不注意

けが人の治療を続けて、三日目。
村の人と話す機会が増え、改めて感覚の違いを実感する。
医療の知識にしても、それがものすごく言える。
例えば、刀や槍でつけられたであろう切り傷。
肉がぱっくりと割れているその傷が、土で汚れているものが多い。
とりあえず汚れを落としましょうと言うと、治療の基本もわかってないなと笑われた。
土を傷口に擦り付けることが、治療だと彼らは言うのである。
――確か破傷風菌とかいなかったっけ……?
結構危険だと思うのだが。あまりよくは分からないけど。
あと、基本的に清潔という概念がない。
汚れた布を包帯にするなんて私からは考えられないことが普通に行われている。
一応私が任されているけが人は、私の知っている範囲でするだけのことをしている。
比較的軽いけがの人ばかりだが、治りが早いに越したことはない。
ちなみに、血の香りと傷口にはまだ慣れません。昨日も夢見が悪かった。
今日も朝からざわざわとしている部屋に、突然驚いたような声が混じる。
「孫市様!」
孫市様? ああ、雑賀衆の一番偉い人か。
オレンジ色がかった髪をしたかっこいい女の人が部屋に入ってきた。
――あの人が孫市様!?
こちらに来た時に最初に会った人である。
突拍子もない私の話を聞いてくれた、とても良い人。
「孫市様? ああ、そうか孫市様は……」
「気の毒なことだねぇ」
一層強まるざわつきの中、孫市は凛とした声を響かせる。
「ういは居るか」
――……え、私? 私何か悪いことしたっけ!?
思わずドキリとしてしまう。うん、何もしてない……と思う。
「はい!」
と、大きな声で返事をすると、その鋭い目がこちらを向いた。
「話がある。その者の手当てが終わったら来てほしい」
彼女の声は良く通る。別に声を張り上げているわけでもないのに、部屋の端にいる私までしっかりと伝わる。
「分かりました!」
負けじと声を張る。
孫市は軽くうなずくと、部屋を出て行った。

治療が一段落し、外に出て来た。
とは言っても孫市がどこにいるのかわからない。
困った。とにかく立っている雑賀衆らしき男の人に声をかけてみる。
「あの……」
すると、男の人は私の用事がわかっていたらしく、
「ああ、深水ういだな。こっちだ」
歩いていく背中を追うと、随分と奥まで来た。
長い廊下だったなあ。雑巾がけが大変そうだ。
「頭領、深水ういを連れて参りました」
閉まった障子に、男性が声をかける。
「ああ」
失礼します、とすっと男性が障子を引く。
――……入れ、ってことなのかな?
中に入るべきなのかどうか迷ったが、失礼しますと小さくつぶやいて中へ入った。
「……」
孫市は立って、こちらを見つめている。
「では」
案内してくれた男性が障子を閉めて行ってしまう。
「……」
「……」
じーっと、穴のあくほど見られる。
――……ちょっと怖い。美人だけど、なんか食べられそう。
――西洋の美人って、ちょっと怖い系の人多いよね。
織田に撃たれたと聞いていたが、結構元気そうに見える。
続く沈黙。
これは私が話すことを要求されているのだろうか。
それとも、この沈黙に意味があるのだろうか。
「……」
「あ、あの、何の用ですか……?」
堪えきれなくなって、私から質問する。
沈黙を破るのは勇気がいる。特にこういう時。
「お前は本当に未来から来たのだな?」
質問が質問で返されました。
――というか、今更何を。
私がここに来たとき納得してくれたはずである。
「……断言できませんが、おそらく」
「……」
また沈黙。
今度は私に破る勇気はない。
すると、
「織田が明智に討たれたらしい」
孫市は私の眼を見据えながら言う。
「はあ……」
我ながら気の抜けた返事である。
――別にどうでもいいとかじゃないけど!
だってどう返せというのだ。
――それでどうかしましたか? とか?
それもちょっとこう、けんか売っている感じにならないだろうか。
孫市は私の内心の葛藤に気づくはずもなく続けた。
「そして、驚くことに、その事を報告が入る前に知っていた子供がいた」
――……あ、なるほどそういうことか。
要するに“本能寺の変”を知っている子がいた、と。
心当たりありすぎる。お梅だ。
私のしてしまったことを思うと、途端に冷や汗が出てきた。

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