を持っていた多くの人々がいる。ある人は未来を想った、ある人は恋人を想った、ある人は名誉を想った、ある人は死を想った、ある人は過去を想った……。ここに来た当初はその記憶、感情全てがまばゆく輝いていて、私達はその幸福を心から称えた。
私達吸魂鬼はその幸福を人類から預かる仕事をしている。
また希望の香りがする。ひりつくようで、焦がされるような爽やかな香り。私はその希望に向かっていく。
「やめろ! 来るな!」
騒がないで、騒がないで。私はただあなたの希望を、幸福を預かりに来ただけ。
私が鉄格子に近づくと、みるみるうちに鉄が冷えて、水蒸気が飽和していく。寒さは良い。寒さは、人類から幸福や希望を奪ってくれる。薄く氷が張った鉄から、人類の一人はできるだけ離れようと惨めに身を向こう側の壁にべったりとくっつけていた。
私は人間に近づく。そして希望を摘み取る。人間は膝から崩れ落ち、うつろな目でこちらを見ていた。いや、見えてはいないかもしれない。
そう。これでいい。これで幸福を守ることが出来る。
幸福、幸福、もちろん、幸せな感情のことだ。これを人類はすぐに粗末に扱おうとする。その肥大しすぎた脳で自分勝手に記憶を書き換えてしまう。私達はそれを望まない。幸福は絶対的で、不可侵ではなくてはいけない。だから私達は人類から幸福を奪う――いや、預かっている。そしてできるならその穢れた肉体から魂を取り出し、私達の中で保管してあげるのだ。
私の中には今まで人類から預かった幸福と魂が詰まっている。少し意識を集中すれば、すぐに触れることが出来る。ほら、これは左から3番目の部屋にいる人間の幸福。見える、家族と大きな犬と共に自然の中を駆け巡っている姿を。
魂は焼け付くように甘く、私は半ば自らの快楽のために人類の魂をすする。
「執行だ。連れていけ」
私は命令され、部屋から人間を一人別のところに連れていく。
可哀そうに、可哀そうに。私がその魂を解き放ってあげよう。
私はゆっくりと人間に顔を近づけていく。ああ、幸福が、魂が見える!
私達は人類の幸福を想って心を痛める。人類のように涙は出ないけれど、どうかこの愛をわかってほしい。魂と幸せを愛するこの心を誤解しないでほしい。
私達は、この世の存在の中で一番幸福を愛しているのだから。
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