8 飛行訓練

1−8 飛行訓練

 コーディリアと共に校庭に行くと、そこには誰もおらず箒だけが並べられていた。しばらくすると他のスリザリン生がそろって現れて、私達が声をかけられていないことに気づいた。コーディリアを見ると、すこしだけ眉をひそめて校庭に続く坂道を見ていた。
しばらく雑談をしていると、ハーマイオニーが私達の方へとやってきた。その場にいた全員の意識がこちらを向いたのがわかった。ハーマイオニーは私の前に立つなり、緊張したように早口で話し始めた。
「ねぇ『クディッチ今昔』を読んだ? あの本には飛ぶための色々なコツが書いてあったの。もし聞きたければ――」
「ありがとうハーマイオニー、でもこれは実践あるのみだと思うの。とりあえずやってみて、駄目だったら頼ってもいい?」私は言った。
 私の言葉に、彼女は面食らったように目を見開いた。
「え、ええ。もちろんよ。本当のことを言うと私、まだ信じられないの。箒で空を飛ぶなんて、そんな魔女みたいな……」
「私達、魔女よ」
 私が笑って返すと、彼女は目をぎゅっと瞑った。
「わかってるわよ。けど――ああ、忘れるところだったわ」
 ハーマイオニーは私に4つに折りたたまれた小さな羊皮紙を手渡した。
「手紙の返事。また後で読んでね」
 手紙をポケットに入れると、ハーマイオニーはグリフィンドール寮生のところへと戻っていった。それからも視線を感じたままだったが、マダム・フーチが校庭に現れたことによって皆の意識は訓練へと向いた。
「何をグズグズしているの? みんな、箒のそばに立って。さあ、早く」
 生徒達はそれぞれ箒の横に立った。私は一番端にある箒を選んだ。ハーマイオニーにはああ言ったが、本当は私も自信がなかった。
「右手を箒の上に突き出して。そして言う、『上がれ!』」
「上がれ!」
 私もみんなと一緒に叫んだが、私の箒は沈黙したままだった。ちらりと周りを見ると、半分くらいの生徒が箒を手にすることが出来ていた。私はもう一度大きく叫んだが、箒は依然として動こうとしなかった。焦っている私に誰のものだか、くすくす笑いが聞こえてきた。
「あなた!」
 マダム・フーチがこちらに近づいてくる。今や箒を上げられていないのはグリフィンドールのロングボトムと私だけだった。
「上がれ!」
 ピクリともしない箒にしびれを切らして、私は思わず箒を浮かそうと浮遊呪文を小さくつぶやいた。浮遊呪文は自室ですでに試して成功していたし、その時私はあまりに焦っていて自分が杖を手にしていないことすら忘れていた。呪文を唱えると、驚いたことにふわふわと箒が私の手に向かって浮かび上がった。マダム・フーチは一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに元の厳しい顔つきに戻った。
「やればできる。大事なのは自信!」
 大きな声で励まされて、余計に頬が赤くなった。今度ははっきりとスリザリンからのはやし立てが聞こえた。私は自分が出来なかった恥ずかしさもあって、いつも以上に声の主のドラコをきつくにらんだ。私のすぐ後にロングボトムも箒を手の中に収めることに成功した。
 そのあと教わった通りに浮かせたままの箒にまたがったが、気を抜くと浮遊呪文が途切れてしまうので、私は常に集中していなければならなかった。
「さあ、私が笛を吹いたら、地面を強く蹴って」マダム・フーチが言った。
「箒をぐらつかせないまま、2メートルほど上昇して、それから少し前かがみの姿勢になって戻ってくる」
 私はいまだに箒を浮かせられなかったから、呪文で箒と私をまるまる浮かせてやろうと心の準備をした。
「3、2、……」先生がカウントダウンを始めた。
 すると突然ロングボトムが、待ちきれなかったのか一人だけで空中へと飛び出してしまった。
「こら、戻って!」
 先生は大声で叫んだが、彼には聞こえていないようだった。ロングボトムは箒と共にぐんぐんと上り、かなりの高さから箒と離れて地面へと落下した。生徒たちから悲鳴が上がった。
 マダム・フーチが真っ青な顔のネビルを立ち上がらせた。
「私がこの子を医務室に連れて行く間、誰も動かないように。箒にも触らない。さもないと、クィディッチの『ク』を言う前にホグワーツから出ていってもらうからね」
 二人が見えなくなると、ドラコが大きな声で笑った。
「見たかあいつの顔! 最高に間抜だったな」
 私は全く笑えなかった。一歩間違えば私があの状況になってしまうこともあり得たと思ってしまったからだ。
「私、どうして飛べないのかしら」私は言った。
「あら、さっきできてたじゃない。どういう意味?」
 コーディリアがそう聞いてきたが、私は口を噤んで考え込んだ。どうして? 他の呪文はちゃんとできているのに、どうして箒だけできなかったの? あのロングボトムでさえ自力で浮かせられたって言うのに、私は結局呪文に頼ってしまっていた。私は一番いやな考え――私は魔法の才能がないんじゃないか――を、強く目をつむることで頭から追い出した。
「ダメ! フーチ先生がおっしゃったじゃない、動かないようにって。私達皆が迷惑するのよ」
 ハーマイオニーの鋭い声が私の思考を破った。ドラコが何か丸いものを持って、先ほどネビルが落ちたよりも高い場所で箒にまたがって浮いていた。私はそれを見て、あいつも箒から落ちればいいのにと強く願った。呪いでもかけてやろうかとこっそり杖に手を伸ばしかけたが、ひとりのグリフィンドール生が空へと上がった。ハリー・ポッターだ。彼は勢いよくドラコのところまで上っていった。
「それをこっちに渡せ」ポッターは叫んだ。
「でないと箒から突き落とすぞ!」
 ポッターは対面するドラコめがけて飛び出し、それを危なげに躱した彼の箒がぐらつくのを見て私は胸がすいた。グリフィンドールからはポッターに大きな歓声が上がった。
「そうだ、ハリー・ポッター! そいつを叩き落とせ!」
 私も手を叩いて大声ではやし立ててやった。グリフィンドール生もスリザリン生もぎょっとした顔で私を見た。
「取れるものなら取って見ろよ、ほら!」
 ドラコがそう叫んで、玉を空中に放って地面へと戻ってきた。するとポッターが急降下してその玉を見事にキャッチした。それは一瞬で、私達はそのあまりのことに言葉を失った。
「ハリー・ポッター!」
 マクゴナガルが校庭に走ってくるのが見えた。
「まさか――こんなことホグワーツで一度も――」
 先生も同じように言葉が出ないようだった。
「――よくもまあ大それた――首の骨を折ったかもしれないのに――」
「先生、ハリーのせいじゃないんです」
「お黙りなさい、ミス・パチル」
「でもマルフォイが」
「もう結構、ミスター・ウィズリー。ポッター、ついてきなさい、さあ」
 ポッターが先生に連れられて校舎へと消えると、ドラコはビンセントとグレゴリーを引き連れて私の方へと近づいてきた。
「お前、ポッターを応援してただろ」
 ドラコは私をにらみつけた。私はその目を見据えながらにっこりと笑った。
「さぁ? 聞き間違いじゃないかしら、ねぇパンジー。さっき私、ちゃんとドラコに頑張れって言ってたわよね?」
 いきなり話を振られたパンジーが一瞬言葉に詰まっている間に私は言葉をつなげた。
「ほら、彼女もこう言ってる」
「ちょっと」パンジーが慌てて叫んだ。
「誰が言ったかなんてわからなくて当然よ。あーんな高いところにいたんだし、ポッターに突っかかられてよろけてたでしょう? 箒を扱うのに必死だったものね」
「……覚えてろよ」
「メアリ」
 なおも言い返そうとするとコーディリアが諫めるように私の名前を呼んだ。私達の口論をみんなが注目していた。私は肩をすくめてマダム・フーチの帰りを待った。

「親愛なるメアリへ

最初に一つだけ言わせてね。やっぱりあなた、もう少し字の練習が必要だと思うわ。まさかこの字で先生にレポートを出すわけにもいかないでしょう? 正直に言わせてもらうと、あなたの字、かなり読みにくいの。
本題に戻ります。
あなたがスリザリンに組分けされて本当にびっくりしたわ。だって、スリザリンってできれば魔法族だけを入れたいって、そういう寮だってホグワーツの歴史にも書いてあったでしょう? 問題なく生活できているって知って心から安心してる。また何かあればすぐに相談するように、いいわね?
 私は、そうね、授業は概ね順調。友達はまだだけど、でも、話せる人はできたと思う。あなたが同じ寮ならよかったのにってずっと思ってる。
 ごめんなさい、何を書いていいのかわからないわ。またお手紙ちょうだいね。

ハーマイオニー

 私はその短い手紙をもう一度折りたたむと、スリザリンに組み分けされたことがハーマイオニーにとってあまり重要でないことに少しほっとした。態度でわかってはいたが、こうして文章にされると改めて信じることが出来た。
「ハーマイオニーへ

 飛行訓練ときは驚かせてしまったかしら。私達どっちも、友達についての問題を抱えているみたいね。けど私は大丈夫、何とかして見せるわ。
 私もあなたと一緒の寮が良かったわ。そしたら何も問題なんてなかったのに。組み分け帽子に文句の一つも言ってやりたい気分。
 そういえばなんだけど、グリフィンドールの談話室ってどんなところなの? スリザリンとは違って塔にあるのよね。談話室から森が見えたりするの?
 あとごめんなさい。あの時は断っちゃったけど是非『クディッチ今昔』について聞きたいわ。今度の休日に会って話しましょうよ。

メアリ
 追伸:字はこれからたくさん練習するわ。おすすめの方法があったら教えて。

 幸いなことに明日に薬草学の授業があるので、私はそこで変身を渡すことにした。
 次の日、私が教室に入ると、先に席に座っていたドラコが私を見て「上がれ!」と悲痛な声で叫んだ。それが飛行訓練の時の私をからかっていることは明白だった。私は小さな声で悪態をついてやった。ドラコたちはぎょっとした顔をした。
「女がそんなこと言っていいのかよ」
 彼らだけでなくコーディリアも驚いた顔をしたので、彼女たちとの言語感覚の違いに気づいてすこしだけ後悔した。
「あら、私のこと女扱いしてくれるなんて、あなたって案外紳士なのね」
 微笑んでそう言い返すと、ドラコは口をゆがめて捨て台詞を吐いた。
「いつか絶対に叩きのめしてやる」
「できるならどうぞ。箒で私を追い掛け回す? 箒の所持が許可されなくて残念ね」
 コーディリアが私のローブを引っ張って彼らと遠い席につかせた。
「あなたったらいちいち言い返すのやめなさいよ。聞き流せばいいのに」
「聞き流してるわ」私は言った。
「あれで?」
コーディリアが信じられない、と肩を落とした。
 授業が終わると私は図書館に寄ってから談話室へと戻った。私の文字を読むスピードはまだまだ遅かったので、練習をしようと読書を日課にしているのだった。談話室には多くのスリザリン生が居て、私のことをちらちらと見てきた。私が居心地の悪い中、図書室ではなく談話室で本を読んでいたのは、寮生の、特にパンジーの動きを把握するためだった。
 数週間経ったある日、私が本を読んでいると談話室へ戻ってきたパンジーが「ああ、空気が悪いわ。誰のせいかしら」と聞えよがしに言ってきた。私は本を読んでいるふりをして無視した。これからパンジーは友達と話をして時間を過ごすはずだ。パンジーのルームメイトたちが当分戻らないのも確認済みだった。私は静かに本を閉じ、女子寮へ向かった。
「さて」
 私はパンジーの部屋に入ると、彼女の大きなトランクケースを開けた。それがあまり整頓されていないところを見ると、身なりに反して性格はすこしすぼらなところがあるようだ。――ベッドサイドは綺麗にしてあるのにね、見えないところは気を配らないってところかしら――。色々なところを開け、入っている物を手に取ってしげしげと見た。教科書、羊皮紙などの授業に必要なものはベッドの上に置いてあった。課題の進み具合やノートの取り方を確認し、念のためベッドの周りに何があるかも調べた。
 私は荷物を元通りに戻して、自室に戻った。しばらくすると、コーディリアが部屋に入ってきた。
「あら、ここにいたのね」
「今日はゆっくりしたい気分だったの」
 私は何食わぬ顔で本のページをめくった。コーディリアは何も疑わずに自らのベッドに座った。
「ねぇメアリ、さっきね」
 コーディリアはいつもと少し様子が違った。何か重要なことを言おうとしていることに私は気づいた。
「ドラコ達に脅されたの」
「何を?」私はページをめくった。
 コーディリアは少しためらってから、震えた声を出した。
「あんな奴と仲良くしてると、君まで頭がおかしくなるって」
「そう」
私は本を閉じて彼女をまっすぐに見つめた。
「で、私から離れる?」
 コーディリアが目線をそらそうとするので、私は立ち上がって彼女の前に立った。
「彼の言った通りかもしれないわよ。穢れた血は狂っているらしいから」
「そんなこと」
「私が」私は彼女の言葉にかぶせた。
「マグル生まれなことは紛れもない事実。あなたはどうするの?」
 コーディリアは部屋から出ようとしたが、私は彼女を逃がさなかった。
「答えて。どうしたい?」
「わからない」
 彼女は泣きだしてしまった。
「私、あなたに課題を手伝ってもらってるし、話してて楽しいし……でも、あなたはマグル出身なの。あなたが純血なら、いいえ、半純血でも、私こんなに悩まなかった」
「私はあなたのこと大切に思ってるわ、本当よ。だからあなたに悩んでほしくない」私はそれが真実に聞こえるようにゆっくりと言った。
「あなたがしたいようにすればいいの。私を見捨てても誰も文句を言いやしないわ」
「違うの、違うの。私は……」
 葛藤に苦しむ彼女の背中を撫でると、少し落ち着いてきたようだった。私は彼女をベッドに座らせ、車内販売で買ったキャンディを一つ手渡した。
「大丈夫、なんとかなるわ」
「なんとかって?」
 そのあまりにも詰まった鼻声に私は吹き出してしまった。
「なんとかはなんとかよ。私を信じて」
 彼女は不安げにキャンディをなめていた。

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