『みんなーありがとー!みんな好きよーーー!!』 うおぉぉぉっと会場が揺れんばかりの歓声に包まれた。 人の海を掻き分けた先にあるステージでは、スポットライトに照らされた少女は大きな歓声に負けじと懸命に手を振り、それに答えていた。 「お疲れ様です!」 鳴り止まぬ声を後にアイナは舞台袖に戻ると、興奮冷めやらぬ中、スタッフと挨拶を交わしながらある人物を探した。 「あ、マネージャーみっけ!!」 舞台裏の一番奥、楽屋入り口付近に彼、セブルス・スネイプはいた。 「・・ご苦労だったな」 口数少なめに、持っていたタオルをアイナに渡す。 そして綺麗に結われた髪を崩さないように気を使いながら優しく頭を撫でた。 「セブルスさん、どうだったかな?」 とお伺いを立ててみれば、セブルスは口の端でニヤリとと笑い 「65点・・・まだアンコールがありますぞ?」 と意地悪くアイナに告げた。 「わかってますよ・・いってきますセブルスさん!」 簡単な着替えを済ませると、アイナは再び熱気あふれるステージへと飛び出した。 アイナは人気急上昇アイドルだ。 最近はテレビやラジオ、イベントにも引っ張りだこである。 そしてそんな彼女を支えているのがマネージャーである、セブルス・スネイプだ。 ホグワーツ芸能事務所と言う小さな事務所に在籍しながら、これだけ人気になれたのも、偏にセブルスの手腕の良さだろう。 肩までの黒い髪を後ろで縛り、夏場でも黒いスーツ。 眉間に刻まれた縦皺を誤魔化す為とアイナに着用を義務付けられた黒縁の伊達眼鏡と、見た目はとてもとっつき憎い。 性格も自分が受け持つタレントであろうと容赦なく厳しい。 しかし、味方にしてしまえばこの上なく力強い、それがセブルスだった。 「アイナ・・大丈夫か?」 あの後、二度のアンコールを熟したアイナは倒れこむように楽屋へと入った。 しかし、倒れる前に後ろにいたセブルスが抱え込み、なんとか床とのキスは回避できた。 「セブルスさん・・・どーだっ・・た?」 にへらっと笑いながらまたお伺いを立てるアイナ。 目の前でこんなになるまで頑張る彼女を見ていると、セブルスにも自然と口元に笑みが零れる。 「上出来だな」 セブルスの言葉を聞きよかった、とアイナは言うと安心しきったのかその場で寝息を立て始めた。 「・・・・う・・ん?」 すれ違う車のヘッドライトの明かりが瞼に沁みた。 アイナが目を覚ますとそこは見覚えのある車の中。 いつもアイナが助手席に座り、そしてセブルスが運転してくれる車だ。 「あ・・・私・・」 寝ちゃったんだ、と思ったときすぐ隣から声が聞こえた。 「今日は95点といったところですな。まったくもって詰めが甘い」 運転の合間にこちらを見て、ニヤリと笑って告げると 「もぅ!セブルスさんってば厳しい!」 アイナはケラケラと笑った。 すっかり眠気の覚めたアイナの提案で二人は夜の街を少しドライブすることにした。 夜の街は静かで、時にはすれ違う車さえいない。 まるで、この世界に自分たちしかいないのかと錯覚さえ覚えてくる。 「そういえば・・・」 沈黙を破り、セブルスがふと疑問を口にしたのはドライブも終わりアイナの家が近づいた頃だった。 「アイナはいつもファンには『好き』としか言わないのだな?」 コンサートやイベントでたくさんのファンに囲まれながらアイナはいつも感謝の言葉とともに「好き」と伝えている。 しかし、今までに一度もファンに対して『大好き』と言ったことはなかった。 「あれ・・?気が付いちゃいました?」 「何年マネージャーをやっていると思っている」 セブルスも疑問を感じてはいた。 今日ももちろんアイナはファンに言っていたがその時も『好き』だった。 なぜ、このタイミングでなのかはわからないが素朴な疑問としてつい、口に出たのだ。 「うーん・・・なんていうか・・『大好き』って私の中で大切な言葉なんですよ。 ファンのみんなは確かに『好き』ではあるんですけど・・・」 「『大好き』って本当に好きな人に伝えたいんですよね?」 なんて、笑いながら言ったアイナを見てセブルスがその笑いが照れ笑いだと気が付いた。 「なるほどな・・・ほら着いたぞ」 軽く挨拶を交わして家に入っていくアイナを見ながらセブルスはふとため息を漏らした。 「『大好き』か・・」 すると突然セブルスの携帯がメールの着信を告げる音を発した。 《お疲れ様です》 件名とともに表示される名前。 つい先ほど別れたアイナからのメールだった。 《今日はありがとうございました。明日も頑張ります! 厳しいセブルスさんも、大好きですよ!!》 メールを読み携帯を仕舞うとセブルスは車を走らせた。 あぁ、明日はとびきり厳しくいこう、と口元に笑みを浮かべながら思った。 (みんな好き) (でもあなただけは『大好き』なの) |