巻物

布団に入り、電気を消し、私はどうしてもぬぐい切れなかった疑問を口にした。
「どうして、私にこれを教えてくれるの?」
私がこの世界の知識に疎いことも、たいして頭がよくないことも、まして『違う時代から来ました』なんてにわかには本当と信じられないことを言っているのを、彼女は知っている。
彼女の口ぶりでは、私の前に真白と仕事をしていた人も、このことを知らなかったようである。
なのに、どうしてそれほど重要で危険なことを、私にできるようになってほしいのか。
少しの間をおいて、彼女はゆっくりとした口調で答えてくれた。
「さぁな、孫市様がそうしろと仰った。お前がいる場所で報告をしてもいいというのはそういう事だ。
情報の管理をする奴が、他の大名の間者であることくらい怖いことはない。
私は生まれが雑賀集だし、そこら辺を信用されて前の孫市様にこの仕事を任されたんだろな。だけど、お前は……」
真白は一度口をつぐんだ。
「……まあ、私には分かんねぇ孫市様なりの理由があるんだろ」
――ん?
彼女の言い方に引っかかるところがあった。
「前の孫市様? 孫市様じゃないの?」
「雑賀集の頭領は襲名制なんだよ。今の孫市様は三代目孫市。その前は二代目孫市ってわけだ」
突然明かされた事実に、私は驚きを隠せなかった。
「えっ!? じゃあ本名が別にあるってこと!?」
「そう。この間まで孫市様は、言い方は悪いが、ただの雑賀集の一員だった」
「いつ? いつ孫市様は孫市様になったの?」
私は勢い込んで尋ねた。自分の知らないことの多さに、また恥ずかしくなった。
あまりに常識すぎることは、かえってなかなか教えてもらいにくいものである。
「つい二週間前くらいの、織田が攻めてきた時。あの時に二代目孫市が織田信長にやられた」
――ほんの、最近だ……。
――まだ『孫市』になって二週間……。
堂々とした孫市の姿は、とてもそうは信じられないものだった。
頭領なんて組織の中で一番重要な役目を、短期間でものにしてしまう孫市を、私は改めて尊敬した。
――孫市様って凄い。私もあんな風に強い人になりたい。
まずは自分の弱いところをつぶしていかないと、と私は考えた。
「ねぇ真白、私ね……」
「……」
字が読めないことを伝えようとしたが、真白は眠ってしまっているようだ。
――また明日、ちゃんと言おう。
――しっかりと勉強して、孫市様の力になれるような人間になろう。
知らず笑みを浮かべながら、私はゆっくりと眠りに落ちた。

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