芽出

心を引き締めて、部屋に戻る。
すると、おばさんが声をかけてきた。
「ういちゃん! あんた、孫市様と何話してたんだい?」
「……ええと」
――言ったらだめだよね?
先ほどの件で注意深くなっている私は、なんと返せばいいのかわからないでいた。
不思議そうな顔のおばさんが見える。
「おーい!! 誰か湯を持ってきてくれ!」
その時、部屋の中から大きな声が聞こえた。
私はそれにあわてて答える。
「は、はい! 今行きます!」
おばさんにすみません、と言い残しその場を去る。
なんとか言わなくても助かったようだ。
――適当にごまかせればよかったんだけど。
私は嘘をつくことが苦手である。
挙動がおかしくなり、すぐにばれてしまうのだ。
――『嘘も方便』っていうし、できるようにはなりたいんだけど……。
――……ううん、こんなこと考えるより、今はお湯を持ってこなくちゃね。
私は私のできることを、一生懸命に。
そう自分に言い聞かせ、私は井戸へ急いだ。

「随分と良くなってきましたね」
「ああ、ありがとな。あんたのお陰だ」
包帯を外した男の腕は、すっかり傷口がふさがっていた。
痛々しいあざも大部分は消えてきているようだった。
「もう動かせるようにもなったぞ!」
男はぐるりと肩を回した。
無理しないでください、と慌てて言うと大丈夫だと男は笑った。
「梅も何かするー!」
とてとてと軽い足音がこちらへ近づいてきた。
「じゃあ、お湯を換えてきてくれる?」
「はーい!」
お梅にぬるくなってしまったお湯の入った桶を渡すと、嬉しそうに部屋の外へと走っていった。
「手伝うのが楽しいんだろうな」
そんなお梅を見て男はつぶやいた。
「子供はみんなそうだ、大人のやっていることを手伝いたがる時期ってもんがある」
そういえば、と私も自分の過去に思いを馳せる。
――確かにそんな頃もあったなぁ。
大人のすることを自分も真似したい。
少し背伸びするようなそんな気持ちには、私も覚えがあった。
「大方、自分が大人の仲間入りしているように感じているんだろうな」
男はそう続けた。
「まぁ、手伝ってくれるんなら文句はないな。とても助かる」
「ふふ、そうですね」
お梅が部屋に帰ってきた。よいしょと私の隣に桶を置く。
桶には並々とお湯が入っていた。
「ありがとうお梅ちゃん、たくさん入れてきてくれたんだ」
「ん」
お梅は嬉しそうに頷くと、そっと私の耳に顔を寄せた。
「孫市様が呼んでる。一段落したら来いって」
「……うん、わかった。ありがとう」
耳打ちするということは私が孫市様に会いに行くことはあまり知られたくないことなのだろう。
そう察して男の手当てを続ける。

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