「じゃあ俺は帰るぞ」
「え?」
「そろそろママンが買い物から帰ってくる頃だからな」
「え、ちょっ、リボーン君?」

赤ん坊の背中がドアの向こうに消え、それを追うように桜もいなくなった。
実にあっさりとした幕引きだった。

「あー眠……」

これでやっと静かに昼寝ができる。
何時間も寝られる気はしないが、横になるだけでもいい。

「…………」

そう思うもベッドへ向かう足は途中で止まる。
――自分はボンゴレファミリーっていうのに入らなくてもよくなったのか?
答えを出す前に桜が帰ってきてそのまま。
でも赤ん坊が何も言わないところをみるとあの話は流れたのか……。

「……――クソッ」

開けっ放しのドアをくぐり、階段を下りる。
玄関には桜一人。

「赤ん坊はッ?」
「え、何か、送ってくって言ったんだけど、大丈夫だって言って帰っちゃったよ。でもやっぱり心配……」
「――ちょっと走ってくる」
「は、え、今から?」

ランニングシューズに足を通し、紐を括る。

「夕飯までには帰るって心に言っといて!」
「ちょッ、暁ちゃッ」

軽く足首を回し、玄関を開ける。
開けた先に赤ん坊の姿を見つけ、桜の返事を聞き終わる前に扉を閉めた。
早歩きで庭を横切り、道路に出る。

「――私は、マフィアなんかならないっ」

赤ん坊の足が止まった。

「桜も入らない、……いや、入らせない」
「…………」
「桜の未来は桜が決める」
「…………」
「……だからそれを邪魔するんだったら例え赤ん坊でも――容赦しない」

赤ん坊と私の間を風が吹き抜ける。シルクハットの下で赤ん坊はどんな表情をしているのか。
何も言わない赤ん坊に背を向け、ランニングを始める。今日は走るつもりなどなかったが、ああ言って出た手前このまま家に戻るのもあれだ。
早送りで流れる周りの景色を目に映しながらも頭の大部分を占めるのは赤ん坊だった。
簡単には聞き入れられそうにもないが、その時は宣言通り容赦しなければいいだけだ。
ボンゴレスパゲッティだか何だか知らないが、どっからでも来いや。

「――暁のパパンは、何やってんだ?」
「ぉわッ!!」

真横から聞こえた声に思わず大声を出してしまった。
結構なハイペースで走っていたはずだけど、――本当どういう体の構造してんだ、この赤ん坊。
家からも大分離れた場所に再び現れた赤ん坊を訝しげな眼差しで見るが、相変わらず何を考えているのか分からない大きな目で見返され、たまらず目を逸らす。
止まった足を動かし、ランニングを再開させる。

「……何、急に」
「ちょっと気になっただけだぞ」

もしかしてそれを聞く為に追いかけてきたのだろうか。赤ん坊の考えていることは良く分からない。

「別に……普通の仕事だけど」

親父が特別赤ん坊の期待の答えられるような仕事をしている訳でもない。
まさか、私も桜も駄目なもんだから矛先を親父に向けたのだろうか。
自分の父親がマフィアに入るのはちょっと嫌だ。

「……言っとくけど普通のオッサンだからね、親父は。拳銃だって片手で数える程度しか撃った事無いよ、きっと」
「……何言ってんだ? 俺はパパンの職業を聞いてるだけだぞ」
「ああ、そうですか」

まあ、普通に考えればそうだ。幾ら赤ん坊でも四十そこそこのオッサンをマフィアなんかにしたくないよな。

「で、何だ」
「……建築士ですけど」

そう伝えた直後、ちらちら視界の下の方で見えていた赤ん坊の姿がなくなった。不審に思い足を止め後ろを振り返れば、数メートル後方で俯く赤ん坊の姿があった。
何やってんだ。
首をかしげていると赤ん坊が歩み寄ってきた。

「パパン、なんて名前だ?」
「は? 名前?」
「名前だ」
「わ、分かったから、一々それ出すの止めてよ」

容赦しないとか言っておきながら、銃を向けられただけで怯む自分が情けない。
……いやそれが普通の反応だ。というか日常生活で銃を向けられるなどそうそうあってたまるか。
自分の日常が段々道を外れて行っている気がした。気のせいであってほしい。

「で、名前は」
「早川宗一郎だよ」
「……早川、宗一郎……か……」

名前を繰り返し口にし、再び黙りこくった赤ん坊をジッと見おろす。
そして、何故自分が赤ん坊と同じように道端で突っ立てないといけないんだ、という疑問が急浮上した。
何を考えているのか知れないが、自分には関係ない。走るのを再開しようと進行方向を向いた。

「――あら、門下生希望の方かしら?」

買い物帰りなのか、白いビニール袋を提げた女の人と目があった。
柔らかく微笑むその人につられ、自分の顔まで緩みそうになる。

「もう少しで始まりますから、見ていかれます?」
「え、いや、……は?」
「あら違うの? でもこれも何かの縁ね。ちょっとだけ見学していかれません?」
「いや、あの」
「ほらほら子供が遠慮しないの!」

そういうと背中を押され、強引に中に押し込まれそうになった。
これだから母さん位の年代の女の人は苦手なんだ。人の意見は全く効かず、自分の赴くままに他人を誘導する。
――どうにかしろ、赤ん坊。
決死の思いで首を後ろに捻る。
もぬけの殻だった。何で居ない。

「あなた〜、見学希望の子がいらっしゃいましたよ〜」

有無を言わせない背中を押す腕の強さに、早々に白旗を上げた。
どうしてこうなるんだろう。
古武術道場と書かれた立派な木造の門を恨めしげに通り過ぎた。



母最強伝説

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