芽出

失礼します、と前回と同じように孫市の部屋に入る。
――部屋なのかどうかは置いておいて。
きれいに片付いているから、仕事用の場所なのかもしれない。
「無事に終わった」
「お疲れ様です」
頭をあげると、孫市と目が合う。
――……なんだか緊張するな。
凝視されるとけっこうドキドキするものである。
またこの前のように沈黙が続くかと思われたが、次の瞬間孫市は口を開いた。
「お前、雑賀で働く気はないか」
「……えっ?」
私が驚くと孫市は無表情のまま続けた。
「雑賀で働く気はないか、と聞いている」
「えっと、それって、どういうことですか」
「言葉通りだが」
――雑賀集で働く。
ぱっと思いつくイメージは、刀を振り回して敵をやっつけること。
なんといっても、雑賀集は戦いが仕事なのだから。
――でも、私運動とかできないし、それに……
「でも、雑賀衆は男の方ばっかりで……」
「……」
――あ、孫市様は女か。
――間違えた。いや、何をだ。
あふれ出る男前オーラに圧倒されて……その……えっと……。
言葉がうまく出てこない。
「あ、ええと、その……」
口ごもる私。
――やっちゃったー!
今、とても気まずい。すごく申し訳ない。
孫市は特になんということもなく、話を進めていく。
「少ないが女もいる。それに、戦闘要員として雇うわけではない」
え、と私が首をかしげると孫市は、
「我らはその予言の力を高く評価している」
――そっちか。
要するに私の知っている未来を雑賀集のために差し出せということだ。
よく考えてみればこんなひょろっこい女の子を戦に出させるわけもない。
「予言なんてたいそうなものじゃないですよ」
――それにほとんど覚えてないですし……。
今回はたまたま思い出せただけのことで、この先も何か手助けできることがあるとは限らない。
「予言に等しい。是非、雑賀衆に欲しい力だ」
孫市のまっすぐな瞳が私をとらえる。
私はその曇りのない橙から目をそらせなかった。
“雑賀集に欲しい”、自分が必要とされていることが嬉しかった。
「……わかりました。少しでもお役に立てるなら」
気づくと、私は了承の返事を口にし、頭を下げていた。
私はこの時代で、取りあえずは生きていかねばならないのだ。
恩を売っておいて、損はない。
……というのは後付けの理由で、本当は、孫市の瞳に説得させられた。
「お願いします」
けれど、なぜか悪い気はしなかった。
孫市は薄く微笑み、ありがとう、と言った。
どきん、と心臓がはねる。
――孫市様の笑ったところ初めて見た……。
いつも鋭い視線で、無表情な孫市が、微かに、本当に微かにだが、笑った。
うわあぁ、と嬉しいような気恥しいような、不思議な気持ちが広がる。
頬が熱い。
孫市は、ついてくるようにと言って歩き出した。
――あああ、落ち着け私!
――落ち着け。落ち着けー。
――孫市様は女性だぞ! ときめいてどうする!
前を行く孫市の背中が、恥ずかしくて見られない。
――そういえば結構露出度の高い服着てるなぁ……。
――って、どこ見てるの私! 大丈夫か私!
――べ、別に胸大きくていいなーとか思ってないし!
――私は今から大きくなるんだもん!
と、混乱しているうちに目的地に着いたようだ。
「では、明日からでもここで働いてもらう。今世話になっているものには、話をつけておく」
連れてこられたのは、かまどがたくさん並ぶ部屋。
炊き出しの時に使っていたものよりたくさんある。
中にいた私と同じくらいの年の女が、こちらへ駆けて来た。
「あ、孫市様! どうされたんですか?」
「新入りだ」
孫市はそう言って、私の背を押し出す。
「えっと、ういと申します。よろしくお願いします」
「頼むぞ」
「任せてください!」
孫市はそのまま去ってしまった。
その姿を見送ると、私は女の方に向き直る。
女は快活そうな笑顔を浮かべていた。
「ようこそ、雑賀衆へ!」

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