5 9と4分の3番線

1−5 9と4分の3番線

 ハーマイオニーと共にたどり着いたキングスクロス駅は、当然だが混み合っていた。今日はもちろんソフィアが同行しており、ハーマイオニーの両親と談笑している。ハーマイオニーと私は人にぶつからないように気を付けながらカートを押している。
「えーと、9と4分の3番線よね」私が切符を見ながら確かめるように言った。
「そうよ、柵の間にプラットホームがあるなんて信じられないわ」
「私もまだ信じられないわ、私達が魔法魔術学校に入学するってこと!」
 二人は顔を見合わせて笑った。
 9番線と10番線の間には、当然だが柵があるばかりだった。近くには何人かトランクを持った人たちが居て、その少し奇妙な格好から魔法族だろうと推察できた。
「早めに着て正解ね。ほらみて、あの人……」
 ハーマイオニーの目線の先では、私達と同じくらいの年の男子が9番線と10番線の間の改札口の柵に向かってカートを押していた。彼はスーッと何事もかったかのようにその柵にたどり着く直前に姿を消してしまった。
「消えちゃった!」私は小さく叫んだ。
「だれも気付いてないみたい」
 ハーマイオニーの声に私もあたりを見回すが、行きかう人々は誰一人としてその出来事に注目していないようだった。
「誰が最初に行く?」
 私のその問いに、ハーマイオニーが勢い良く手を挙げた。
「4分の3よね? もう少し右の方が良いのかしら」
 彼女は少しだけ緊張した面持ちで両親と共に足を進めた。カートがからからと鳴る音が突如消え、それと同時に彼女の姿も消えていた。
「行きましょう」ソフィアが言った。
 私達も難なく、柵から9と4分の3番線へと進むことが出来た。まず目に飛び込んできたのは赤い蒸気機関車で、人のまばらなプラットホームにその存在を主張していた。
「あれがホグワーツ特急ね」
「先に荷物を積んでしまいましょう」
 そういうハーマイオニーに従って、列車の中へ荷物を運び入れた。ハーマイオニーのトランクは『魔法の鞄』を持っていない分を差し置いてもとても重くて、コンパートメントまで3人がかりで運ぶはめになった。
「何が入ってるのよ、これ」
「もちろん参考書。『ホグワーツの歴史』とかあんまり重いのは置いてきちゃったんだけど……」
「そんなのまで持ってきたらトランクの底が抜けちゃうわ」
 人が増えてきたプラットホームで、私はソフィアと向かい合った。
「本当に気を付けてね。何かあったらすぐ連絡して」
 ソフィアは私の目線までしゃがんだ。
「何もなくても、お手紙ちょうだいね。ルビーもクリスタも私もあなたの話を楽しみにしてるから」
「もちろん送るわ! ふくろうでね」
「ふふ、そうね。ふくろうで」
 私達はくすくすと笑いあった。ソフィアは感動からか涙を流していた。
 私はハーマイオニーと共にコンパートメントに戻って、教科書を広げた。
「もう覚えられた?」ハーマイオニーが聞いてくる。
「もうちょっとよ。列車に乗っているうちもきちんと読むわ」
 時計が11時を回り、列車が出発した。窓を上げて身を乗り出すと、遠ざかっていくソフィアの姿が見えた。思いっきり手を振ると、彼女も振替してくれた。ハーマイオニーも私の上から彼女の両親に手を振っていた。
「さて、私も見返そうかしら」
 ハーマイオニーが『幻の動物とその生息地』を開いたところで、コンパートメントの扉がおずおずとノックされた。
「あの、ごめん、一緒に座らせてもらってもいいかな。僕、ヒキガエルを探してたら出遅れちゃって……」
 丸顔の男の子は荷物を持ったままそう問いかけてきた。すでに断られたことがあるのだろう、とても決まりの悪そうな表情をしていた。
「もちろんいいわよ」ハーマイオニーがさっと詰めた。
「え、いいの?」
「どうぞ」
私も快諾して、自分の鞄を彼の荷物のために移動させた。男の子はありがとう、と言ってもたもたと荷物をコンパートメントに運び入れた。
「僕、ネビル・ロングボトム」
「私はハーマイオニー・グレンジャーよ、よろしく」
「メアリ・アーデン。よろしくね」
「ねぇネビル、ヒキガエルを探しているってどういうこと? あなたのペットなの?」ハーマイオニーは矢継ぎ早に聞いた。
「あなたは魔法族出身?」
「えっ、ああ」ネビルは言った。
「そう、僕のペットなんだ。プラットホームでいなくなって……こいつ。トレバーって言うんだ」
 彼は手に持ったヒキガエルを私達に見せた。私がそのぬめぬめとした表面を撫でると、トレバーは低い声で鳴いた。
「それでえっと……うん、家族は全員魔法族」
「まぁ!」ハーマイオニーが目を輝かせた。
「私達、マグル出身なのよ。良かったら色々教えて!」
 私も彼に期待して身を乗り出した。彼はあたふたして「僕に答えられることなら」と小さな声で答えた。
 その後色々なことをひとしきり質問した後、制服に着替えた。糊のきいたローブに私達は興奮しっぱなしだった。
「それで、グリフィンドールが一番だって、本を読んでそう感じたんだけどどうなの?」
 ハーマイオニーはまたまだネビルを質問攻めにしていた。
「僕もグリフィンドールに入れたらなってそう思ってるんだけど、でも僕は落ちこぼれだからハッフルパフになると思う。やっぱりグリフィンドールは格好いいよ」
「勇気と正義の寮ね。ねぇネビル、逆に一番入らない方が良い寮ってやっぱりスリザリン?」私は言った。
「闇の魔法使いがたくさん出ているもの。それに、アズカバンにこれまで収容されていた人のえーっと、何パーセントだっけ」
「76,6パーセント」ハーマイオニーが即答した。
「そう。それくらいがスリザリンだし」
「まぁ、うん、そういうところで言うとそうかも。でもスリザリンも良いところあると思うよ」
 そのとき通路から聞こえていた音が大きくなって、コンパートメントの扉からおばさんが顔を出した。
「車内販売はいかが?」
 押されているカートにはたくさんのお菓子が積まれていた。
「わぁ!」
私は飛び上がってカートに近づいた。
「じゃあこの飴と、このケーキと、これは……チョコレート?」
「カエルチョコレートだ、すごく美味しいよ」ネビルが言った。
「じゃあこれも」
 私は銀貨を支払って、購入したものをそっと自分の膝に置いた。ハーマイオニーも少しだけお菓子を買って嬉しそうに包み紙を眺めた。
「間食はいけないことだけど、でもこんなに面白いんですもの!」
 ネビルも何か買おうとしていたが、その足の下を何かが通り過ぎていった。
「トレバー!」
 ネビルが慌てて追いかけると、彼の腕がカートにぶつかりカートの中身が少しこぼれた。
「一緒に探すわ」ハーマイオニーもコンパートメントの外に出た。
 私は散らばったお菓子をカートに戻す手伝いをしてから、コンパートメントの中に戻った。そして読みかけの教科書に再び目を落とした。途中でプラチナブロンドの男子生徒が通路からこちらを覗いてきたので目が合ったが、彼はすぐに移動した。私が教科書を読み終えたところでネビルがコンパートメントに帰ってきた。
「トレバーは見つかった?」
「まだ」
 彼はめそめそと泣き始めてしまった。頬に涙の後がいくつもあるから、他のところでも泣いてきた後なのかもしれない。
「ほら座ってよ、とりあえず泣き止んで。大丈夫よ、ハーマイオニーならきっとトレバーを連れ戻してくれるわ」
「うん……」
 ネビルがようやく泣き止んだ頃にハーマイオニーはヒキガエルを抱えて帰ってきた。
「トレバー!」
「この子、籠か何かに入れておいた方が良いんじゃないの?」
 ハーマイオニーは通路に立ったまま話し始めた。
「ハリー・ポッターに会ったわ」
「あぁ、あの例のあの人を無力化したっていう」
「ハリー・ポッターだって!」ネビルが目をまんまるくして驚いた。
「あなたも会ったはずよ。あぁ、それに色々な人からまた話を聞いたんだけど、やっぱりグリフィンドールって一番評判がいいみたい。その次はレイブンクロー」
「でも組み分けされるまでどこの寮に入るかは全く分からないんでしょう?」
 私は不安をにじませながら言った。
「そうね、問題は組み分け帽子がどれくらい個人の意見を考慮してくれるかってところだけど……これは体験するまでわからないわね」
 そのあとハーマイオニーは「いつ着くのか聞いてくるわ」と前の方に行ってしまった。ハーマイオニーが戻ってきて少し経つと、車内案内が響きわたった。
「あと5分でホグワーツに到着いたします。荷物はまとめて学校に届けますので、車内に置いていくようにしてください」
「いよいよね」
 ハーマイオニーの声がうきうきとしていた。私は鞄からソフィアにもらった飴玉を一つローブのポケットに入れた。
「メアリ、あなた入学式の間に飴をなめる気?」
「舐めはしないわ。お守りみたいなものよ」
 列車の外に出るとすっかり寒く暗くなっていて、ハーマイオニーと私は思わず身を寄せ合った。
「イッチ年生!」
 やけに大きな男がランプを持って新入生を呼んでいた。私達は人の波に押されながらそちらへ向かった。
「寒い」
 ネビルがそう言って鼻をすすった。
「ハンカチを貸してあげたいんだけど、列車の中に置いてきちゃったわ」私は言った。
「いや、大丈夫、ありがとう」そう言って再び鼻をすすった。
「さあ、俺についてこい――イッチ年生はもう残ってないな? 足元に気を付けろ、いいか! イッチ年生、ついてこい!」
 私達は暗くて狭い小道を大男に連れられて降りていった。進んでいる間誰もしゃべらないせいで、ネビルの鼻をすする音がいやに大きく聞こえてきた。
「おまえさんたち、もうすぐホグワーツが見えるぞ」男の声が聞こえた。
「この角を曲がったらだ」
 道なりに曲がった先は急に開けていて、今まで参考書の写真(もちろん動く)で見たホグワーツ城が大きな湖の向こうにそびえたっていた。
「なんてすごい……」私はつぶやいた。
「素敵!」
「ホグワーツだ!」
 続いて道を抜けたハーマイオニーとネビルも感嘆の声を漏らした。
 湖には小さなボートが繋がれておりそれに乗るように指示されたので、前から詰めて私とハーマイオニーは男子生徒二人と一緒に乗ることになった。全員がボートに乗ると男が叫んだ。
「みんなのっちょるか? よし、そんじゃあ、進め!」
 声と共にボート湖面を滑り出した。みんなホグワーツ城を見上げていた。私もそのあまりに巨大な城を瞬きも惜しいほど見つめていた。
「頭、下げぇ!」
 男の声に揃って頭を下げると、蔦のカーテンが頭上を通り過ぎた。暗いトンネルを通って、ようやくボートは船着き場に到着した。
「わくわくするわ」ハーマイオニーは靴で足元の岩をコツコツとつつきながら言った。
「私、ちょっと緊張してるかも」
 私は大きく深呼吸をした。
「ホイ、おまえさん! こいつはお前のヒキガエルかい?」
「トレバーだ!」
 振り返るとネビルが大男からヒキガエルを受けとっているところだった。彼はヒキガエルを持ってこちらへ駆けてきた。
「しっかり確認しなきゃダメよ」ハーマイオニーが言った。
 ネビルは鼻をすすってうなずいた。
 その後も男に連れられて行くと、巨大な樫の木の扉が見えた。
「みんな、いるか? おまえさん、ちゃんとヒキガエル持っとるな?」
 ネビルは手に持ったヒキガエルを掲げて見せた。
男がこぶしで扉を3回たたくと、扉が勢い良く開いた。

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