放課後の暇な時間を潰そうと訪れた部室には既に数名揃っていた。
何をしてるのかなど赤也の必死の形相と真田の顔を見れば手に取る様に分かる。
一人静かに過ごせる場所を求め此処に来たが、――間違いじゃったかのう。
音を立てず中に入り、空いているブン太の隣に腰掛ける。
真田と柳の間に座る赤也の顔色が悪く見えるのは俺だけだろうか。

「ブン太」
「うっせ話しかけんな」
「……ピヨッ」

つれないブン太の態度に肩を窄める。
今更勉強し直した所で点数が飛躍的に上がるのかは甚だ疑問だが、それを口にするなど無粋な真似はしない。
小さく溜息を吐き、これ以上話しかけない方が賢明だろうと判断する。そうでなくとも赤也の隣に陣取る真田から、嫌な視線を感じる。
――こりゃ退散じゃ。

「何、帰んの?」
「んー、ちょいと用を思い出してのう」
「仁王、貴様明日のテストは大丈夫なんだろうな」
「プリッ」
「――はぐらかっ」

部活の無い日まで真田の小言なんか聞きたくもない。
さっさとドアを閉め、部室から足早に遠ざかる。
ブン太にはああ言ったものの急を要する用などなく、取りあえず校門へ向かうがてら行き先を決めよう。

「あれ仁王? 何だ、もう帰るのかい?」

振り返ると、通り過ぎた分かれ道の先に幸村と柳生が立っていた。

「まあ、……ちっとな」
「あれ? 部室に用があったのではないですか?」
「……プリッ」
「ふふっ。大方真田から逃げてきた、――そうだろう?」

相変わらずの鋭い指摘に動揺を悟られないよう曖昧に笑って見せる。

「……じゃあのう」
「ふふ、また明日」
「仁王君、幾ら明日のテストが貴方の得意な教科だからって寄り道しないで真っすぐ家に帰って下さいよ」
「ピヨッ」

背後でお決まりの台詞を吐く柳生に手を振り、足を進める。
小さく幸村が、しょうがないなと言ったのが耳に届いた。
きっとニコニコと花がひらいた様な笑顔を見せているのだろう。

あの日、駅のホームで倒れた日から幸村は変わった。
テニスをしていても何処か上の空で、俯く事が多くなった。それでも気丈に振舞う幸村は酷く痛々しかった。
日に日に覇気が無くなっていく幸村を見るのが辛く、そんな幸村になにも出来ない自分が歯痒かった。いや嘘だ。俺はそんな幸村から目を逸らし、自ら傍観者になることを決めた。
真田や柳にさえ相談せずいるのに、ただの部活仲間の自分に何ができたと言うのか。そんな言い訳ばかりを並べて。
部の雰囲気も悪くなり始め、その理由を知っていながらアクションを起こす者はいなかった。
そんなある日、――幸村が笑った。見馴れた幸村の笑顔が戻ってきた瞬間だった。
何が幸村をそうさせたのかは誰も分からない。幸村も何も言わない。
ただ、前より携帯を手にしている回数が増えたのがその理由だと思った。


「あー、何しようかのう」

校門を出てから取りあえず歩いているが、これでは帰宅ルートまっしぐら。
時間を見ても帰るにはまだ早く、帰った所でやる事がない。
それなら偶には行き当たりばったりバスの旅にでも出ようか、丁度バス停に止まっているバスが目に入り行き先も分からないそれに飛び乗る。
誰も座っていない一番後ろの座席に腰を落ち着け、流れる風景を目で追う。日の光が心地よく、眠気を誘われる。少しだけと瞼を閉じた。

「ここ、……どこじゃ」

降り立った場所は皆目見当もつかないバスターミナル。
眠りこける俺を起こしてくれた運転手にここの位置を聞いてみれば、まさかの県外という回答が返ってきた。――俺も、赤也を馬鹿にできんのう。
寝過ごし常習犯の後輩の顔を思い出した。
流石都内と言うだけあって少し歩けば、閑散としていた情景も繁華街に早変わり。制服姿の学生が多く歩っている所を見るとどこもテスト期間なんだろう。
人の波に誘われるまま足を進めた。

「……ッ、た……」
「ッ……」

予期せぬ後ろからの衝撃で、持っていた鞄を落とした。それに加えぶつかってきた相手はなにも言わず、そのまま横を通り過ぎ走り去っていった。

「――オイッ、あっちだ!!」
「――逃がすんじゃねえぞぉお!!」

落ちた鞄を拾う為腰を曲げていると何やら物騒な台詞が聞こえ、その直後数人の男が慌しく脇を通り過ぎていった。
――何なんじゃ。道行く人も何事だと振り返り一時騒然としたが、それもものの数分で収まり元の喧騒に戻った。
あんな奴等に追われる不運な奴を不憫に思うも、所詮自分には関係のない話。
出鼻を挫かれ些か気分は悪いが、気を取り直してウィンドーショッピングなるものを始めるかと止めていた足を動かす。
好みの店を見つけては出たり入ったりを繰り返し、店を冷やかしていた。ふらっと入ったセレクトショップでいい感じのジャケットを見つけ買おうか悩んだが、この間ガットを変えたばかりで金欠だったことを思いだし泣く泣く諦めた。
次は何処へ行こうか悩んだ末、遅めの昼食を取ろうと道すがらにあったコーヒーショップに向かうことにする。
ボーと道の端を歩いていると建物の陰から人が現れ、避ける間もなく正面衝突。――何なんじゃッ。肩を摩りながら相手を見れば、その横顔には見覚えがある。そしてこっちを見たそいつの顔にはもっと見覚えがあった。気付いたのは俺だけじゃなく早川も目を丸くし、多分驚いた表情をした。

「お、お前さんは……」
「――おいッ、いたかあ!!」

その表情もどこから聞こえた台詞によって一変させ、何だと思っている間に腕を取られる。

「――駄目だッ、いねえ!」
「――糞野郎ッ!! 何処行きやがった!!」

引っ張られるまま建物と建物の間に連れ込まれた。通りの方から怒鳴り声ともとれる男の声が聞こえた直後、前を行く早川が突然振り返り思わず声が出そうになった。目にも止らぬ速さで口を塞がれ、自分の口元に指を翳した早川に頷く。そのまま姿勢を低くし、早川の後ろから通りの様子を窺った。
男達は暫く周辺をうろつき、探し人を見つけられない鬱憤からか何かに蹴りを入れた様な殴りつけた様な音を響かせた後そこから居なくなった。
そして俺は限界を迎えている。酸欠で頭がくらくらしてきた。

「ッ……いい加減ッ…………ん?」

早川を押しのけ、酸素が如何に重要かを再認識していると、手に当たる妙な感触に疑問符が浮かんだ。
――何じゃ、このぺったりじゃけど妙に柔らかい感触は……。指を動かしながら、顔を上げ腕の先を見る。

「……え」
「…………離してくんない?」
「……え?」

――え、何じゃ。何で早川の胸が柔らかいんじゃ。
男の胸はもっと固いもので、柔らかさなど皆無だ。それが柔らかい、膨らみかけた肉まんの様なそれが意味するものは。

「お、お前さん……――女、か?」
「え、……ああ、そうだけど」

余りにもあっけらかんと答えられリアクションに困る。
ブン太より余程男みたいな面をしているくせに女だという早川に人類の不思議を垣間見た気がする。

「――じゃ、帰るから」
「え」
「変な事に巻き込んでゴメンね」

横を通り過ぎようとした早川の腕を掴んでいた。
もう会わないと思っていた相手と一日に二度も遭遇し、このまま、はいさよならなど出来ない。それでは面白くない。

「携帯……」
「あ?」
「携帯の番号教えんしゃい」
「……は?」

今度会う時は偶然ではなく必然にしたいと思った。
訝しげに俺を見る早川に自然と口端が上がる。

「全く無関係な俺を巻き込んで、はいさよならって、そりゃないじゃろ」
「…………」
「落とし前って言葉――知っとる?」


帰りのバスの中、思いの外簡単に手に入った早川の連絡先を指でなぞる。
まさかあのファミレスで会った奴が女だったとは、未だに信じられない。多分俺だけじゃない、他のメンバーも男だと思っている筈。
ブン太なんか結構気に入っている様子だったし、俺が早川の連絡先を知っていると言ったら何て言うだろうか。もし女だと教えたらどういう反応を示すのか。

「早川、……暁」

勿論、これは俺だけの秘密にする。
細く微笑んだ。



偶然と必然

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