道のど真ん中で赤ん坊と向かい合う。
横を通り過ぎる通行人から向けられる好奇の目も気にならない程、私の意識は目の前の赤ん坊に注がれている。

「返事はsiかハイ以外受けつけないぞ」

二足歩行、まだ分かる。中には発育の良い赤ん坊はいる。だが悠長に言葉を話す赤ん坊などいるのだろうか。下手したら自分より日本語が上手いかもしれない。
ジッと赤ん坊を見下ろす。

「……キミ――何処の子?」
「キミじゃない、リボーンだ。俺はツナの家庭教師だぞ」
「は、あ?」

家、庭……教師? 
赤ん坊が家庭教師って、相手は新生児か。

「ツナを立派なマフィアのボスにする為のな」
「マ、フィア……?」
「そうだぞ。まだまだダメツナだけどな」

この赤ん坊――ただ遊びたいだけか。というかそれ以外何がある。
まともに相手をしようとした自分に嘲笑。
マフィアごっこなど始めて聞いたが、今日の赤ん坊の世界では流行っている遊びなのだろう。

「悪いけど遊びたいなら他当たって」

可哀想だが、赤ん坊の遊びに付き合っているほど暇じゃない。私には夕食前にケーキを食べると言う使命がある。
「じゃあね」と赤ん坊に言葉を投げかけて背を向ける。
最近絡まれる事が多くなったと自負しているがまさか赤ん坊にまでとは、流石に笑えなくなってきた。
厄払いの効果はいつから発揮されるのか、もう家から出たくない。
巷で流行っているらしい引きこもり生活でも始めようか思い始めた所で何かが頬を掠め、カンマ置かず発砲音が鼓膜を震わした。
あり得ない。赤ん坊が拳銃を握っている。
赤ん坊が持つには、いや大の大人でさえ一部を除き所持することは法律が許していない。
それにハンドガンと言っても重さも、打った後の衝撃もそれなりにある。ただの赤ん坊がそんなもの扱えるなどある筈がない。
何者だ――この赤ん坊。目を細める。

「遊びじゃねえぞ」
「…………」
「頭の切れるお前ならこの意味――分かるだろ?」

引き金にかかる指を視界の端に入れ、赤ん坊を見下ろす。
答えを間違えれば眉間に風穴でも開けるってか。馬鹿馬鹿しい。

「本気でマフィアとか言ってんの? もっとマシな嘘あるだろ」
「嘘じゃねえぞ。ボンゴレはイタリア最大のマフィアだぞ」
「ボンゴレ? アサリ工場かよ」

鼻で笑えば、反対頬を鉛が掠めた。
硝煙が上る拳銃を構えた赤ん坊の口が弧を描く。

「あまり舐めたことほざいてっとその頭吹っ飛ばすぞ」
「ああ、それは怖い」

同じように口端を上げる。
向い合って笑う中学生と赤ん坊。傍から見ればこれほど異様な光景はないだろう。
だがそれを指摘する通行人の姿は今はなく、何故か閑散としている。

「――おいリボーンッ、さっきから何やってんだよ。煩いん、だ……けど……」

窓が開く音が聞こえ、序で男の子の声が聞こえた。
首を回せば、赤ん坊と対峙している真横の家の二階からだった。男の子と目が合う。

「煩えぞダメツナ。これはお前の為でもあるんだぞ」
「――なッ! 何やってんだよリボーン!!」

顔を青くした男の子が顔を引っ込めた途端、家の中からドタンやらガタンやら、仕舞にはダダダッと何かから滑り落ちる音が聞こえた。
新生児だと思っていたダメツナが、実は同い年位の男の子だったことに多少の衝撃を受ける。
それに赤ん坊が言うマフィアが事実だとしたら、あの男の子が次期マフィアのドンと言うことになる。
男の子には悪いが、全く見えない。それが玄関から飛び出し、段差に躓いた男の子に対する率直な感想だった。
痛いと呻く男の子に溜息を溢し、近づく。

「立てる?」
「え?」
「ほら、手」

手を差し出す。
私を見たり、赤ん坊を見たりと忙しく視線を彷徨わせていた男の子だが、おずおずと言った仕草で手を握った。

「あ、りがと」
「どーいたしまして」

手を離し、やれやれと頭を掻く。

「部下の前で醜態晒してんじゃねえぞダメツナが」

話が飛躍しすぎてないか。
ハイともいいえとも言っていなのに部下って何だ、部下って。
自分本位過ぎる赤ん坊には呆れて溜息も出ない。

「だからッ。俺はマフィアなんかにはならないって言ってるだろ!!」
「暁は全てを兼ね備えた、お前には勿体無い人材だぞ」
「だかッ」
「――今を逃したら後悔するぞ」
「だ……」
「――ヒバリをあそこまでした奴だぞ」
「……え?」

赤ん坊が通販口調なのが気になる。まるで今だけお買い得価格と言われている気分だ。自分だったら即決しているだろうな。
そんな阿保な事を考えていると目を丸くしている男の子と目が合った。驚きの表情の中に微かに怯えが混じっている気がした。
途端男の子は乾いた笑い声をあげた。

「ハ、ハハッ、リボーン冗談キツ過ぎ」
「…………」
「だってあのヒバリさんだよ? それにあれはダンプカーと接触したって噂だし」

男の子は「ないない」と大手を振り高らかに笑った。
なんの話をしているのか分からないが、ダンプと接触事故を起こすなんて不運過ぎる。あれは走る凶器だ。
「くく」と笑い声と言うには不気味な音吐が聞こえ下を向けば、赤ん坊がシルクハットのツバを握り、肩を震わせている。

「俺が何の証拠も無しにこんなこと言うと思ったか」
「え?」

今まで赤ん坊のハットに乗っていたカメレオンがいつの間にか赤ん坊の掌の上に移動していた。しかも次第にその姿を変え、仕舞にはハンディカムとなった。変装の達人どころの騒ぎじゃない。
色々現実離れ過ぎて、どこから突っ込んだらいいのか迷う。男の子はまるでいつものこととばかりに赤ん坊の手元を覗き込んでいる。
――あれ、これって私の感覚がおかしいのか。カメレオンって姿形を変えられる生き物だっけ。
自分の中の常識が分からなくなった。
時折目を背ける男の子の仕草が気になる。いったい何を見ているのか、二人の背後に回る。

「なッ!!」

映像には私と――あの男が映っていた。フラフラした足取りで私に近づき、私は男の打撃を受け止めた安堵感から隙を作り、そして。
咬まれた首筋が疼く。無意識に爪を立てていた。
立ち尽くす私の背中を映していた映像が切れ、画面が黒くなった。
――いつの間にこんなもの。
映像も鮮明且つ音まで拾っているということは、それなりに近くにいないと撮れない。でもそんな近くにいれば、気配で気付く。
本当にこの赤ん坊――何者だよ。得意げに男の子を見上げる赤ん坊の横顔に釘付けになる。

「感動し過ぎて言葉も出ないって感じだな」
「…………」

赤ん坊の眼は節穴だろうか。目を見開いたまま微動だにせず、口元を震わせる男の子は、どう見ても感動で声が出ないって雰囲気じゃない。
当事者の私が見ても中々エグイ映像だと思ったほどだ。喧嘩とは無縁そうな男の子にとったらトラウマ物間違いなしだ。

「お、俺……」
「…………」
「俺ッ、――お使い頼まれてたんだったー!! じゃ、そういぅぐえぇ……」

男の子は赤ん坊に首根っこを閉められ悶えている。真っ青な顔をして、今にも息絶えそう。

「ビビってんじゃねえぞダメツナが」
「ケホっ。そんなの無理に決まってんだろ!! だってあのヒバリさんをだよ?! 尋常じゃないって…………あ、いや……」

言った後でしまったと言う顔をした男の子と目が合う。モゴモゴ言葉を捏ねている。

「と、兎に角、俺はマフィアなんかにはならないからな!!」

そういってそっぽを向いた男の子の後頭部目がけ赤ん坊がピコピコハンマーを構えた。いったいどこから出したのか。考えるのも疲れた。
というかそろそろ帰ろう。今日は変な事に巻き込まれて災難な日だったと思うことにする。そうじゃないと色々もたない。
お互いの事で忙しい二人に背を向ける。
道の先に今までいなかった通行人の姿があった。腕章がついた上着を靡かせ、口元に僅かの笑みを浮かべている。

「僕の前で群れる愚かな奴等を噛み殺そうと思っていたけど止めたよ」

ああ、なんて日だ。

「やっと会えたね」

男は不気味な笑顔を浮かべていた。
無傷で家に着けるかどうか、それだけが心配だった。



アサリ工場への招待状

back
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -