芽立

「ういはそっちの山頼む!」
「はーい」
私が従事することになったのは洗濯、掃除、炊事などの、いわゆる“お手伝いさん”と言われる仕事であった。
「要するに雑用係みたいなもんだぜ」
女はそういって笑った。
「この前まであと二人いたんだけどよ、どっちもやめちまってさ」
私より一つ上だという女は、真白と名乗った。
「なんか最近物騒だよなぁ。織田の野郎も殺されたし、いろんなところが荒れそうじゃねぇ?」
「そうらしいね、大変だよね」
――「お前が未来を知っていることは公言すべきではないな」
私が孫市に言われたことである。
――「どうしてですか?」
――「目立つからだ」
私はそれをしっかりとまもり、知らぬ存ぜぬを突き通している。
もともとあまり知らないのもあって、それほど苦ではない。
洗濯ものを干し終わると、次は昼御飯の準備。
なかなかに忙しいのだ。
それ故に、同じ仕事をこなす真白とは仲良くなることができた。
米をとぎながら、洗濯をしながら、真白と話せたお陰で今の時代についての知識が少し深まった。
今までにあったこと、周りにいる大名のこと、たくさんのことを教えてもらった。
「それじゃあ、その……武田さん?」
「うん」
「武田さんは死んじゃったの?」
「どの武田さんだよ」
「えっ、いっぱいいるの?」
「……ほんっとういって何もしらないのな」
そういって真白は落ちえていた枝で地面に家系図を描いてくれた。
――なんか文字がくねくねしてて読めないけど。
「これが信玄。でこれが勝頼」
「ふんふん」
「信玄が死んだから、裏切り者が出た。わかる?」
「うん」
「それでだな、……」
物覚えの悪い私に起こることもなく、繰り返し教えてくれる彼女は、最高の先生であった。
「それにしてもさ」
「ん?」
「真白って物知りだよね。特に大名と大名の関係とか」
彼女は私の何気ない質問にもすらすらと答えてくれるのだ。
「村の人たちもそういうことには詳しいの?」
「いや、そんなことねぇよ。雑賀集じゃないやつはそんなこと知らなくったって生きていけるしな」
「じゃあどうして真白は知っているの?」
彼女は少し目を伏せた。
「まぁ、雑賀集で働いてるからな。それなりには情報がはいってくる」
「おい、やや」
庭のような開けたところで話していた私たちに、声をかける男がいた。
雑賀集の人間であろう。まだ一人一人の顔を把握できていないので断定はできないが。
「おっ! そっちが例の新入りか?」
「おう、つかややって呼ぶな」
「ややとは違っておしとやかそうだなー、名前は?」
「えっと、深水ういです」
「可愛い! やっぱり女の子はこうでなくちゃなぁ」
ばんばんと肩をたたかれる。ちょっと痛い。
私はどう反応していいのかわからずに目を白黒させていた。
「触んなよ変態。お前の馬鹿が移るだろ」
真白が男から引き離してくれる。
「用事は?」
「あー、ほいこれ。菊ばぁのとこに頼むぜ。急ぎめでよろしく」
男が取り出したのは紙をくるくると巻いたものであった。
真白はそれをもぎ取るように受け取り、
「さっさと稽古に帰れよ」
「へいへい」
男はゆったりとした足取りで廊下を歩いて行った。

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