3 ダイアゴン横丁

1−3 ダイアゴン横丁

「忘れ物はない?」
 その言葉に私はもう一度荷物を確認した。小さなショルダーバッグにはなけなしのお金と、入学許可書と教材リストと飴玉が二つ入っていた。
「ロンドン駅までの道はわかるわね?」ソフィアが心配そうに言った。
「もう何回も行っていると思うけど」
 今日は一般家庭から魔法学校へ進学する子供たちが集まって、必要なものを買いに行く日で、本当なら保護者としてソフィアが同行するはずだったのだが、彼女の体調不良によって私一人きりで行くことになった。
 約束よりかなり早い時間、集合場所にはもう一家族がいた。男と女と女の子が楽しそうに話をしている。
「こんにちは」
 私はおそるおそる挨拶をした。
「こんにちは、もしかしてあなたもここに集合するように言われているの?」
 女の子ははきはきと私に聞いた。私は黙ってうなずいた。
「ホグワーツよね」
彼女がまるで内緒話をするように声を潜めた。
「そう」私も小さな声で返した。
「よかった、一人だったらどうしようって思っていたから」
「そういえばあなた、ご両親は?」
「酷い風邪をひいちゃって」
「二人とも?」
「あー、うん」
 彼女はそこまで聞くと、笑った
「ごめんなさい、自己紹介を忘れていたわ。私はハーマイオニー・グレンジャー。こちらは私のパパとママよ」
 後ろに立っていた品の良い男女が会釈をした。
「私はメアリ。メアリ・アーデン」
「ねぇメアリ。同じ境遇からの新入生同士、友達になりましょうよ」
「もちろん!」私は二つ返事で答えた。
 それから少しずつ人が集まってきて、集合時刻を少し過ぎたころに黒いローブを来た男が「まったく、駅はマグルだらけでたまらない」とぼやきながら現れた。
「えー、生徒諸君、並びに保護者の方々。私はセプティマ・ベクトル、ホグワーツの教師です」男が声を張り上げた。
「今から移動を始めるから、ついてきてください。はぐれないように!」
 私達はぞろぞろと彼を追って、とある小さなパブへとたどり着いた。
「こんな店あった? ロンドンには何回か来たことがあるけれど、初めて見たわ」ハーマイオニーが小さくつぶやいた。
「中に入って、さぁ早く!」
 外観通り古ぼけた酒場で、何人かがタバコを吸ったり酒を飲んだりしていた。私はその客たちが、クィレルやベクトルのような奇妙な格好をしていることに気づいた。
 全員がパブに入ったことを確認すると、ベクトルは話し始めた。
「それではもう聞いている人がいるかもしれませんが、簡単に説明をします。これからここ、漏れ鍋にある通路を通ってダイアゴン横丁という、ええと……ショッピングモールで新学期に必要なものをそろえてもらいます。みなさんリストは持っていますね? 金貨がガリオン、銀貨がシックル、銅貨がクヌート。1ガリオンは17シックル、1シックルは29クヌートになっています」
 彼から羊皮紙が手渡された。それには通貨などの買い物に必要な知識(数字が書いてあったからそうであろうと予想した)とダイアゴン横丁の地図が書いてあった。その後彼は私達を中庭へと案内した。中庭は小さく、私達は詰め合ってなんとか彼の話を聞いた。
「これからダイアゴン横丁へと向かいます。集合時間は――」
 彼は必要事項を伝えると手に持った杖でレンガを叩いた。すると叩いたところからみるみるうちに壁が変形し、アーチ状の入り口が出来た。
私がみんなに続いてアーチを潜り抜けようとしたとき、ベクトルに肩を叩かれた。
「君がメアリ・アーデン?」
 彼は私を中庭の隅に連れて行った(その狭さゆえ隅というほどのものでもなかったが)。
「保護者の方はどうした?」
「風邪を引いた」
「そうか、なら君がきちんと保護者の方に伝えるように。いいね」
 私はうなずいた。彼は私に革袋を手渡した。
「ここに、200ガリオンが入っている。入学に必要なものを買うお金だ。リストにあるものを買うには十分な額だ。もちろんペットやお菓子も買ってもいいが、あまり無駄遣いをしないように」
「わかった」
「それと、また近々クィレル教授が君の家に行くことになっている。クィレル教授はあんなのだが、昔はホグワーツでマグル学を教えていたくらいマグルの生活について詳しい。安心して頼りなさい」
 私はずっしりと重い革袋をポーチにしまって、お礼を言った。ベクトルに促され、曲がりくねった道を通ってダイアゴン横丁へ到着した。
「信じられない」私は思わずそう言った。
「店が全部ぐにゃぐにゃしてるなんて!」
「崩れてきそうで怖いわよね」ハーマイオニーとその家族が道の向かい側に立っていた。
「一緒に回りましょうよ! だってあなたはホグワーツでの初めての友達だもの、良いわよね?」
 私には断る理由がなかった。
「このリストの中では杖が一番軽いから、杖を先に買うべきだわ」
ハーマイオニーの言葉に杖屋を探した。先ほどの漏れ鍋よりも小さくてみすぼらしく、私とハーマイオニーは一度顔を見合わせた後に扉を開いた。中に足を踏み入れると途端にシュー! という激しい音がして、奥にある古ぼけた棚が揺れた。
「きゃっ」私は悲鳴を上げた。
「大丈夫よ、きっと誰か居るはずだわ。すみません!」
 すると老人が慌てたように奥の陰から出てきた。
「おお、おお! なんということだ!」
彼はそう言うと素早く先ほど音の出たあたりへと向かった。音はもうやんでいた。彼は箱を一つ手に取ってこちらへとやってきた。
「ああ、すみませんね。どうぞこちらに」しわがれた声だ。
「ホグワーツの新入生さんかな?」
「そうです」ハーマイオニーが答えた。
「私はここの店主のオリバンダーと申します。さて、ブドウの木が反応したのはどちらのお嬢さんですかな」
二人を交互に見た後、老人はハーマイオニーを手招きした。
「お名前は?」
「ハーマイオニー・グレンジャーです」
「ブドウの木、10と4分の3インチ。適度にしなる」
 彼女が杖を持った瞬間、赤色の光が先から溢れた。
「振ってみてください」にこやかに老人は言った。
 ハーマイオニーが杖を大きく振ると、杖の先から小さな火花が出て部屋の四方八方に散らばった。
「素晴らしい! あなたはブドウの木とすこぶる相性が良い。古きを重んじながらも、常に新しい目標を追求する……良い魔女になれること間違いなし」
 興奮した調子で言葉を発すると、彼は私を見た。
「それでは次のお方」オリバンダーは私を観察するように眺めた。
「目は黒、手を広げて……。杖腕は右ですかな?」
「え?」
「杖を持つ手です」
「右」
彼はポケットから出した巻き尺で私の様々なところの寸法を測った。そのうちに巻き尺は彼の手を離れて、それ自身で仕事を始めた。私は驚いたが、されるがままに立っていた。オリバンダーは棚からいくつかの箱をもって現れ、そのうちの一つを私に差し出した。
「ハンノキとユニコーンの毛、11と2分の1インチ。驚くほどよくしなる」
 私がそれを持った瞬間「いかん」と取り上げられた。
「一角獣の尾、11インチ。あまりしならない」
 振ってみたが、特に何も起こらなった。
「くるみではどうかな? ドラゴンの琴線、12インチで良質、振りごたえ抜群」
 これも同様、何も起こらなかった。
「つぎはこれを。黒檀、不死鳥の尾羽。9インチ、よくしなる」
 次々に試すが、ハーマイオニーの時のようなことはひとつも起こらない。試しすぎてそろそろ私の腕が疲れてきたところで、オリバンダーは少し沈黙した後「少しだけお待ちください」と奥の陰にひっこんだ。
「これを、試してみてください」
 そう言って差し出されたのは、繊細な彫りが施された杖だった。私がそれを手に取り、上から下に振ると先から白い光がほとばしり、部屋全体が大きく震えた。私は直感的にこれが自分の杖であることを認識した。
「なんてことだ」オリバンダーの小さな声が揺れの収まった部屋に響いた。
「これ、何でできてるの?」
「トウヒです。所有者に忠実で、大胆かつユニークな呪文が得意。9インチ、驚くほどよくしなる……」彼は困ったように続けた。
「ただこの杖は未完成品でして。少し、半刻ちょっと待っていただければお渡しできる。良いですかな?」
「じゃあ他のものを買い終わった後に来る」私は答えた。
「そうしていただけると有難いですな」
 私は店から出た後、ハーマイオニーたちに謝罪した。
「ごめんなさい、待たせてしまった」
「いいのよ、気にしないで。それにしても杖ってあんなに種類があるものなのね! 杖についても調べてみたくなっちゃった」
 ハーマイオニーは笑顔でそう言って、次の店へと向かった。
 道中には様々な店があり、そのどれもが私達には物珍しかった。
「メアリ見て! ふくろうだわ。「イーロップふくろう百貨店」ね」
 イーロップふくろう百貨店にはショーウィンドウの外にも、かごに入れられたふくろうが居た。おとなしいふくろうを見て私は自然と笑顔になった。
「あなたは何か動物を飼うの?」
私はハーマイオニーに聞いた。リストの『ふくろう、または猫、またはヒキガエルを持ってきてもよい』という部分を思い出したのだ。
「まさかヒキガエルは買わないだろうけど」
「家族で話し合って、取り敢えずはやめておくことにしたの。まずは勉強に集中しないと。だって私達って魔法について何もわからないのよ。知るべきことが他の子よりも多くあるわ」
 私はその言葉に納得して、自分自身もペットを飼わないことに決めた。
 その後制服をあしらえたり、大なべを買ったり(「鍋だからポタージュ(スープ)なんて、なんて面白くない洒落なの!」と、ハーマイオニーの言葉。どうやら店の名前がポタージュらしい)、順調にリストをそろえていった。
「じゃあ先に『フローリシュ・アンド・ブロッツ書店』に行くわね」
「一人で大丈夫かしら?」
 私はハーマイオニーの母親の問いかけに、笑顔でうなずいた。
 オリバンダーの店の扉を開けると、彼は茶色の紙に包まれた箱を渡してくれた。
「お待たせいたしました。先ほども言いましたがこの杖はトウヒでできておりましてな、トウヒの杖を扱うには特別な巧みさが必要じゃ。おおらかな性質を好み、不器用な者を嫌う。あなた様はこの杖に選ばれたのです。しっかりお使いください」
 私がしっかり頷くのを嬉しそうに彼は見ていた。
「お名前は」オリバンダーが私に問うた。
「メアリ・アーデン」
「アーデン様、一つお頼みしたいことがあります」
 オリバンダーは先ほどとは打って変わって、真剣な表情で言葉をつづけた。
「頼みと申しますのは、来年も教科書を買いに来るついでに、ここに寄ってほしいということです。ああいえ、その杖が悪いとか不安とかではなく、私の方で少し確かめたいことがありまして」
 私は疑問も抱かずに「わかった。来る」と答えた。
 オリバンダーの店を出て、書店を探した。
 そこにはたくさんの書物を抱えたハーマイオニーとその両親が居た。
「ねぇハーマイオニー、こんなに分厚い本を買ったの?」
「『ホグワーツの歴史』よ。まずは歴史を知らなきゃ。そのほかにもいろいろ買ったの」
 目を輝かせる彼女からは、本当に入学が楽しみなことが伝わってきた。
「私も買ってくる」
「ここで待ってるわ」ハーマイオニーはそう言うとまた本棚へと目を移した。
「まぁ、『魔法の杖大全―材質・芯材・長さからみる杖の性格―』!」
 私はリストを店員に見せて、書店での買い物を終えた。もうかなり日が傾いたダイアゴン横丁をハーマイオニーと歩く。
「新学期が楽しみね! ホグワーツ特急に乗る日も一緒に行きましょうよ」
「もちろん」
私はこれまで話してきた中で、彼女がかなり勉強的な意味で賢いことに気づいていた。そして、この私の読めないことが生きていくうえで物凄く不便だということも改めて実感した。私は悩んだ結果、このホグワーツで初めての友達に助けを求めることに決めた。
「ねぇハーマイオニー、ひとつ相談があるんだけど……」私は少しだけ声を潜めて話した。
「私、実は字が読めないの。良かったら教えてくれない?」
 ハーマイオニーはとても驚いたようで、道の真ん中で立ち止まってしまった。私が促すと彼女は再び歩き出した。
「それどういうこと? だって義務教育で文字を習うはずよ。7歳から11歳の子供は全員小学校で教育を受けるって法律で決まっているわ」
「話すと長くなるんだけど……とりあえず、私は小学校には行っていないし、文字もわからない」私は目線を石畳におとした。
「助けてくれない?」
 彼女はかなり長い間沈黙した後、結審したかのように顔を上げた。
「わかったわ。私が手伝ってあげる」ハーマイオニーは羊皮紙の端にボールペンで住所と電話番号を書いた。
「近いうちに連絡してちょうだい」
「ありがとう」私はそれを受け取って、大切にポーチにしまった。
 ハーマイオニーとはロンドン駅で別れ、私はジュエルボックスへの道を大荷物と共に歩いた。

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