4 救いの手

1−4 救いの手

 大荷物を抱えて帰ってきた私を、ソフィアは笑顔で迎えてくれた。私の語るダイアゴン横丁の話―並べられたふくろうや、色とりどりの薬草、動き回る本―を嬉しそうに聞き、私の取り出した杖を興味深そうに手に取って眺めた。
「綺麗な模様」
「それに、あまりにも荷物が多かったから私、『拡張魔法付き鞄』を買った。凄い。見てこんなに大きくても入る!」
 人目に付くと怪しまれそうな大なべなどをここに入れて運んできたのだった。鞄の口より大きなものでも、吸いこまれるように入ってしまう様はいくら見ても飽きなかった。
「本当に魔法の世界なのね」
「それで、友達もできた! ハーマイオニーっていってとっても賢くて、優しくて」
「メアリ」ソフィアが言った。
「今日はもう遅い。私は仕事の時間だし、あなたは寝る時間よ」
 一階からはがやがやとした声が聞こえてきていて、ジュエルボックスの営業時間が近いことを教えてくれていた。
「また明日お話を聞かせてちょうだい」
 私が頷くとソフィアは私の部屋から出て行ってしまった。私はまだわくわくしながらも、大人しくベッドへと潜り込んだ。
 次の朝目覚めると、私はいつも通り1階の清掃にかかった。浮かれているせいか仕事がはかどり、昼の早い時間にやることを終えてしまった。何をしようかと考えて、私は自室に戻り、昨日ハーマイオニーから渡された紙の切れ端をもって一階にある電話機の前に立った。
 住所は読めないし手紙も書けないけれど、数字なら読める。私は彼女に電話をかけることに決めた。間違えないように何度も確かめながらボタンを押していくと、数回のコール音の後に男性の声がした。
「はい、グレンジャーです」
「あ、あの、私、メアリ・アーデン」
「あぁ、メアリ。ハーマイオニーだね? 少し待っていて、今呼ぶから」
 激しい心臓の音と共に受話器を握っていると、そうたたないうちに声が聞こえた。
「メアリ!」
「ハーマイオニー! あぁ緊張した、電話なんて初めて使ったから!」
 話は昨日話した私の教育のことに移った。
「パパやママにも相談してみたの。そしたら、やっぱり私が教えてあげるべきだってことになったわ。困ってる人は助けなくちゃ」
「本当にありがとう」
「いいのよ。でね、提案なんだけどあなた、私の家に来ない?」
「えっ?」私は驚いた声を出した。
「だってあなたってば、文字を読むところから教科書を覚えるところまで入学前にしないといけないでしょう? それってちょっとやそっとのことじゃできないわ。それに私とあなただけでも無理。だから私の家で、私のパパとママに助けてもらいながら一緒に勉強しましょうよ。ね? いい考えでしょう?」
「それ、それとっても素敵!」私は言った。
「すぐソフィアに相談してみる。あっ、ソフィアっていうのは私のママみたいな人。じゃあ、また夕方に連絡する」
「ええ、待ってるわ」
 夕方、ソフィアが起きてくるのを待ってこのことを話すと、彼女は難色を示した。
「向こうの親がいいって言ってくれてるなら心配ないんじゃない?」
 そういうのはルビー。彼女ともう一人、クリスタにだけホグワーツのことを話すことになったのだ。二人ともここに長く働いていて、私にも優しくしてくれる。
「そうは言ってもねルビー、子供一人抱え込むなんてかなり負担なのよ。借りを返せるアテもないし」
「ソフィアは気にしすぎよ。ご厚意には甘えとかなくちゃ損ってね」クリスタはいたずらっぽく言った。
「私達が教えてあげたいところなんだけど、そんな余裕、時間も脳みそもないときた」ルビーも私の提案に賛成のようだった。
「学校に行っていたのなんて遥か昔だし、教科書なんかもう売りに出しちゃったしね」
「ハーマイオニーとやらのお家はしっかりしてるんでしょ?」
 クリスタに聞かれて、私は昨日の会話を思い出しながら答えた。
「確か、歯医者だって」
「歯医者!」ソフィアが叫んだ。
「絶対にお医者様におしえてもらったほうがこの子のためよ」
 ソフィアは散々悩んだあげく「わかった。くれぐれもご迷惑かけないようにね」と言った。
「うん!」
「私が、よろしくお願いしますって手紙書いてあげる」クリスタはメモ用紙に何かを書き始めた。
「制度上の細々したことはその、先生とやらがやってくれるんだろう? ならそれも伝えておいた方がいいだろうね。友達のご両親も不思議に思っているだろうし」
「オッケー、書いておくわ」
 私は日が傾くのを待ってハーマイオニーの家に再び連絡した。今度は最初からハーマイオニーが電話に出て、私が了承の意を伝えると彼女は喜んでくれた。
「じゃあ、ロンドン駅のこの前集合したところでまた待合せましょう。できるだけ早い方が良いわよね、明日? 明後日?」
「明日!」私は早くハーマイオニーに会いたくてたまらなかった。
「わかったわ。じゃあ明日、10時にロンドン駅で。教科書を忘れないでね」
 私は電話を切って、大慌てで自室へともどった。明日の準備をするためだ。

 ハーマイオニーとの勉強はとても楽しかった。まずはもちろん、文字から教えてもらった(この蛇のような文字はSというらしい!)。教科書は難しかったが、ハーマイオニーが隣で音読をしてくれたおかげでなんとか内容は理解した。字は下手だが、文章も書けるようになった。
「見て、これとっても興味深いわ。杖の性質は使われている木によってこんな違いがあるんですって」
 ハーマイオニーは本を開いて私に差し出した。
「アカシア、えー、非常に、珍しい、杖の木で、所有者以外には、扱うことができない。なるほど、とても面白いわ」私はゆっくりと音読した。
「あなたも是非読んでおくべきだわ」
「まだ全然こっちが終わってないんだけど」私はそう言って、目の前にある『ホグワーツの歴史』を軽くたたいた。
「でも、そうね。頑張ってそれも読むわ」
 そのほか、学校というのはどういうところなのかだったり、先生に話しかけるときには話方に気を付けなければいけないことだったり、様々なことを教えてもらった。
「本当にありがとうございました。すごく、すごく勉強になりました」
私が頭を下げると、ハーマイオニーの両親は笑って「学校でもハーマイオニーのことをよろしくね」と言った。
「次会うときはホグワーツ特急ね」
「ええ、もう明後日のことね。それまでにあなたは教科書を完璧にしなくちゃいけないから大変ね」
 私は苦笑した。
「見てなさいよ、私だってあなたみたいに空で言えるようになってやるんだから!」
 ハーマイオニーも笑っていた。

 私がジュエルボックスに帰ると、ソフィア、ルビー、クリスタの3人が私を出迎えてくれた。
「ねぇ、お洋服を買いに行きましょう」クリスタが言った。
「お洋服? どうして?」
「あんたの入学祝い。綺麗なローブなのに、中が古着じゃ格好着かないだろう?」
「もしかして新品を買うの!」私は驚いて叫んだ。
「ジュエルボックスのみんなでお金を出しあったのよ。ちょっといい服が買えるわ」
 クリスタが楽しそうにそう言って、私に袋を手渡した。中からは金属音がして、硬貨が入っていることが察せられた。
「なんせもらった金貨は魔法使いのお店でしか使えないしね」
「本当に嬉しいわ! ありがとう、みんな。私、私、学校で勉強して賢くなるわ。それで、大人になったらたくさんお金をもらって、みんなに素敵なお洋服を買ってあげる!」
 私の言葉に彼女たちは笑ってくれた。
 次の日、私達は普段はいることなんてない店で制服用の新しいシャツとスカートと靴、小綺麗な普段着を一そろい買った。そしてトランクケースに制服や教科書を詰めこんで、私は幸せな眠りについたのだった。

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