覚醒

はっと目覚めると、私は布団に寝かされていた。
「あ、気が付いた! 待ってろ、水持ってくる!」
「……」
隣にいた真白は慌てて部屋を出て行った。
だるい体を動かそうとすると、腕に激痛が走る。
それをなんとか堪え、体を起こす。
さっきの悪夢が、甦る。
――私は……。
――私は、人を……。
何が起こったのか、今でもよくは分からない。
ただ、孫市を助けたい、その一心だった。
――孫市様は、私の助けなんていらないくらいに、強いのに。
差し出がましいことを思ったな、と今は感じる。
障子が開き、真白が入ってきた。
彼女は私の布団のそばに座り、
「大変だったな」
と、優しい声で言った。
「……」
持ってきてくれた水を飲むと少し落ちつき、思考ができるようになる。
どうしてあんな回避ができたのか。
そもそも銃の撃ち方すら知らないのに、どうして発砲できたのか。
「治りが良いから、あと三日もすれば歩けるようになるぜ。大丈夫」
「……ありがとう」
「いいってことよ。はい、おしまい」
彼女は包帯を巻き終わると、ぽんと腕を軽くたたいた。
「いっ……!」
「あははは、ごめんごめん」
彼女によると、外傷はかすり傷程度だが、筋肉の損傷が激しいとのこと。
つまりは物凄い筋肉痛というわけである。もう何が何やら私自身では理解できない。
「もう少ししたら孫市様がいらっしゃるから、私はそろそろ行くな」
「ほんとうに、ありがとう」
真白はいいって言ってるだろ、と笑った。
「ああ、そう言えば……」
部屋を出るとき、彼女は思い出したように付け加えた。
「何?」
「孫市様が仰ってたよ」
彼女の顔が、何かを堪えるように歪んでいる。逃げるように、真白は去っていった。
「『あの子は“バサラ持ち”だ』って」


そのあと程なくして、孫市が部屋へ入ってきた。
「本当にすまなかった。この通りだ」
孫市は私の布団の横に座ると、私に謝った。
「い、いえっ! 私は大丈夫ですから、顔を上げてくださいっ」
慌ててそういうと、孫市は私の顔を見た。
――……またこの目。
私の奥深くまで見えているような、いや、私の姿が透明になっていて、もっと遠いところを見ているような。
その橙の瞳を見つめ返す。心臓が脈打つのがわかる。
「調子はどうだ」
「それほど悪くないようです。真白から、あと三日もすれば歩けると言われました」
「そうか」
「孫市様も、その……肩を……」
孫市の肩には、布が巻き付けられていた。
「気にするな。大した傷ではない」
「……あの」
恐る恐る切り出す。真白に聞ける雰囲気ではなかったのだ。
「なんだ」
「先ほど聞いたのですが、バサラ持ち、とは……」
「……ああ、そうだ。お前はバサラを持っている」
孫市は少し目を伏せてそう言った。私には何のことかわからない。
常識は当たり前すぎて、時に外部の人が知らないということを忘れてしまう。
私の不思議そうな顔を見て、孫市はああ、お前は知らないのか、と説明をしてくれる。
「バサラを持つものは、ほかの人間にできないようなことができる」
「言ってみれば、特殊な能力といったところか。例えば……」
孫市が立ち上がった。
「私はバサラを持っている。属性は炎。ありとあらゆる銃や火器を空間から取り出すことができる」
彼女は少し離れたところで立ち止まる。
「こんなふうに」
孫市が後ろから前に手を振ると、火花の散る黒字に雑賀の模様が入った筒が現れる。先ほど戦いでも使用していたので、私にもわかった。爆弾だ。本当に手品のように現れた。
孫市は小さな爆弾を障子の外へ投げた。中庭から爆音が聞こえる。
「バサラには特性ごとに属性がある。炎、氷、風、闇、光、雷。まれにこれ以外のバサラを持つ者もいる」
「その、バサラ持ちというのは、特殊な能力を持った人……ということですか」
そうだ、と彼女は小さくうなずいた。
「今回の依頼主もバサラ持ちだ」
「そうなんですか!?」
「ああ。織田も羽柴もそうだ」
「へぇ……凄い人ばっかり……」
「お前はその『凄い人』と同じ能力をもっている」
――と、言われても全く実感がない……。
私は目線を下げ、小さな声で言った。
「でも私、あの時、何が起こっているか全くわからなくて……」
「磨いていけば、操れるようになる」
孫市はその目をそっと閉じた。
「バサラはその特殊性ゆえ、訓練や習得が難しい。多少のバサラの能力を持つ人間は多く居れど、それに気づくもの、気づいたとしてもうまく自分の能力として発揮できるものは少ない。宝の持ち腐れだ」
バサラというものは、勉学の能力のように個人差はあれ誰しもが持つ能力である、と孫市は説明した。
「だが、あくまで私の見立てだが……お前は、“バサラ持ち”になれる」
「それはつまり……、私が、孫市様と同じくらい強くなれる可能性があるということですか」
「可能性ではない」
孫市が再び私をまっすぐ見据えた。
「絶対になれる。これからきっちり訓練を積めば、必ず」
私はどんな言葉を返してよいやらわからなくて、黙ってしまう。想像が出来ないのだ、この私が強くなれるなんて。
孫市は私の布団の横に腰を下ろした。
「そこで一つ、お前に相談がある。雑賀の戦力として、働いてくれる気はないか」
「戦力……?」
「ああ、私以外にもバサラ持ちがいれば心強い。雑賀衆の力を求める者がより増えるきっかけにもなる。知っての通り、先日、織田信長の攻撃で雑賀衆の戦力が大きく損害を受けた。その影響はまだ強く残っている」
孫市はゆっくりと私と視線を合わした。私は、少し沈黙した後口を開く。
「私なら、それを補えると?」
補って余りある、と孫市は肯定した。
「もちろん強制はしない。バサラ持ちといえど、それを磨かなければただの人と同じだ。普通の村人として生きていくこともできる。我らはお前の意思を尊重する」
もちろん私はこの雑賀衆が好きだし、なにより孫市を尊敬している。私が昨日飛び出して行ってしまったのも、孫市のことを思ってこそだ。
伏せていた眼をあげ、彼女と目が合った。また、この瞳に従ってしまう。
「……やります」

「少しでも、孫市様の、この村の力になれるなら……、喜んで」



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