9 スリザリン

1−9 スリザリン

コーディリアと話しながら妖精の魔法の教室から出ると、ドアの近くで誰かとぶつかってしまった。彼は謝りかけたが、相手が私だと知ると顔をしかめた。
「近寄るなよ、脳みそが腐ってるんじゃないのか?」
「あなたが!」
私は言い返そうとしたが、思い直した。
「まあ、今回は前を見ていなかった私も悪いかもね。失礼を致しました」
 彼が鼻を鳴らした。次の授業も一緒なので自然とスリザリン生はまとまって歩き出した。
「そういえばあなた、ハリー・ポッターの決闘から逃げたそうね。意気地なし」
 私は思いついてからかった。ハーマイオニーからの手紙から色々な話が手に入っているのだ。ドラコはどうして知っているんだという顔をしてから、憮然とした顔で歩く速度をはやめた。
「あれは冗談を向こうが勝手に真に受けただけだ」
「どうだか。負けるのが怖かったんでしょう」
 くすくすと笑ってやると、ビリセントがこちらをにらんできたので睨み返した。
「ちょっとメアリ、いい加減にしてよ」
 コーディリアが小さく言った。
「いい加減は向こうが学ぶべきね」私は言った。
「そういえば決闘ってどうやってするの?」
 コーディリアにそう聞くと、なぜか前を歩いていたドラコが答えた。
「はっ! 穢れた血は知る必要のないことさ」
「あんたに聞いてないわよ」
 教科書で殴りつけてやろうかと構えつつ、そろそろ頃合いかもしれないと考えた。生徒同士のいさかいがどの程度許容されるのかも把握できたし、教師たちの目につかなさそうな場所の見当もついた。私は微笑んだ。
「わかったわ、私と戦いたいのね?」
 私は周りの生徒にも聞こえるように大きな声で言った。
「はあ?」
ドラコが呆れたように言った。私はさらに大きな声でつづけた。
「いいわよ、受けて立ってあげる。それともまたポッターの時みたいに逃げる?」
「決闘?」
 後ろからパンジーの甲高い声が聞こえた。ミリセントやダフネも一緒だった。
「あなたとドラコが? そんなのドラコが勝つに決まってるじゃない!」
 ドラコは顔をしかめた。別にお前とやり合いたいわけじゃないけど、と小さくつぶやいてから、こちらを見てきた。
「望むところだ。二度と大きな口が叩けないようにしてやる」
「そうよ、一回ぎゃぶんと言わせないと!」
 パンジーがそう言うと、ドラコはまんざらでもなさそうだった。
「なら決まりね。できるだけ早い方が良いわよね――明日の放課後なんてどう? みんなも見に来てくれるわよね! 彼と私との対決!」
 ドラコは自信満々なのか、観客の有無は関係ないとでも思っているのか、平然とした表情だった。

 私はその日の授業が終わると、コーディリアの腕を引っ張って図書館へと駆けた。
「ディリー、付き合って」
「どこに行くの?」
「図書館よ、決闘について調べるの」
 コーディリアが納得したようにああ、と言った。
「わかった。くれぐれも無茶はしないでね」
「無茶するに決まってるでしょう。とにかく、なんでもいいからルールの抜け目を探すの」
「呪文の練習をすべきじゃない?」
「ほんとあなたってお人よしね!」私は叫んだ。
「まさかそれ本気で言ってないでしょうね。私はこの決闘であいつをボコボコにしないといけないのよ、じゃなきゃ私がやられる」
「だから呪文を――」
「まず」私は彼女の言葉を遮った。
「私は彼より呪文の扱いがうまいわ、授業で見る限りだけど。だから負けるわけがない」
 コーディリアはうなずいた。
「次に、この喧嘩は彼に徹底的に『私がお前より上だ』ってことを実感させないと意味ないの。家柄や血がどうこう言える余裕がなくなるくらいにね」
「喧嘩って言っちゃってるじゃない……」
 コーディリアが呆れた声を出した。
「とにかく叩きのめした方が勝ち、同じようなものじゃないの」
「あなたって、本当に良い性格してるわ」
「でもワクワクするでしょう?」
 私が言うと、彼女はバツが悪そうに笑った。「そのとおりね」、彼女も口ではこういうが、こういった楽しい物事が大好きだった。でなければ私のそばに居続けたりなんかしないだろう。
 コーディリアは図書館に着くと足早に本棚に向かった。
「まずはルールの確認と使う呪文を決めなくちゃ、まさか最初っから棒でひっぱたくわけにもいかないでしょう?」
「もちろんしないわ! まずは呪文で吹っ飛ばす。私に扱える範囲でできるだけ強力なものを選びましょう」
 私達は夜まで計画について話し合った。

 人気の少ない校庭近くの芝生に、彼とその取り巻きはもうすでに到着していた。もちろんそこは私が指定した場所だった。先生が通りがかることが少なく、ちょうど大きな柱の陰になっていて校舎からも見にくい。時刻になるとスリザリン生が何人か観戦に来た。
「まずはお辞儀だ」
 ドラコがにやにやと笑いながら言った。私達はお互い目を離さないままお辞儀をした。私はその動作がバカバカしくて笑えてきた。そして同時に杖を上げ――。
「フリペンド!」
 私が大声で叫ぶと、ばぁんと衝撃音がしてドラコが吹き飛ばされた。昨日の練習通りに呪文が成功して私は内心安心した。すぐさま私は尻もちをついている彼のもとに駆け寄り、ローブに隠してあった小さなナイフを横向きにして顔のすぐ目の前に突き付けた。喉がひゅっと鳴って、とにかく刃物から離れようと彼は地面へと倒れこんだ。
「ご存知かしら? 人間は、首を切ったら、死ぬ」
 私が容赦なくナイフを近づけながらゆっくりと言うと彼は目を見開いた。彼は驚きで口をパクパクさせていた。
「皆、固まってないで彼を助けてあげたらどう?」
 私はドラコから目を離さないまま周りの観客に向かって叫んだ。
「これは決闘なのに! 卑怯よ!」
 見学に来ていたパンジーが高い声で叫んだ。
「卑怯? 確かにナイフは持ち込んだけど、当ててもいないし体に触れてもいないわ」私はせせら笑った。
 私はナイフを「見せた」だけで、「使って」はいない。
「それにもし、あなたの言う『卑怯でない決闘』でも勝てていた。私の呪文はこいつに直撃したもの。見ていたでしょう? 私、あなたが何を唱えたかすらわからなかったわ、威力が弱すぎて!」
 私はナイフを振り上げて、ドラコの顔のすぐそばの地面に突き立てた。
「よく覚えておくことね。これが私の戦い方よ」
 私は、ジュエルボックスに居た時のことを思い出していた。

 記憶の中で私は、馬乗りになって体格の良い男子を殴り続けていた。
「わかった! わかったからやめろ!」
 彼はジュエルボックスのある地域の不良集団のリーダーだ。私に目を付け、嫌がらせをしてきた張本人で力も年齢も私より上だったが、細い裏路地ではそれをひっくり返せる手段なんていくらでもあった。私は自分のこぶしが硬くなるようにサックのようなものを身につけていたし、特別な力――今では魔法とわかったが――で相手の気を引いて一人にさせ、不意打ちを食らわせた。そのあと仕掛けておいた様々なトラップに引っかかって転んだところを上から乗っかった次第だ。
「何が、何がわかった? 答えろ」私は低い声で言った。
「もう二度とお前には悪い事しない、約束する」
「私の言うことに従う?」
「もちろんだ」彼は大きな声で叫んだ。
「オーケー、約束を破る時は相応の覚悟を決めてね」
 私は、そのグループで一番上の立場を手に入れた。私が知恵を貸すことによって、彼らの可愛い悪事はより高度なものとなり、彼らも満足していたようだった。私が言えば大抵のものが手に入ったし、だから私は玩具や道具に困ることはなかった。ジュエルボックスの従業員には友達からもらったと言っていたから、私の部屋にどんどんとものが増えていくのを怪しむ者はいなかった。
それからも少なくない人数が私や仲間に喧嘩を吹っかけてきたが、時には自分で時には仲間を使って徹底的に潰した。メアリ・アーデンの名は子供たちの小さな世界の中では、有名すぎるほどに有名だった。

 この手に持っている小さなナイフもジョセフという男子から『献上された』もので、それを思い出すと私は自分に自信を持てた気がした。
「野蛮人め!」
 かすかに残っていた勇気を振り絞ってドラコが叫んだ。私は笑みを深めた。
「なら決闘なんてお上品なことやめて、もっと野蛮にする? 私のキックは効くわよ」
 私が体を立てて右足を上げると、ドラコは今にも泣きだしそうな表情になった。
「やめて!」コーディリアが叫んだ。
「もう十分よ、放してあげて!」
 私はコーディリアを少し見て、あっさりと彼を開放した。ドラコは半ば転げるように見物していたスリザリン生のほうへと帰っていった。
「他に私と戦いたい人は居る? 今度はナイフなしでやってあげるわ」
 場は静まり返っていた。立ち尽くす生徒達をしり目に私は談話室へと戻っていった。
 それからしばらくの間、私に突っかかってくる人は一年の中ではいなくなった。そのなかでも私は、もちろん前までと変わらず皆に話しかけていた。私がどうにか読みやすい文字を書けるようになったころには、私の出自を気にする人は表面上いなくなった。
「メアリ、置いていっちゃうわよ」ダフネが言った。
「ちょっと待ってよ、あと少しで写し終わるから」
「メアリって本当、ノート取るのだけは遅いわよね」
ミリセントの言葉に私は笑った。
「字を書くのはどうも苦手なのよ、これでもかなり上達したんだけど!」
 ハロウィンを迎えるころには、私は『普段通り』に過ごすことが出来ていた。ルームメイトとも再び仲良くなり、私はようやくスリザリンの一員として皆に認めてもらえたようだった。スリザリンではもしかして、君は真の友を得る。組み分け帽子の言葉を反芻する。――笑わせないで、仲間は自分で作り上げるもの。
 私は写し終わった羊皮紙をくるくると巻き、少し離れたところで待っている友人たちのところへと急いだ。

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