意識が浮上するが、まだ眠たくて仕方がない。瞼を開けるのさえ億劫で、寝返りを打ち再び眠りに落ちるようにと姿勢を変える。

「ぃッ!」

予期せぬ痛みが肩に走り、呻き声を上げる。何か固いものが肩の、丁度骨の部分にめり込んだらしい。何でそんな危ないものが己のベッドに、と身体を丸め、痛めた肩を摩る。それによくよく頭を働かせてみれば、己が横たわっているベッドには違和感しかない。やけに硬いマットレスは所々突起物が付いているし、さっきからさわさわと何かが首や露出した肌を撫でている。極めつけは先ほどから鼻先を掠める土と草の生臭い臭い。
横になった姿勢のままゆっくり目蓋を開く。予想外の明るさに目が眩み、反射的に目を細める。ぼやける視界が段々と鮮明になる。

「……は」

視界いっぱいに映ったのは目測三、四センチ丈の青々とした草だった。……え、草?
腹筋に力を込め上半身を起こし、周りを見回す。いや見回すまでもなく、自分がいる所が何処なのかは寝起きの鈍い頭でも理解できた。
右を見、左を見、上を見て、そして下も見る。

「どの角度から見ても此処は森……だよ……な」

風に揺られざわざわと騒ぎ出す木々を仰ぎ見る。
なぜ自分がこんな場所にいるのか、こんな処で寝ていたのか全く思い出せない。

「……あ」

ただ此処にいる前に何をしていたのかは思い出した。

「――落ちたんだ」

駅の階段で数段前を上っていた女の子が足を踏み外したのを捉え、咄嗟にその子を支えた。そしたら反対に自分が階段から落ちるという三流ギャグの様な展開だった。
助からないと頭では分かってはいたが、誰かに救いを求めるように手を伸ばした。勿論それが届くはずもなく伸ばした手は虚しく空を切った。
不意に助けた女の子と目が合った。目を見開き自分を見つめるその子に、助かって良かったと口端を上げてみせたのが最後の記憶。

「私……――死んだ、の……?」

意識を飛ばす寸前に身体を貫いたあの痛みが嘘のように傷一つなく、着ている服にも土汚れ以外目立った損傷はない。
ならば普通に考えて今いる此処は所謂天国と言うところだろうか。想像していたのと大分違う。もっとフワフワした、メルヘンを想像していたが、普通に森だ。私の期待値を返してほしいくらい森だ。

「よぃ……しょッ」

立ち上がり、パンパンと汚れを払い落とす。
取りあえず此処は天国だと思うことにし、サボっているのか何なのか迎えに来ない天使を逆に迎えに行くことにした。
どのくらいの時間横になっていたのか分からないが、若干固まりをみせる筋肉を解すため柔軟体操を始める。
腰を捻りながら周囲を観察する。何だがやけに視界が低い気がするが、目に入る対象物が木しかないのだからそう感じてもしょうがないと思うことにし、大分温まった身体で先を進む。
――意外だった。自分が死んだことに対してもっと取り乱すかと思ったが、案外普通だ。もっとも天国だと思われる此処が、生きていた世界でも見たことある風景だからこそ、冷静で居られるのも多少ある。
木の根っこを跨ぎ、飛び出ている枝に注意する。
未練が無いと言えば嘘になるが、自分が死んであの女の子が助かったということは、世界に必要だったのはあの女の子で、私は用済みだったというだけの話。非常に不本意だが問題ばかり起こす私より、あの可愛らしい女の子が助かったほうが世の為だろう。
――ただラ・ナミモリーヌの新作ケーキは食べたかった。
来週お目見えする予定だったケーキのことを思うと溜息が出た。

「ぉわッ」

上の空で歩いていれば当然の結果だとばかりに何かに躓いたが、寸前のところで手をつき上手く身体を転がせた。見れば飛び出た木の根っこだった。

「……ん?」

視界の端に何か入り、そっちの方向に目を凝らす。よく見えないが、木の陰で何かはためいている。
もしかして探していた天使が仕事を放り出して居眠りか、と半ば呆れるように溜息を吐きそちらに向かう。
近づけばそれが緑っぽい布だということが分かり、随分地味な格好をしている天使だと内心驚く。
――にしても、……臭い。
青臭い臭いに混じって、何か別の、よく知っている臭いがする。何だこの臭い。
眉を顰め、手の甲で鼻を押さえる。
いよいよブーツを履いた足も見え、想像した天使と大分違う格好の天使との対面だ。ゆっくり回りこむ。

「ぅ……ッ」

口と鼻を掌で抑え、後ずさる。
映画やゲームの中でしか見たことが無い光景。何かに食いちぎられたのか身体の半分が無く、内臓が出ている。
こみ上げる吐き気にその場に膝をつく。胃は空っぽらしく何も出ないが、吐き気は治まらない。
一刻も早くこの場から立ち去りたいが、腰が抜け動けない。ならば極力そっちを見ないように別方向に目を向けたのが運のつき、同じような光景が広がっていた。目の前の天使と同じ格好をした天使たちが同じような、それ以上悲惨な状態で転がっている。もはや目の前で息絶える奴らが天使なのかも分からない。
兎に角この場から離れないといけない。
やっと動けるようなった足で立ち上がった時、また視界の端で何か動いた気がした。まるでホラー映画で追い詰められた登場人物の様にゆっくり首を捻りそっちを見る。
得体のしれないソレにただただ目を奪われ、地に根が張った様にその場に固まる。
目の前に現れたソレは家の天井に届きそうな程の大きさで、身体の割に異様に頭が大きく、異様に大きな口が大きく弧を描いていた。
人間なのか化け物なのか。男か女かも分からない体つき。
――もしかして目の前のこいつが天使、か。一瞬脳裏を過ぎったが、ンなわけあるはずがない。こんなグロテスクな見た目のモノが天使などファンシーな生き物のわけがない。
馬鹿みたいに口を開けたまま、それを見上げる。
それに人間どうしようもない状況下に陥ると、どうでもいいようなことを考えるらしい。
もっとも目の前のモノがさっきの奴らをやったという証拠はない。もしかしたら散歩に来ただけの単なる露出狂なのかもしれない。
そう考えれば可笑しささえ湧きあがる。得体の知れないモノを前に笑い声を上げる私は完璧気が狂れたらしい。

「え……?」

声が詰まる位には驚いた。
微動だにしなかったソレが突如手を伸ばし、私の肩を掴んだ。

「あ゛ぁぁぁあ゛あ゛――!!」

皮膚を食い破る音が、筋肉が引きちぎられる音が、骨が砕ける音が。途方もない激痛が身体を突き抜ける。

「い゛やだあ゛ぁああ゛――」

身体が貪られる恐怖、痛みに喉が潰れるほど声を出すが、ソレが止まる気配はない。目がチカチカする。
ぐちゅ、ぐちゃ、と身体が食われる音が鼓膜を震わし、頭がおかしくなりそうだった。
抵抗する力も尽き、意識が薄れ、視界が狭まる。
ああ、私はまた――死ぬのか。
あの世界で死に、また此処でも死なないといけないらしい。
思っていたより天国は残酷な場所だった。いやもしかしたら此処は――地獄、だったのかもしれない。
最後の力を振り絞り自嘲気味に鼻で笑う。
そしてブラックアウト。

『もう一回だよ』

沈む意識の中、何か聞こえた気がした。

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