11 クリスマス

1−11 クリスマス

クィディッチの試合が終わってからは、いつもの日常に戻った。授業を受けて課題に追われて、気が付けばクリスマス休暇は目の前だった。
「メアリは残るのよね?」
 ある休日、コーディリアが昼食の席で私に聞いた。私はソーセージを食べながらうなずいた。
「残るの? クリスマスなのに?」ミリセントが驚いたように言った。
「そうよ。私ホームシックにならない性格なの」
 近くから鼻を鳴らす音が聞こえて、私はそちらをにらんだ。
「何よ」
「なんでもないさ」
 ドラコはそう言うと食事を再開した。私は彼がポッターをからかうのにクリスマス休暇を使うのを知っていたから、どうして私を疎ましく思うのかは容易に想像できた。
 クリスマスをどこで過ごすかについてはソフィアとも手紙で話し合った。クリスマスは人出不足で忙しくなる時期だし、私自身もホグワーツにいるほうがクリスマスを存分に楽しめるだろうから今年はホグワーツに残ることになった。一番良かったのは、双方がクリスマスの食事の心配をせずに済むことだった。
「手紙を書くわ」私はコーディリアに言った。
「もちろん私も。クリスマスプレゼントも添えてね」
 ひとしきり会話をしたところで、ハーマイオニーと会う約束のために私は席を立った。中庭に到着すると、彼女はもうそこに居た。
「お待たせ。こうやって話すのは久しぶりね。最近は忙しいんだったわよね」
「そう、調べものがたくさんあって」ハーマイオニーは濁すように言った。
 私たちはベンチに腰掛けて、手紙には書ききれないことを話した。
「そういえば、あなたは帰省するのよね。寂しくなるわ」
 雪の積もった校庭を見つめながら、私はハーマイオニーに言った。
「家族が心配しているの。正直、学校から離れたくないんだけど、初年度だし一度顔を見せることにしたわ」ハーマイオニーが言った。「あなたは残るのよね? 何かすることがあるの?」
「ホグワーツを探検しようと考えてるわ。まだ行ったことがない場所がたくさんあるから」
「素敵ね、何か楽しいところを見つけたら教えて頂戴!」
 するとハーマイオニーは突然なにかに気づいたように目を見開き、私の手を取った。
「一つだけ忠告させて。校長先生がおっしゃられた場所には絶対、絶対入っちゃ駄目。四階の――」
「廊下ね。無理して入るつもりはなかったけれど……」私は言った。「何か理由でもあるの?」
「決まってるわ。友達に校則を破ってほしくないからよ」
 ハーマイオニーがきっぱりと言い張るが、先ほどの言い方からその理由が嘘である可能性は高かった。
「……まぁいいわ。本当は行くつもりだったんだけど。あなたに言われちゃ敵わない」
 ハーマイオニーは絶対よ、と念を押した。
 遠くからハーマイオニーを呼ぶ声が聞こえた。ポッターとウィーズリーだ。
「じゃあ、また時間のある時に話しましょう。クリスマス休暇明けかしらね」
 私がそう切り上げると、ハーマイオニーは少し迷う素振りを見せた。そしてためらいがちに口を開いた。
「ねぇあなた、ニコラス・フラメルって名前を知ってる?」
 私の記憶が唐突に思い出された。それは夢の中で出てきた名前だった。
「ニコラス・フラメル? いいえ、聞いたことないわ」
 平静を装って答えると、ハーマイオニーがため息をついた。
「有名な人?」
「じゃないみたい。私達が呼んだどの本にも載っていなかったもの」
 100冊は読んだわ、という彼女の言葉を聞きながら、私は夢のことを考えていた。聞いたことがある……夢が未来予知だったり、近しい人からのメッセージを受信したり……もちろん、オカルトの類であり全く信じてはいなかった。けれど、魔法があるくらいなのだから夢だって変な能力を持ってもおかしくないかもしれない。
「あ、このことは誰にも言わないでね。極秘事項なの」ハーマイオニーが言った。
「わかった。言わないわ」
 ハーマイオニーが彼らの元に駆けていった。私は一人で地下へと降りていった。談話室へ戻る頃には先ほど思い出した夢のことなどすっかり忘れてしまっていた。

 私はクリスマスに帰省する友人たちを見送るために、入学ぶりに校門まで来ていた。雪が少しでも立ち止まると肩がうっすらと白くなるくらい降っていた。友人たちは各々の荷物を持ち、久しぶりに家族に会うことへの期待を隠しきれていなかった。
「じゃあね、メアリ。体に気を付けて!」
「またクリスマス明けに!」
別れの挨拶をしてくれる友人たちに、私は小さく手を振ってこたえた。私は彼女らが見えなくなるまで雪の中に立っていた。冷えた手先を温めるために談話室に入ると、人が少ないせいでいつもより室内が広く見えた。特に一年生はホグワーツでの最初の年ともあって、クリスマス休暇に残るスリザリンの新入生は私一人だった。

 クリスマス休暇に入って数日経ち、私は予定通りホグワーツの探検をするために寝室から早めに出た。地下室を十分に探索した後、ハッフルパフの談話室の前に来た。ハッフルパフ生が積んである樽を叩くところを何度か見ていたので、私も恐る恐るひとつ叩いてみたが何も起こらなかった。そのあとは1階を見て回ったが、入れない場所も当然あった。鍵開けの呪文は身に着けていたが、それだけでは開かない扉があったのだ。私はどうやったらその場所に行けるのか、寮生に聞こうと思った(彼らはいろいろな事を知っている。親がホグワーツ生だったことが多いからだ)。
次の日は2階を歩き回ることにした。2階には図書館や教室があり頻繁に訪れているとはいえ、まったく通ったことのない通路や見たことのない部屋(ほとんどは教室だ)がたくさんあった。一つの扉に手をかけると、そこには鍵がかかっていた。私は周りに誰もいないことを確認して杖を取り出した。
「アロホモーラ」
 呪文を唱えると扉は簡単に開いた。そこは教室のような薄暗い部屋だった。部屋の片側には机と椅子が置かれており、もう片方には大きな薄い物体が置かれていた。私はそれを覗き込んだ。
 それは見事な装飾の鏡だった。見るとそこには私の姿ではなく、髪が長い、魔法族が着るような服を着た大人の女性が映っていた。彼女はその手に小さな何かを大事そうに抱いていた。けれどそれは布にくるまれていてよくはわからなかった。
私が一番驚いたのは、私の姿ではないにも関わらず、彼女がまぎれもなく私であったことだ。鏡に映った私は、微笑みを浮かべながら涙を流していた。
「あなたはどうして笑っているの?」
 私は小さな声で聞いた。彼女は答えなかった。ただその微笑みを深めただけだった。
「どうして泣いているの?」
彼女は無言のまま手に抱いた何かを愛おし気に見つめた。目を細めてそれを見る彼女に、私は強く惹かれた。
「何を……持っているの?」
 先ほどよりも大きな声で聞くと、彼女はこちらを見てゆっくりと指さした。
「私?」
 その指先は私に向けられていた。私はとたんに怖くなって鏡から目線を外し、逃げるように教室をあとにした。
 自室に戻ってからも動悸は消えなかった。彼女になりたいと強く思う気持ちがどこからともなく無限に湧いてきた。どうしてそう思うのかは、自分でもわからなかった。教室の鍵を閉め忘れたのに気づいたが、あの教室に近づくことが怖かったのでそのままにしておいた。

 クリスマスの朝に目が覚めると、部屋にはプレゼントが積まれていた。私は誰もいない寝室で嬉しい悲鳴を上げ、布団をはねのけてプレゼントを開け始めた。
『メリークリスマス! 素敵な一日になりますように コーディリアより』
 最初に手に取ったのは親友からの包みで、品よく包まれた手作りのクッキーがメッセージカードと共に置かれていた。ダフネからはバニラの香りのボディークリーム、ミリセントはインクが出続ける羽ペンを送ってくれていた。大きな茶色の包みはジュエルボックスのみんなからの贈り物だった。リップクリーム、チョコレート、香水、綺麗な鎖、キャンディ。たくさんの細々したものが詰まっていて、私は嬉しくなって包みを抱きしめた。
うきうきして広間に行くと、7年生で監督生のジェマがテーブルについていた。朝食の時間までにまだ数十分あり、広間には何名かの早起きな生徒しか居なかった。
「メリークリスマス、メアリ」
「メリークリスマス、ジェマ」
 私は彼女の隣に座った。彼女は家族が旅行中なので学校に残っていたが、休暇中は会うことがなく、話をしたのは久しぶりだった。
「プレゼントはたくさんもらえた?」
私が頷くと、ジェマは笑みを深めた。
「そういえばあなたって何をして過ごしてるの?」ジェマが聞いた。「談話室にはいないでしょ」」
「図書館よ。たくさん本があるから読み切れなくて」
 これも嘘ではなかった。私は探検をしていないときは図書館で本を読んでいた。
「全部読むなんて、卒業までかかっても無理だよ」ジェマは笑った。「その様子じゃ学校生活はうまくいってるみたいね」
「今はね」私は悪戯っぽく微笑んだ。
「あなたのこと心配だったんだよ。ものすごく……ほら、問題を抱えていたから」
 ジェマは監督性らしく世話焼きな性格で、一年生にも大きく関わっていた。彼女は私の立ち位置についても早々に気づき色々なアドバイスをしてくれていた。マグル生まれだと知れてからは上級生からも歓迎されていない態度を取られることが多かったので、発言力のある彼女が私を気にかけてくれることは喜ばしかった。上級生の態度が緩和したのは彼女の働きによるものだと、他の寮生も言っていた。
「あなたのおかげよ。ありがとう」
 彼女によるとスリザリンにマグル生まれが入るのは本当に珍しく、彼女自身も見たことがないらしい。これでもマシになった方で、昔は半純血ですら差別の対象であったことを彼女から教えてもらい、私はスリザリンの徹底した純血主義に舌を振った。
私は先日開けられなかったいくつかの扉の開け方を彼女から教えてもらい、朝食までの時間をつぶした。
朝食の時間になるとそこには信じられないほどのご馳走が現れた。絵の中でしか見たことがない、豪華なクリスマスの風景が机に広がっていた。ジェマは七面鳥を綺麗に切り分け始め、私もそれに倣って料理を自分の皿に取り分けた。
机には次々と生徒が集まり、クラッカーを鳴らしてクリスマスをお祝いした。食事が終わった後は寮の全員で談話室へ戻り、楽しいおしゃべりの時間を過ごした。
 今日は人生で一番のクリスマスだ――私はその日、ベッドに入ってもなかなか寝付けなかった。興奮が落ち着いた頃、ふと鏡のことを思い出した。鏡に映っていたものは何だったのだろうか。私とその手に抱かれる何かを思い浮かべる。私は自分がその何かを手にすることを想像した。想像の中で、私は完璧であった。


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