7 純血

1−7 純血

 朝、ルームメイトと共に大広間に向かうと、そこにはもう朝食が用意されていた。スリザリンのテーブルには昨日よりは少ないものの人が座っていて、私達も開いている真ん中の方の席に座った。
「最初の授業は変身術だっけ?」
「ええ、あのマクゴナガル先生が教えるらしいわね、」
 私は変身術の授業が楽しみだと言っていたハーマイオニーのことを思い出して、少し寂しくなった。
「迷うかもしれないから、早めに行きましょう」
「そうね」
 私達は急いで朝ご飯を食べて、変身術の教室へと向かった。
 変身術はたくさん書かなければいけないことがあって、私にとってはとても大変だった。皆からだいぶんと遅れてノートを書き終わり、私はようやく杖を取った。一度目は何も起こらなかったが、2回目の呪文でマッチ棒は銀色に光る針へと変化した。
「最初の授業で変化させるのはなかなかに難しい事です。大変よくできました」
 マクゴナガルは私が変化させた針をクラス中に見せた。
「すごいじゃない、メアリ。あなたって本当にセンスがあるのね」
 コーディリアの言葉に私は思わず頬を緩めた。
 次の授業は魔法史だった。ミリセントがさっそく居眠りしているのを見て、コーディリアと目配せして笑いあった。
 それから昼食を食べて、次の授業への教室に向かった。その途中でピーブズ――ホグワーツに住み着いているポルターガイストで、みんなが手を焼いているらしい――からいたずらを仕掛けられ、ダフネと私が転んでしまった。ホグワーツでは教室に向かうだけでも慣れないと問題ごとが起こる。
 授業が終わった後も、4人で色々なことを話した。ホグワーツの中には開かずの部屋があるだとか、ピーブズが現れたときの対処法だとか、動く階段の法則性だとか、変身術の宿題が多すぎるだとか、話題には事欠かなかった。
 時は飛ぶように過ぎ去っていった。
「次は闇の魔術に対する防衛術?」
「ええ、早く行きましょう」
 私は教室のドアを開くと、紫色のターバンを巻いたクィレルに走って近づいた。
「クィレル先生!」
「あ、あ、あなたはアーデンさんで、ですね。」
「先生、本当にありがとうございます。私、ホグワーツに入学出来て幸せです!」
 また何かあればすぐに相談を、と言うクィレルは相変わらずどもった口調だった。
「先生と知り合いなの?」
私が席に着くと、コーディリアが不思議そうに聞いてきた。
「ええ、色々お世話になったのよ」
 私が笑顔で答えると、3人はそれ以上聞いてこなかった。
 金曜日の午前中はグリフィンドールとの合同授業があって、私は浮足立っていた。ハーマイオニーとはこの一週間会っていなかった。
「メアリったらどうしたのよ、そんなににやけて」ダフネが言った。
「グリフィンドールに友達がいるの」
「グリフィンドールに?」ミリセントが驚いたように言った。
「悪い事は言わないわ。グリフィンドール生とは関わらない方が良い」
「あら、どうして?」
 ダフネの言葉に、私は何気なさそうに返した。けれど彼女のいうことは大体予想がついていた。
「だってあいつらって……」
 ダフネが頭の周りで手振りをすると、ミリセントとコーディリアがくすくすと笑った。
「馬鹿なくせに目立ちたがり屋で、主人公気取り?」
 ミリセントが付け加えた。
「彼女がそうじゃないことを心から祈ってるわ」私は言った。
 魔法薬学の教室はスリザリン寮の近くなので、私は一度自室に戻ることにした。そして、教科書と用意していたハーマイオニーへの手紙を持って、地下牢へと向かった。
 地下牢にはもうかなりの数の生徒が集まっていた。
「こっちよ」
 コーディリアが手招きしてくれる。私は鞄を、取っておいてくれた席において、グリフィンドールが集まっている方の席へと向かった。
「ハーマイオニー!」
「ああ、メアリ! 元気だった? 心配してたのよ、あなたがスリザリンに組み分けされちゃうなんて……」
「大丈夫よ。ちゃんと友達も出来たし、あなたのお陰で勉強も順調」
 予想通りグリフィンドール生からの刺すような視線を感じたので、私は早々に立ち去ることにした。
「あなたが希望通りグリフィンドールに入れて良かったわ。それと、あなたに」
 私が手紙を渡すと、彼女は嬉しそうに受け取った。
「ありがとう。また返事書くわね」
 教室の扉が開いて、スネイプが入ってきた。
「名前を呼ばれたら返事をするように」
 そう言ってスネイプは出席を取り始めた。名前を順番に呼んでいた彼は、一瞬沈黙したかと思うとハリー・ポッターの名を呼んだ。
「ハリー・ポッター。我らが新しい――スターだな」
 スネイプが意味ありげにそう言うと、スリザリン生から冷やかし笑いが起きた。
「ハリー・ポッターって、すっごくいけ好かない奴なんですって。ドラコが言ってた」
 ミリセントが私に囁いた。私は肩をすくめた。
「この授業では、魔法薬調剤の繊細な科学と厳密な芸術を学ぶ」
 そのあとスネイプは、呟くように魔法薬学について語った。その声は小さかったが、静まった地下牢に響き渡るには十分だった。
「ポッター!」
 突然スネイプが叫んだ。
「アスフォデルの球根の粉末に、ニガヨモギを煎じたものを加えると何になるか」
 私がハリー・ポッターの方を見ると、彼は戸惑った表情をしているのが見えた。それと同時にハーマイオニーが高く手を挙げているのに気づいた。
「わかりません」
 ハリー・ポッターがそう答えるとスネイプがにやりと笑い、たしなめるように舌打ちをした。
「有名なだけではどうにもならんらしい」
 スリザリンから再び忍び笑いが起こった。
「もうひとつ聞こう、ポッター。ベゾアール石を見つけるように言われたらいったいどこを探せばいいかね?」
 ハーマイオニーがより高く手を上げた。
「見てあの子!」
「流石グリフィンドールだ、当てられてもないのに」
 スリザリン生から彼女への冷やかしの囁き声が聞こえた。
「わかりません」
「授業を受ける前に教科書を開いてみようとは思わなかったわけだな、ポッター、え?」
 私もハーマイオニーと同じく答えをわかってはいたが、黙ったまま席に大人しく座っていた。
「モンクスフードとウルススベーンは、ポッター、何が違う?」
 ハーマイオニーがついに椅子から立ち上がった。スリザリンから更にくすくす笑いが漏れた。
「わかりません。ハーマイオニーがわかってると思うので、彼女に質問してみてはどうでしょう」
 ハリー・ポッターがそう言うと、スネイプは露骨に不機嫌になった。
「座りなさい」
 スネイプがハーマイオニーに注意した。それを聞いてダフネがこらえきれないとばかりに噴出し、それにつられてまたスリザリンから笑い声が聞こえた。
「教えてやろう、ポッター。アスフォデルとニガヨモギを合わせると、眠り薬となる。その強力さは『生ける屍の水薬』の名で知られている。ベゾアール石は山羊の胃から取り出される石で、たいていの薬に対する解毒剤となる。モンクスフードとウルフスベーンは同じ植物のことで、別名はトリカブトだ。どうだ? 諸君、なぜ今言ったことを全てノートに書きとらんのだ?」
 私達はあわてて羽ペンと羊皮紙を取り出した。
「ポッターの無礼な態度で、グリフィンドールから1点減点」
 私はコーディリアと組んで、作業をすることになった。蛇の牙を砕くのが思いのほか面倒で、適当にすりこぎを動かしていると、スネイプに目ざとくとがめられた。
「アーデン、もう少し丁寧に作業をしろ」
「はい、先生」
 そのあともスネイプは教室中を見て回っていた。
「諸君、マルフォイが完璧に角なめくじをゆでた。是非見て参考にすると良い」
 スネイプがそう言った時、大きな音と緑色の煙が地下牢に広がった。グリフィンドール生の一人が薬をこぼしてしまったらしく、床に液体が広がっていた。私達は椅子や机の上に避難した。
「馬鹿者!」
 スネイプが杖の一振りでこぼれた薬を取り除いた。薬をかぶり、大きなおできをつくってしまったグリフィンドール生がしくしくと泣いているのが見えた。よく見ると、彼はホグワーツ特急で一緒だったネビルだった。その後、彼は医務室へと連れられて行った。するとスネイプは突然、ハリー・ポッターに言いがかりをつけた。
「お前――ポッター、針を入れてはいけないことを何故言わなかった? あいつが間違えれば自分が良く見えると、そう考えたな? グリフィンドールから更に1点減点」
 その理不尽な減点に、私は思わず笑ってしまった。ハリー・ポッターはどうやらスネイプから嫌われているようだった。
 無事に出来上がった魔法薬を先生に提出し、コーディリアと私は昼食を食べに大広間へと向かった。席はかなり空いており、私達は出口に近い席に座って自らの皿に料理を盛りつけた。
「一緒にいい?」
 同じ寮のパンジー・パーキンソンだ。同学年の寮の生徒の名前は初日に全員覚えていた。
「あなた、凄く頭がいいじゃない? お話してみたいなって思ってたの」
 パンジーは露骨に私への興味を示した。私は授業でことごとく呪文が成功するし、当てられれば正しい答えをすらすらいうものだから、すっかり目立ってしまっているのだ。
「偶然が重なっただけよ。まぐれだわ」
私達が話していると、ドラコ・マルフォイとビンセント・クラッブ、グレゴリー・ゴイルが後ろを通りがかり、パンジーが誘うと一緒に席に着いた。
「話すの初めてだよな。僕はマルフォイだ。ドラコ・マルフォイ」
「よろしくドラコ、メアリ・アーデンよ。あなた魔法薬学が得意なのね、さっき先生に褒められてたのあなただけだったでしょう?」
「それほどでもないさ」
 そのとき茶色のふくろうが袋を抱えて私達のところへと飛んできた。
「僕のワシミミズクだ!」ドラコの手の中にふくろうが袋を落とした。
「ほとんど毎日送られてくるんだ」
彼は包みの中に入っているたくさんのお菓子を見せてきた。
「あなたの家族ってとっても優しいのね」
 私の言葉に、ドラコは嬉しそうにそのお菓子を分けてくれた。
 ビンセントとグレゴリーとも順に握手をして、私達はまた話を始めた。さっきのグリフィンドール生――ネビル・ロングボトム――の失態がいかに面白かったのかの話は大いに盛り上がった。話を合わせるために、私が彼と列車で一緒だったことは黙っておいた。
「それにあのポッターだ」ドラコが言った。
「一気に2点も減点されるなんて、何て馬鹿なんだ!」
「スリザリンの寮対抗杯に貢献してくれているのよ」私は言った。
「私達、彼に感謝しなくちゃね」
 午後は授業が入っていないので、私達は食事が消えてからも話を続けた。
 パンジーはやはり私が気になるらしく、とうとうこんな質問をしてきた。
「でも私、アーデンって聞いたことが無いわ。あなたって純血じゃないわよね、半純血?」
 私は身構えた。今まで意図的にその話を避けていたのだが、ここまで直接的に聞かれると隠し通せなさそうだった。それに、『聞いたことが無い』という彼女の言葉からして、知識のないままに嘘をつくのもはばかられた。
「私マグル生まれなの」
「笑えない冗談はよしてよ」パンジーが言った。
「冗談なんて言ってないわ」
 私が嘘を言っていないことに気づくと、彼女は目を見開いた。
「そんな、スリザリンに穢れた血がはいるなんて!」
「穢れた血?」
 私はその初めて聞いた単語を繰り返した。意味は分からなかったが、それが私を貶める言葉であることは察しがついた。
「そんなこと言うもんじゃないわ!」コーディリアが叫んだ。
「でも、だって彼女が!」
 パンジーは私を指さして大声で言った。大広間に残っていた何人かがこちらを振り返って、事の次第を見ていた。
「嘘をついていたのね! マグル生まれなんかはスリザリンに居ちゃいけないわ」
「私は嘘をついてはいないし、文句は組み分け帽子に言ったらどう?」
 私は広げていた『魔法の薬草ときのこ千種』を勢いよく閉じた。
「あなた、よくそんな子と仲良くできるわね」
 パンジーはコーディリアに向かって言った。コーディリアは戸惑った顔で黙っていた。同意が得られないとわかると、その矛先はドラコ達へと向かった。
「ドラコもそう思うでしょう?」
 ドラコは明らかにこちらを忌々しく思っているようだった。
「下等な人間と一緒にいるとこっちまでそうだと思われる」
 ビンセントとグレゴリーはドラコに賛同してうんうんと頷いている。
「あなた達こそ態度をころころ変えるのやめたら?」
 私は冷ややかに言った。私がマグル生まれだと知られるとこうなることは十分予想済みだったし、特に思うところもなかった。
「ねぇ違うところに行きましょう」
 パンジーがドラコに囁いた。声は抑えてあるが、私に聞こえるように言っていることはバレバレだった。
「その必要はないわ、私がいなくなればいいんでしょう? 図書館にでも行くことにする」
 私は荷物をまとめて、席を立った。早足で扉へと向かう。
「待って、私も行く」
 コーディリアの声が聞こえたが、私は速度を落とすことなく大広間を出た。
 人の少ない中庭に来て、ようやく私は足を止めた。コーディリアが息を切らせながら追いついた。
「気にしないでね、彼女もそこまで悪気があったわけじゃないと思うし」コーディリアが言った。
「穢れた血って何? どういう意味の言葉なの?」
 私の質問に彼女は眉をひそめた。
「いいのよ、説明してくれた方がすっきりするわ」
「マグル生まれのへの最上級の侮辱よ。純血が一滴も流れていないから……」
「あなたは純血?」
 彼女は少しためらってから頷いた。
「なのにどうしてパンジーみたいに私を追い出そうとしないの?」
「私も戸惑ってるけど、でも……同じスリザリンの仲間だし、友達ですもの」
 彼女はけれど、まだどうすればいいのか迷っているように見えた。
「そう、ありがとう」
 私は最上級の笑顔を彼女に見せた。
あれからあからさまにパンジーは私に対して敵対心を向けてきた。それは、パンジーだけにとどまらず、何人かの上級生や同級生にも言えることだった。
 談話室で穢れた血、などと囁かれることもあったし、廊下でパンジーやドラコらとすれ違う時は気を付けないとわざとぶつかられることがあった。コーディリア以外のルームメイトも、私と距離を取るようになった。
 もちろん、私はこの状態のまま一年を過ごすつもりはなかった。
ジュエルボックスに居たときも、周りの同年代の子たちに色々な言いがかりをつけられたことがあった。それの結末を思い出して私は笑ってしまった。
「メアリ、飛行訓練よ。早くいかないと遅れちゃうわ」
 コーディリアは表面上変わらずに接してくれていた。
「ええ、今行くわ」
 私は杖以外何も持たずに、コーディリアと一緒に校庭へと向かった。


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