数週間前とは比べ物にならない程、今の俺はとても穏やかな時間を過ごしている。
メールはあまりしないと言っていたのに、送れば律義に返信してくる早川君には思わず笑ってしまう。
――でもホント、出会いってわからないな。
まさか初めて会った人間にあんなことを言うなんて、泣き顔を見せるなんて、普段の俺からは考えられなかった。
今思い返しても恥ずかしすぎる。頭を抱える。

「ゆ、幸村?」

それにあの言葉。
冗談かもしれないけど逃げろなんて言われた時は驚いた。
それを軽く口にする早川君に腹が立ち、そして逃げたいと一瞬でも思ってしまった俺自身に腹が立った。
今思えば、あれは早川君なりの慰めの言葉だったんだろう。
でもふと思ったんだ。もし俺が逃げたいと言ったら早川君はどうしていたんだろうって。
冗談だって笑った? 本気にした俺を馬鹿にした? それとも――逃がしてくれた?
考えとくと言った早川君の声が今でも耳に残っている。

「幸村ッ!!」
「わっ! 何、どうしたの!?」

余りにも大声で名前を呼ばれ、慌てて頭を上げる。
眉間に皺を寄せる真田が目の前にいたのは予想外だった。

「近いよ真田」

笑顔でその顔を押しのけ、椅子に座り直す。

「ゆ、幸村君」
「ん?」

ブン太を見れば、些か表情が硬く見える。ブン太だけじゃない、他のメンバーも似たり寄ったりな表情をしている。
――どうしたんだろう。

「だ、大丈夫?」
「え、何が?」
「いや、急に頭抱えただしたから、さ」
「幸村部長ぉお!! 無理しちゃ駄目っすよ!!」

身を乗り出す赤也の頭を撫で、笑顔を作る。
チームメイトの優しさに胸が温たたまる。

「ふふ、有難う赤也」
「精市、大丈夫か?」
「勿論。心配は無用だよ」

まだ心配そうな顔をするジャッカルや柳生に頷き、そして微笑む。
大丈夫。俺は大丈夫だよ。


「……そういえば今日の英語だけど……」
「――精市が学校と答えた確率八十四パーセント」
「ええ゛ッ」
「ああ、あの問題は中々引っ掛けでしたね」
「ううやっぱり図書館だったのかあ……」

まんまと引っ掛けに嵌った自分に肩を落とす。
でも他の問題は結構できたと思ったし、平均以上は取れると思う。

「赤也は大丈夫そうかい?」
「ンえ゛ッ……、はは、だ、大丈夫っすよ幸村部長……」
「ふふ、結果が楽しみだね」

食いつく様に教科書を読み始めた赤也を見届け、隣のブン太に目を向ける。
静かな部室にバイブ音が鳴り響いた。顔を見合わせ、各々が鞄の中に手を入れていた。
俺も一応確認のため鞄を開ければ、発信源は俺の携帯だった。
画面を見ればまさかの相手からの着信で、しかも通話だ。
別に用も無かったけどただ話をしたかったからとさっき電話をかけた。留守番に繋がれ、また後でかけ直そうと思っていたけど。

「幸村君? 出ないのですか?」
「え、ああッうん! 出るよ!」

なんか嬉しい。

[も、もしもし]
[もしもし早川です。電話気付かなくてごめんね]
[ううん、大丈夫。俺こそ変な時間にかけて悪かったね]
[気にしないで]
[今、学校?]
[終わった。買い物に行く途中なんだ]
[いいな、俺なんか明日までテストだよ]

落ち着いた早川君の声が好きだなとしみじみ思う。高くも低くもないトーンは、いつまででも聞いていたい。

[――……だよ。……早川君は?]
[あー、そうかな]

早川君は自分の意見というか、自分の事をあまり話してくれない。
知ったことと言えば、住んでいる所は都内で兄妹がいて、猫を飼っていて名前はシロで、その猫が凄く可愛くていつも一緒に寝ていること位だ。
あれ。俺、早川君の事より早川君の飼い猫の事の方が詳しくないか。

[あ……]
[ん? どうしたの]
[あ、いや、……そろそろ……]
[ああ! ゴ、ゴメン!! 忙しいのに長々とッ]
[ううん、こっちこそ中途半端なとこで御免ね]

本当はもっと話していたいけど、早川君に我が儘な奴だと思われたくない。

[じゃ、じゃあ、また……ね]
[うん、バイバイ]

何も聞こえなくなったスピーカーから耳を離し、手に持ち直す。
まだ両手で数えるほどしか電話で話したことはないけど、早川君はまたとか、今度とか、次があることを示す言葉を使ったことがない。
それが少し悲しい。やっぱり俺は自分勝手だ。
半ば無理やり連絡先を聞いて、メールをあまりしないと言われたのに頻繁にメールを送り、電話もかける。それに対して早川君は何も言わないし、文句も言わない、それどころかちゃんと相手をしてくれる。
あ、これは拙いな。俺――早川君に依存しかけてるかも。

「部長〜、いつできたんすかッ!」
「え?」

赤也が何を言ってるのか分からず、首を傾げる。

「またまたぁー、彼女っすよ――カ ノ ジョ ッ!」

流石部長、と一人頷いている赤也をポカンとみた。
え、何、……彼女?

「かッ――彼女なんかいないよ!!」
「まあ落ち着け精市」
「俺は断じて落ち着いてるね! 兎に角彼女ってなんの話だい」

腕を組み直し、憤慨だと言わんばかりに蓮二を見る。

「最近やけに携帯を気にするではないか」
「そうかい? そんなことないと思うけど」
「いや前年比三.八倍増だ」
「……蓮二、そんな下らない事までデータを取っていたのかい」
「いや、これは趣味だ」

真顔で趣味だと言った蓮二に顔が引きつる。
新手のストーカーか、なにかかな。

「それに携帯を見てはニヤついていることもあるぞ」
「なッ、そ、そんなことあるわけないだろッ」
「いやいや幸村君。気付いてないだろうけど結構あるって」
「そうっすよ。今の電話だってめっちゃ顔緩んでましたよ!」
「た、たるんどるぞ幸村ッ!」

最悪だ。そんなだらしない顔を公衆の面前で晒していたなんて。気をつけないと。
改めて顔を引き締める。

「……何を勘違いしてるのか知らないけど、本当彼女じゃないからね」
「えー」

不満げな声を上げる赤也に、「嘘じゃね」とジャッカルに耳打ちするブン太の声が聞こえる。
――ブン太、ちゃんと聞こえているからね。

「彼は友達だよ。最近知り合ったんだ」
「彼ぇ? なぁんだ男か……」

つまらねえ、と呟いた赤也に目を向ければ、途端「何でもないっすッ」と首を横に振りだした。
他のメンバーもどことなくつまらないと言う様な雰囲気を醸し出している。何なんだよ、全く。

「そういえば俺達もスゲエいい奴と知り合ったんだよな」
「ああ」
「飯まで奢ってくれてさ」
「丸井先輩は餌付けしてくれる人だったら誰でもいい人なんでしょ」

もう勉強どころじゃない。
逃げる赤也をブン太が追いまわす。俺達は笑っていた。
でもそろそろ真田が……。

「お前達ッ――止めんかあ!!」

二人は首根っこを掴まれ、真田からキツイお仕置きを受けることとなった。
その様子を頬杖をつきながら眺める。
頭を押さえ悶えるブン太と赤也。鼻息荒く説教をする真田。ノートにペンを走らせる蓮二。オロオロとした表情をする柳生とジャッカル。此処にはいないけど、もし居たとしたらきっと面白そうにニヤニヤと眺める仁王。
早川君だったら、――どういう反応をするかな。

いつの間にか早川君の事を考えていたことに俺自身、気付かなかった。



俺→→→→←あの子

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