ドアを開けた瞬間からもう私の眼にはベッドしか映っていない。
中身になんの興味もないリュックを適当に床に転がし、向かうはさいごの楽園。
倒れ込むようにベッドへ横になる。意図も容易く衝撃を吸収し、身体を包み込むこのマットレスはお気に入りの中のお気に入りだ。
――夕飯まで寝ていよう。

「中々良い部屋だな」

目を閉じる間もなく聞こえた声に溜息を吐きたくなったのは言うまでもない。
付き合いきれないと一階に置いてきた筈の赤ん坊が何故この部屋にいるんだ。面倒臭え。

「ツナに見習わせてーくらい綺麗に使っているな」
「…………」
「……というより物が圧倒的に少ないぞ」

ベッドでうつ伏せ状態を保ったままの自分には赤ん坊が何をやっているかは分からないが容易に予想はできる。ジロジロ人の部屋を見るなと文句の一つでも言いたいが、ここは我慢。
このまま何の反応も示さなければ、飽きて出ていくはず。祈りを込める。

「暁、お前テニスとサッカーやってんだな」
「…………」
「山本は野球だぞ」

――人のモノを触るな。
カチャカチャとラケットを触っているらしい赤ん坊に声を上げそうになるが、今迄の我慢が水の泡になる前に口にチャックする。
どこまで自分は我慢できるだろうか。
というか山本って誰だよ。

「山本はツナのファミリーだぞ。他には右腕候補の獄寺、ファミリー候補には笹川了平とヒバリだ」
「…………」
「……おい、いい加減こっち向け」

カチャッと嫌な金属音が聞こえた。
後頭部に風穴を開けられる前にノロノロ身体を起こし、後ろを向く。
案の定、銃刀法違反がグロックの銃口をこっちに向けている。

「そういうので脅すの止めてくれますか」
「人が話しているときは話している奴の顔を見て話を聞くんだぞ」
「…………」
「――聞くんだぞ」
「はいはい……」

――面倒くさいよ、この赤ん坊。
これ見よがしにグロックをチラつかせる赤ん坊に溜息を吐く。

「単刀直入に言う、――暁、ボンゴレファミリーに入れ」
「無理」
「頼んでんじゃねーぞ、これは――命令だ」
「やだ」
「…………」
「…………」

一触即発という言葉が正しいかもしれない。ビリビリした空気が部屋を満たしている。
口の中に溜まった唾液を呑み込むのも容易にできない。気持ちの悪い汗が米神を伝っている。
どう考えてもただの赤ん坊が作る空気ではなかった。
この赤ん坊は普通じゃない。この時改めて思い知らされた。
不意に今迄合っていた視線が逸らされた。赤ん坊の視線の先を辿る。

「桜はいい女になるぞ、――きっとな」

赤ん坊の視線の先には桜に勝手に飾られ、そのままにしてある写真立てがあった。
嫌な予感がする。
赤ん坊の口元が弧を描いた。

「俺が育ててやってもいいぞ、――未来のボスの愛人ッ」

ただ手に触れた何かを思い切り投げつけていた。
その何かが壁に衝突した音が部屋を包み込みこむ。
頭の片隅で怒り狂うだろう心を思い浮べたが、直ぐに消えた。

「桜は関係ない。関係ない奴を巻き込むんじゃねえよ」
「なら答えは分かってるだろ」
「…………」
「暁がファミリーに加わるか、桜がボスの愛人になるか」
「…………」
「二つに一つだぞ」

――最悪だコイツ。
今ほど人を殴りたいと思った時はない。
赤ん坊を殴るのは道徳的に考えても相当アウトだが、目の前にいるのは普通ではない赤ん坊だ。グロックを握る赤ん坊など世界中探してもいない。絶対。
どうしようか。殴ってしまおうか。
拳を握っては開くを繰り返していた。

「――暁ちゃんッ、大丈夫?!」

俄かに部屋の外が煩いと思っていれば、突然ドアが開き慌てた様子の桜が入ってきた。
顔は微かに紅潮し、息が上がっている桜に眉を顰める。

「桜、どうし……」
「暁ちゃん怪我ない!?」
「は、怪我?」
「玄関開けた瞬間上からスゴい音が聞こえたから、慌ててきたのッ! で、怪我は!?」
「ッ! おい、桜! 止めろって、怪我なんかしてないからッ」

人の話を聞く間もなく桜は身体を弄りだした。身体の至る所に手を這わせ、くすぐったい事この上ない。
身を捩り、桜の触診から逃れる。

「でもッ、だって、――何か大きい音だったじゃん!」
「そ、それは……」
「私もう嫌だよ、暁ちゃんが怪我するの……」
「桜……」

目に涙を溜め始める桜に言葉が詰まる。自身のボキャブラリーの無さを痛感させられる。
こう言う時に安心する言葉をスラスラはける人間になりたい。

「俺だぞ」
「へ……」
「俺だぞ桜」
「リ、ボーン君……?」

本格的にグズグズし始めた桜を前にただ桜の頭を撫でるしかできない自分に対し自己嫌悪に陥っていた。
そんな中聞こえた赤ん坊の台詞に顔を上げる。

「俺が暁のハンドグリップを落とした音だぞ」
「ハンドグリップ?」
「暁にやらせてもらってたら手から滑り落ちたんだぞ」

ハンドグリップ……。確かに床に転がっているのは愛用のハンドグリップだ。
まさかハンドグリップを投げていたとは。無意識って恐ろしい。

「だから暁は怪我なんかしてねーぞ」
「そ、っか……ってリボーン君は大丈夫?!」
「問題ないぞ」
「そっか、……へへ、良かった」

やっと笑顔を見せた桜に肩の力が抜けた。
多少理由に無理がある気がしなくもないが、桜が納得してくれればそれでいい。赤ん坊には感謝だな。



二つに一つ

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