誰得ですか?

そんな私の声を、ユリウスさんは手で遮った。
「お前が鬱陶しいのは十分に伝わった。だから黙れ」
「はい!」
おとなしく黙りました。いい加減口も回らなくなってくる頃ですし。
「……」
「……」
ユリウスさんが何か話してくれるわけでもなく、沈黙が二人を包む。
黙れと言われた手前、私が何か話すこともできずにユリウスさんの顔をじーっと見ている。
ユリウスさんも私を見ている。
――恋の始まり的な何かですかね?
それにしては向こうの表情が呆れたような、あきらめたようなそんな澱んだ目である。
私何かしましたっけー?
ユリウスさんは深くため息を一つついた。
「……コーヒーは飲めるか?」
――来たーー!! コーヒー来たーー!!
「はいもちろん!」
「入れてきてやるからそこで待ってろ。周りのものに触るんじゃないぞ」
「了解です!」
ユリウスさんは立ち上がり、キッチンへと消えていく。
なるほど、部屋の間取りはこうなっているんですね。めもめも。
「やったー! ユリウスさんのコーヒーだ〜! わーいわーい」
――PSP持って踊り出したい気分です!
間取りを軽くメモったあと、嬉しさがこみあげてきた。
どうにもいられなくなったので、座ったまま体を左右に揺らして「よーいよーいよっほっほーい」とアルプスの少女の歌を適当な歌詞を付けて歌っていた。
「……うるさい奴だな、少し黙っては居られないのか」
ユリウスさんが戻ってきて、私の前にコップを置いてくれる。
湯気が出ているそれを手に取り、ゆっくりとすする。
「ありがとうございます! ……あちっ」
「気を付けろ、入れたてだからな」
「はい」
――うーん、ブルーマウンテン……とかちょっと違う気がしますね。
――もしやクリスタルマウンテンですかね!?
――やはり趣味に経費は厭いませんよね!
コーヒー独特のいい香りを堪能しながら、ユリウスさんと話を続ける。
「……本当に連れてきた奴に心当たりはないのか」
「はい、全く。気がついたら端の森の方で倒れていました」
「端?」
「画面の端……じゃなくて、ええと……帽子屋屋敷の奥の方です」
「そうか」
ユリウスさんはコーヒーを一口飲んだ。
「お前、名前は?」
「え?」
「余所者なんだから、名乗れるだろう。名は何だ」
私はすっとペンを手に取った。
「えっ、今のってもしかして重要ポイントじゃありませんか!? 役持ちでも余所者でもない……つまり個の認識が薄い役なしさんたちは名前を持っていないんですか!? それとも名前はあるけど、自分から名乗ったりとかはしないとかそんな感じですか!?」
「名前を言え」
――視線が痛いです!
しぶしぶ机に紙を置く。
「申し遅れました。ゆりと申します。今からすごく迷惑をかけますが、余所者補正に免じて許してやってください」
「私はユリウス=モンレーだ。迷惑をかけないようにしてくれるとありがたい」
「無理です。ここに滞在させて頂くので」
「許可していない」
「許可してください」
ユリウスさんの視線は厳しいままである。
「余所者を家に置くと良いことありますよー。家事は普通程度にはできますし、買い出しも頼まれますし、観賞用……にはならないとは思いますが、色々な事、雑学程度なら知っています。それにえっと……時計塔内にいながら人間と会話ができます。風水的にもいいはずです」
「最後の二つはいらない」
「そんなこと言わずにー! ね? ね?」
――ここは一つ有力な利点を出さねばなりませんね。
ユリウスさんの好きなこと……、コーヒーは入れられないわけではない位のレベルですし、うーん。
――あ、思いついた。
ユリウスさんというか、この世界の人たち全員が好きな事。
「きっとアリスも時計塔により頻繁に来てくれるはずですよっ」
「……なんでだ」
――ふっふっふ、食いつきましたね。
つまり――アリスとの交流である。
時間を大切にする彼女と関わりを持つことは、ユリウスさんにとっても魅力的な事であろうと考えたのだ。
「せっかく憧れの世界に来られたんですから、アリスと友達になりますので。あ、それ以上の関係もやぶさかではありませんが」
「ストーカーするんじゃなかったのか?」
「友達をストーキングしてはいけないんですか?」
駄目だこいつ、とユリウスさんの目が語っていた。
目は口程に物を言う。
「とにかく、総合的に見て私は時計塔にいるのがベストだと考えたまでです。もし受け入れてくれないというなら、小野小町のエピソードのように性懲りもなく通いますからね!」
「はぁ……面倒くさい……」
ユリウスさんは心底疲れたような声を出した。
「わかった。お前をここに連れてきた犯人が見つかるまでならいてもいい」
私はぴょこんと椅子から跳ね上がってお辞儀した。
「ありがとうございます! 流石ユリウス様! 一生ついていきます!」
「お前はそのストーカー的な思考をやめろ!」
「人を犯罪者扱いしないでもらえますか、まだ未遂なんでー」
「明らかに実行に移す気だろう!」

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