2 深い帽子をかぶった男

1−2 深い帽子をかぶった男
 
 私の生活の半分以上は、このジュエルボックスの中で完結する。使われた食器を洗い、1階の机や椅子を雑巾掛けして、細々としたこと(たとえば花瓶の花を何にするか考えたり、店内をちょっとだけ飾り付けたり、私だけがもつ特別な力を使ってみたり)をしていると、いつの間にか一日が過ぎてしまう。
 外に出るときは買い出しの時か、やることが無くなって暇になった時だけだ。暇になればそこらに居る同い年くらいの子供たちと様々な遊びをして時間をつぶすのだ。
 今日はかなり早く仕事が終わりそうで、きっと遊べるだろうと上機嫌で一階の清掃をしていた私はドアがノックされる音に気付いた。ドアを開けると、だらだらと長い珍妙な服と深い帽子を身にまとった男性が立っていた。
「ご、ご、御機嫌よう。ご、ご在宅かな? そ、その、メアリ・アーデンという人なんだが」
「私」私は少し警戒しながら答えた。
「そ、そ、そうか。わ、私はクィレルという者で、ホグワーツ、ま、魔法魔術学校で教師をしている」
クィレルと名乗ったその男は、終始おどおどとした口調だった。彼は私の頭の上から中の様子をうかがおうとしているらしかった。
「ご、ご、ご両親は?」
「みんなまだ寝てる」
 私がそう言うと、彼は帽子の下で困ったような顔をした。
「だ、大事な話があるから、起こしてきて、く、くれないか」
「わかった」
 私はそう言うと扉を閉め、ソフィアを呼びに2階へと上がった。まだ眠そうな瞼で彼女が扉を開けると、クィレルが居心地悪そうに立っていた。
「あぁごめんなさいね、こんなところで待たせて。メアリ、次からお客さんは中で座っててもらうようにして。さ、どうぞ」
 私達は円形のテーブルに座った。
「それで、ご用件は?」
「は、はい。あのメアリさんのこ、ことなんですけれど……」
 その男がたどたどしい言葉で説明するには、私だけが持つこの不思議な力は魔法と呼ばれて、他にこれを使える人がたくさん居るという。
「魔法!」
 その甘美な響きに、私は思わず叫んだ。
「本当? 私、魔法が使えるの?」
「き、きちんと学べば、もちろんき、きちんと使えるようになる」
魔法はホグワーツ魔法魔術学校という学校で学ぶことができるという。そして学費が無料であり、必要なものをそろえるお金に関しても奨学金制度があり、私の場合はほぼ全額を免除してもらえることを教えてもらった。
一連の出来事に喜んでたのは私よりもソフィアだった。
「この子が教育を受けれるなんて夢みたい!」
「も、も、もちろん入学しないという、せ、選択肢もあります」
「メアリ、これは絶対に入学したほうが良い。将来、必ず役に立つ時が来るから」彼女は言い聞かせるように言った。
 クィレルそれを聞くとは自分の鞄の中から黄色がかった封筒を取り出し、いくつかの紙をテーブルの上に広げた。
「こ、こちらはにゅ、入学許可証ですが、形式定なものなので、へ、へ、返事はこちらでしてお、おきます。それでこ、こ、こちらが入学に、ひ、必要なもののリストです。細々したことは、の、残りの書類に、か、か、書いてあります」
 するとソフィアがとたんに悲しそうな表情をした。
「じゃあ、みんなが来るまで待たないといけないわね」
 彼が怪訝な顔をする。
「先生、私もこの子も文字が読めないんですよ」ソフィアが静かに言う。
「私もこの子もいない子でねぇ」
「そ、そ、そ、それはどういった……」
「文字通り。この子は法律上存在していないのよ」
 彼はそれで何かを察したようで、左右に体を少し揺らした。
「わかりました。こ、こ、こちらの方で、な、なんとかしてみます。げ、原則としてま、魔法のことはマグル、い、い、いえ、魔法族ではないものにはは、話してほ、ほしくないのです」
 ソフィアは「ありがとう」と頭を下げた。
「なら今、重要なことだけでも先生が口頭で伝えてくれる?」
「も、も、もちろんです」
 クィレルは必要なことを簡潔に述べていった。どもりながらなのでかなり時間がかかったがどうにか私達は魔法学校のことを理解できた。
「最初に集まるのは、魔法族じゃない家庭から入学する子供たちが一緒に入学準備の品を買いに行くとき。そしてその時の持ち物は、このリストってこと、合ってる?」
 クィレルはにこやかに頷いた。
 彼が去ったあと、ソフィアは私に話しかけてきた。
「いい? メアリ。あなたには私みたいになってほしくないの」彼女は言った。
「私は弱くて無知だからあなたを救ってあげられなかった。あなたは、普通の子とは――きっと、普通じゃない人たちが集まる学校の中でも――違う立場にあるわ。だからとても苦しむことになる事になると思う。けど、今頑張ればこんなところで一生を過ごさずにすむのよ」
 私は黙ってうなずいた。最後に彼女はこう続けた。
「でも、あなたが耐えられないと感じたらいつでも帰ってきて。あなたの家はここ。私も仲間たちも、いつもあなたの味方だってこと、忘れないで」
 その夜、彼女の言葉が頭から離れることはなかった。

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