トンネルではなく

「ただいまですー!」
ちなみに、時計塔には帰ってこられました。
流石ユリウスさん、ツンデレの思考はわかりやすいです。
私は今、メモったいろいろな商品の価格を比較し、ワンダーワールドにおける大体の金銭感覚というものを掴もうと努力している。
ユリウスさんが先ほどついでに”淹れてくださったコーヒーを一口飲む。
爽やかな酸味がのどを通った。熱い。
――おそらくグアテマラ……いい香りです……。
私がもう一口コーヒーを頂こうとしたその瞬間、
「やぁユリウス!」
コーヒーの後味よりも爽やかな声がドアから入ってきた。
「ぶっ!!」
コーヒーを勢いよく吹き出す。
熱くてゆっくりすすっていたので大惨事にはならなかったが、吹き出した液体がマグカップの中に入る。
うへぇ、汚いです。まぁあとで飲みますけど。
――それよりもそれよりも!! これは由々しき事態ですよ私!
案内していた人物が突然失踪したことについて、エースが何も思っていないわけがない。
私の背中を冷や汗が滑り落ちた。
「あっ! 君、先にユリウスの所に着いていたのか?」
どきっっ!! な、なにか言い訳か何か何か言わないとあれ、えっとえっと。
パニックになっている私は、言おうとしていた言い訳が思い出せないのです。
やはり、メモは必要ですね。
「あああ、あのですね、これには深ぁいわけがありまして……」
「無事着いたなら良かった!」
エースの声はからりとしていて、私はきょとんと首を傾げた。
「え?」
「いやぁ実はさ、あのあと、ものすっごくでっかい熊が出たんだ。それでそいつと戦っていたらいつの間にか場所を移動していたらしくてさ〜。ははっ、君が無事で本当に良かった」
と、笑いながら騎士様は仰った。
――なるほど。ありがとうございますワンダーワールドの神様。
偶然にもいい隠れ蓑が見つかったというわけである。
私はほっと胸をなでおろした。
「どうも……」
エースは私たちのやり取りを黙って聞いているユリウスさんに説明をしてあげている。
「この子、森で会ったんだ。ユリウスの所まで行きたいって言ってたから案内してあげていたんだよ」
「そうなんです。とっても親切な方で、流石、万年迷子の名は伊達じゃない程に道なき道を強行突破し……」
「ははっ、それって誉めてる? それとも貶してる?」
「……なんとなく状況は分かった」
ユリウスさんは深くため息をついた。
エースはなおも私の説明を続ける。
「なぁユリウス、こいつ本当面白い奴なんだぜ? 最初見かけた時なんて……」
「ああぁ! 止めてください! あれは黒歴史です!」
慌てて大声を出し、エースの言葉を止めた。
人の黒歴史をほじくり返す人は自分にも跳ね返ってくるんですよ!
――人を呪わば穴二つってね!
――……それはちょっと違いますかね。
テンション上がりすぎて踊っていることが少しおかしいことは自分でも理解しているのだ。
「ははっ」
何が楽しいのか騎士さんはずっと笑っていらっしゃる。
あ、ずっと笑っている人でしたね。
実際にこういう人と会うと結構怖いものであると、私は身をもって体感した。


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