疲れた。主に精神的に。
最近は心がマンツーマンで桜の勉強を見ていて、桜がどれ程数学ができないのか理解して無かった。
何年か前、一度だけ桜の勉強をみた時はコイツ阿保だ、と直ぐに心に返品した記憶がある。
その日から全く進歩した形跡がない。テストのたび連呼していたヤバいは、大袈裟でも何でもなく本気でヤバいんだと今分かった。
それにしてもあれで良く今まで進級できたと逆に関心すら覚える。むしろアレに勉強を教えていた心を尊敬する。私には無理だ。
だから見ず知らずの少年に声をかけられた時は正直有難いと思ったが、同時にこんな馬鹿の面倒を見させるのは申し訳ないと断ろうとした。
そう思っている間に桜は少年に話をつけ、少年の座るテーブルへ移動していた。しかもその少年の他にも何人も同席者が居るにも拘らず平然と座る桜は、図太い以外の何者でもない。
ストローに口をつけ、これから何をしようか考えていると向こうのテーブルに座る一人と目が合った。しかも一緒に座ろうとか誘われた。
赤の他人と同席するのは躊躇するが、桜一人では心配だった。数秒悩み、自分の感情より桜をとる。
店員に席を移動すると伝え、序でに白玉宇治抹茶ぱふぇを頼む。

「貴女も一年生でしたか、それは好都合です。こちらも一年生なんですよ」
「へー、そうなんですか。私、柳生さんって年上かと思っていました」
「いえ、私ではなく、――彼です」

桜の発言に苦笑いを浮かべた眼鏡が左隣に座る男子の肩に手を置いた。その男子の髪は何かを彷彿とさせるが思い出せない。
それより既に眼鏡の名前を当たり前の様に口にする桜に驚いた。――自己紹介早過ぎだろ、おい。

「――何か悪かったな」
「え?」

何のこと、と隣の赤髪の少年を見る。

「折角二人で居る所をさ、ヒロシが邪魔しちまってよ」
「……いや、こっちとしたらむしろ助かったと言うか……」
「あ、そうなのか?」
「それよりこっちこそ邪魔してゴメン」
「え、いや、別に俺達もそんなの気にしねえけどよ」

なあ、と少年は他の少年達に同意を求めると、褐色のいい少年と白髪の少年が頷いた。

「そう、……そしたらそれを代入して」
「え、と、ここにです、か?」
「はい。早川さんは呑み込みが早くて、教えるのが楽しいですね」
「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいです」

口に銜えたスプーンを落としそうになった。
――教えるのが、楽……だと。何を言ってるんだ少年。そしてお前は誰だ。
桜はえへへなんて言葉は使わない。げへへの間違いだろと、妹の外面の良さに舌を巻く。
アイスを掬い、スプーンを口に運ぶ。ああ、美味しい。抹茶ぱふぇの美味しさで、全ての事がどうでも良くなった。
桜の事は眼鏡の少年に任せ、私はこのパフェを堪能しよう。
白玉に抹茶アイスを絡ませ、口に運んでいると横から視線を感じる。一旦口元からスプーンを放すと、視線も離れた。
赤髪の眼はテーブルの上のパフェに釘付けだった。
スプーンにのった白玉を見て、考えた末それを少年に差し出す。

「はい」
「え?」
「使ったスプーンで悪いけど食べる?」

嫌なら新しいスプーン貰うけど、と言いかけた所で少年の手がスプーンを持つ私の手に覆い被さる。
普段なら自分の食べ物を分けるなんて行為しない所だが、桜がお世話になっていると言う負い目から仕方なくそうした。
そのまま少年の口の中へを吸い込まれる白玉を目で追っていると、パシャっと言う不可解な音が聞こえた。
桜が携帯を構えていた。

「……何やってんの」
「むしろ何で撮らないと思ったの?」

質問を質問で返した桜に溜息を吐く。撮った写真を見てにやつく桜を即刻視界から排除し、パフェの続きを堪能する。
残り一掬いを食べ終え、空になったグラスを端に置く。美味しかった。

「お前さんは勉強せんでもええんか」

甘い口の中をアイスティーで中和していると、隣の少年の陰から白髪の少年が顔を覗かせた。

「あー、……うん」

私は今週テスト期間だが、特別復習が必要な内容ではないし、というか教科書は学校の机の中だ。
桜は来週だと言っていたが、それなら何も今日此処に来なくともよかったのでは、とふと思った。

「うーん、どうしてだ……」

隣を見ると少年のペンが止まっていた。
お節介だと思われるかもしれないが横から指を出し、間違いを指摘する。

「ここ、マイナスに直してない。後ここも違う。家から駅まで何分って聞いてるから此処がプラスじゃなくてマイナス」

ペンが止まったままの少年に「ほら」と促せば、ハッとした表情をした後ノートに向かい始めた。
伝えた通り答えを直してく少年に、自分の教え方はなんら問題無いと桜の所為で失くしかけた自信が戻ってくる。心と眼鏡が異様に根気強いだけだ。

「じゃ、じゃあさ、ここの問題なんだけどよ……」
「ん、……ああそれは、さっきとは逆で」
「逆ってぇと、……こうか?」
「んー……、そう」

サッと少年が解いた問題に目を通したが所々凡ミスがある程度で基礎はなんら問題無さそうだ。桜とは雲泥の差だな。眼鏡の説明を聞きながら首を捻る桜を見て思った。
他のミスを指摘し、飲み物でも取りに行こうと腰を上げた所で不意に何か聞こえた。
ソファに座り直し耳を澄すと、それは私のリュックから発せられているモノだと気づく。ファスナーを開けば、それが携帯のバイブ音だと言う事は直ぐに察知した。嫌な予感しかしないのは何故だろう。
奥の方にあった携帯を手に取り確認すれば、予感的中の発信元は心だった。
非常に出たくない。出たくないが、出ると言う選択肢しかないのは知っている。

[もしも]
[オイッ暁、お前今何処にいるんだよッ!]
[どこって……]
[今日は卵が特売でお一人様一個だから真っすぐ帰って来いって言ったよなッ?]
[あー……言った……け]
[お前は幾ら電話かけても出ないし、桜も帰ってこないし、全くッ!!]

耳から携帯を放した所為で、周りに心の台詞が筒抜けなのはこの際仕方ない。
仕方なくないのは私と目を合わそうとしない桜だ。 
此処に来ることは心も了解済みだというから心に連絡はしなかった。嘘か。

[桜と一緒にいる]
[は、はぁあ!? お前等どこにッ]
[これから帰るから、その特売のスーパー教えて]
[……東口の出て右のスーパー]
[分かった]
[帰ってきたら覚えてろよ]

不吉な台詞を残し切れた携帯を暫く見下ろしていた。
もう笑うしかない。――私は完璧とばっちりだ。

「おい桜」
「違うの!! ちゃんと連絡しようとしたんだよッ、でも」
「サイレント、言い訳は帰ってから聞く、さっさと支度しろ」

手早く荷物を纏め、席を立つ。
状況が把握できてない少年達には申し訳ないが、説明するだけの猶予は無かった。何としても特売の卵をゲットしないと、心にどんな嫌がらせをされるか分かったもんじゃない。

「お、おい」
「今日はありがとう、お世話になりました」
「お前さん話をじゃな」
「キミも桜に勉強教えてくれて、凄い助かった」
「い、いえッですが」
「慌しくて申し訳ないけどもう帰ります」

立ち上がった桜を確認し、テーブルから二枚の伝票を掴む。

「これはこっちで払っておくから」
「えッ!」
「折角勉強していた所を邪魔したお詫びだと思って」
「ちょッ」
「じゃあ、またはもうないけど元気でね」

手を上げ、その場を後にする。
手早く会計を済ませ、外に出る。

「――お、おいッ!」

駅に向かって歩いていると肩を掴まれ呼びとめられた。
振り返れば、そこには赤髪と白髪がいた。ファミレスにいる時は何も感じなかったが、同い年ぐらいの少年が白髪と言うのは大分違和感があると今気付いた。苦労していると思われる少年に対し少し同情する。

「お前等ッ、歩くの、早過ぎッ」
「これ、忘れ物じゃきッ」

白髪の手に一枚の紙が握られており、それを見た桜があ、と声を出した。
有難うと言いながら受け取る桜を横目に、少年達を見る。

「態々有難う」
「こっちこそ奢ってもらって悪かったな、サンキュ」
「気にしないで」
「ありがとうなり」

会話もそこそこに、少年達に別れを告げる。

「じゃ、もう行くから」
「おう、……あ、お前名前は?」
「早川暁」
「俺は丸井ブン太、シクヨロ」
「仁王雅治じゃ」

何故か丸井と名乗った少年に握手を求められ、手を差し出せば力強く握られた。

「早川はまたはないって言ったけど、俺達はまた会うぜ」
「は?」
「だって俺がまた会いたいって思ったからな!!」

じゃあな、と背を向けた丸井と仁王の背中を目で追っていたが、そんなことしている場合ではないと再び足を動かす。
丸井には悪いけど、私達は二度と会わない。桜の付き添いで来ただけであって、家からも学校からも、私の活動範囲の大分外にあるここに来ることはもうない。
後ろを振り返り小さくなった二人の背中を見ていると、隣を歩く桜からむふふと気持ちの悪い声が聞こえる。

「これからの展開が楽しみだね、暁ちゃん!」
「意味分かんないこと言ってないで前見て歩け」
「うーん丸井さんみたいな可愛い人もいいけど、私的にはミステリアスチックな仁王さんが気になる所だねえ。キャラ的には跡部先輩も捨てがたい……いやでも……桑原さんも……――」

――また桜の病気が始まった。
自分の世界に入った桜にこれ以上何を言ってもしょうがない。桜から目を逸らし真っすぐ前を見る。



トラブルメーカーは妹

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