インフェルモンがひっこむと、代わりに太一がどこからかぽんと飛び出した。
アプリは閉じられ、画面にはデジタル時計が表示される。現在時刻ではなく、24:00:00。一秒後には23:59:59。
「カウントダウンでしょうか。この形式だとあと24時間……」
「ふざけやがって」
吐き捨てたヤマトは、自分の携帯電話を取り出した。
「何を?」
「大輔君たちに連絡する。こいつのゲームなんかにつきあってられるか」
「連絡して、どうするんです?」
「決まってる。大輔のブイモンと賢のワームモンでディアボロモンを倒すんだよ」
「なるほど」
光子郎は思案気に口に手をやる。
「シンプルかつ、効果的な案ですね。オメガモンの装備がないのが難点ですが、インフェルモン自体が今ならまだ完全体のままですし勝算はあります。ただ一つだけ問題点が」
「なんだ」
「ディアボロモンが敗れたあと、太一さんがどうなるか、不明です」
「そんなの、ゲート開いてこっちにこさせればいいだろ」
大声をあげかけるヤマトを、光子郎は遮る。
「“10の15乗バイト”」
「……なんだ?」
「人間の一生を保存するのに必要だと言われているバイト数ですよ」
光子郎は太一の携帯の画面を眺める。不思議そうに見返す茶色い目に、興味深げな視線をこめて。
「人生を単なる人間の記憶と経験によるものだとしてCPUのビット幅に概算すると、だいたいこのくらいの使用量にあたると言われています。しかもこれはあくまで脳の記憶量にすぎませんから、太一さんの身体データや性格、思考ルーチンなどを含めればさらに数倍は必要です。ちなみに10の15乗は10分の1京、つまり一千兆です」
一度言葉を切る。
「人間ひとりをどこかに閉じ込める。現実世界ではアパートの一部屋でもあれば可能な作業ですが、これがデジタルワールドやそれに準ずる空間での出来事となるととてつもない労力とメモリが必要になるんです」
言いながら、光子郎の黒い目の中には、たしかに状況をたのしむ光が見えた。こんなときにでも止まらない好奇心が表情の中に見て取れる。それに、ヤマトは少しだけ寒気を覚えた。
そういった部分において、光子郎と太一は少し似ている。危機を喜々として楽しむような、逆境の中で笑みをこぼさずにはいられないところ。
置いて行かれそうになる自分に気づいて、ヤマトは強く被りを振った。その傍らで光子郎は熱心に画面を覗きこんでいる。
「とにかく、記憶量だけ換算してもさきほどの一千兆、ペタバイト必要になります。ですが太一さんの携帯のデータ容量はmicroSDもあわせて2ギガバイト、一時間ドラマが二十本録画できればいいくらいの容量です。さすがに人間一人のデータがこの端末の中に押し込められているとは考えにくい。となると、太一さんの情報はどこかのサーバに保管されていると考えた方が自然です」
ずらずらと並べ立てる説明は、知識のないヤマトにとって呪文のように思えた。が、なんとなく概略は掴める。
「つまり、太一の本体はこの携帯の中にはないってことか」
「はい、そうです」
「ならこの太一は何なんだよ?」
ヤマトは携帯を指さす。
「出れない出れないって、画面に体当たりしてるんだぞ」
「それは、おそらくアバターです」
「アバターって、ネットゲームとかの?」
「ええ。画面越しに感情や身体表現を現すための分身みたいなものです。太一さん自身は携帯に閉じ込められているような感覚かもしれませんが、さっき説明したとおり実際には考えられません」
「いや、でも……なんでわざわざ太一と俺達が話せるようにしてあるんだ?」
「そんなの、インフェルモンに聞いてくださいよ」
光子郎は肩をすくめる。
「ですからただ敵を倒しても意味はない、むしろ逆効果かもしれない。太一さんの本当の居場所を知っているのはディアボロモンだけかもしれないんです」
「じゃあどうする」
光子郎はスマートフォンから顔を上げ、真剣な顔で言った。
「ヤマトさん、ディアボロモンとゲームをしてください」
「はあ!?」
素っ頓狂な声が出た。
「何言ってるんだよ、相手はプログラムを書き換えられるんだろ? 勝てるわけない!」
「勝ってくれなんていいませんよ。ディアボロモンの気を反らし、処理速度に負荷をかけられれば御の字です。その間に僕は太一さんの居場所をつきとめます」
「つきとめるって……24時間でか? 全世界のサーバから、なんの手がかりもなく?」
「ええ」
「そんなことをしてる間に、インフェルモンがディアボロモンに進化するかもしれないんだぞ」
端末を手に、光子郎は鏡のような黒い目をヤマトに向ける。ヤマトはなにごとか言い連ねようとして、言葉を探すのをやめた。
その代わりに、光子郎の目をしっかりと見返す。
「できるんだな」
「やってみます」
きっちり断言されて、ヤマトはなんだか笑いそうになる。
きっと昔の自分なら、ここでがむしゃらに反対したのだろう。確率が低い、根拠がない、反対意見ならいくらでも出てくる。ただ今は、そんな言葉が無意味なのを知っている。くやしいけれど、この状況で光子郎以上に頼れるやつはいない。いや、もう一人くらいは思いつくけれど、あえなくそいつは現在戦力外だ。
押しとどめようとした笑みは結局口から洩れた。目にした光子郎も、挑戦的に唇を吊り上げる。
「ひさしぶりなんですよね」
デジモン相手の戦いが。
笑って言ってのける。そんな光子郎に、ヤマトは少し悔しさを感じた。



握手の代わりのような笑みを交わした後で、ヤマトは光子郎から太一の携帯を受け取った。つまらなそうな顔をした太一がヤマトを見上げる。
『なんだよ。話は終わったのか?』
「まあな。ディアボロモン居るか」
『アソブ?』
すぐに現れる姿に、画面の中の太一がうわっと跳ね、消えた。
『アソブ? ヤマト、アソブ?』
「ああ、遊んでやるよ。好きなだけな。……けどその前に」
手に携帯をもったまま、ヤマトは振り返る。
「なあ光子郎」
「なんですか?」
「食いたいもんあるか?」
いそいそとラップトップに向かっていた光子郎が目を丸くした。ぽかんとした顔のままヘッドフォンを外す。
「なんて言いました?」
「メシだよ。今日食ってきてないだろ?」
「はい、そうですけど」
「だったら食えよ。作ってやるから」
持参してきたエプロンを巻くヤマトを、光子郎はあっけにとられて見つめる。間抜けな顔が気持ちよかった。
食うことだって戦いの基本だ。
「デジモンと違って、俺やお前は腹が減ったら戦はできないんだからな」
腕まくりしながらキッチンに向かう。その途中、後ろから光子郎の呆れたような声が届いた。
「ヤマトさんって、なんか慣れてますね。こういう状況」
「あいつのせいでな」
疲れた声に、今度こそ光子郎は素直に笑う。
「僕、ハンバーガーがいいです。ちゃんとパティが締まったやつ。片手で食べられるくらいの大きさで」
「わかった」
『じゃあ、俺はオムライスな』
意味もなく便乗しようとした太一を、ヤマトは指ではじいて黙らせた。

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