来週は待ちに待ってない中間テスト。
英語がヤバいと赤也に泣きつかれ、俺は数学がヤバいとヒロシに泣きついた。赤点でも取ろうものなら真田の鉄拳と言う名の拳骨が脳天にお見舞いされ、それも幸村君の絶対零度というスマイルのオマケ付き。考えただけでも身震いする。
それは何としても回避せねばと、テスト前で部活動が無いことを見越してファミレスで勉強会をしようと提案した。
始めは渋っていたヒロシも赤也の成績を目の当たりにすれば首を縦に振らざるを得なかったらしい。流石万年赤点男切原赤也。俺より悲惨だった。

「うがーッ、マジもう無理」

そして一番に根を上げたのも赤也だった。もう駄目だとぶつぶつ呪詛の様に呟いている。気が散る。

「うっせよ赤也」
「うう、でもマジ無理なんすよ丸井先輩ぃい!!」
「鉄拳コースが見えてきたのう赤也」
「不吉な事言わないで下さいよッ仁王先輩!」
「プリッ」

それに仁王の奴は教科書すら開いてない。今も赤也にちょっかい出してヒロシに注意されてるし――コイツマジで何しに来たんだよぃ。
ストローに口をつけ、中身を飲み干す。気分転換がてらドリンクバーに飲み物でも取りに行こう。
テーブルの端から空のグラスが滑ってきたかと思えば仁王がジャッカルの陰から顔を覗かせ、飲み物の催促をしてきやがった。しょうがねえなの一言で持ってきてやる俺は寛大すぎる。
グラスに並々注いだジュースを溢さないよう慎重に席まで運んでいる途中、入口で店員と向かい合う客の姿が目に入った。――氷帝の、制服……か? 
何故か隣に席を移した仁王にグラスを渡しながらチラと入口の方を見れば氷帝生がこっちに向かって歩いている。横を通り過ぎ、斜向かいのテーブルに座った。
何で氷帝生がこんなところに居るのか気になりちらちら見ていれば脇を小突かれた。

「何だよッ!」
「集中力散漫じゃのう」

ニヤニヤする仁王の脇腹を抓り返せばワザとらしく痛がり、煩いのは仁王だけなのに俺までヒロシに怒られた。――尻尾マジ切りてえ。
それになんでジャッカルが隣じゃないんだよぃ。
仕切り直して勉強を再開しようにも仁王の存在が邪魔で頭に入らない。横から口も出し、しかも説明が的を得ているだけに無性に腹が立つ。

「あッ! 暁ちゃんッこっちこっち!!」

静かな店内には女の声が良く響いた。
うるせえなと教科書から顔を上げれば、さっきの氷帝生がすっげえ笑顔ではち切れんばかりに手を振っている。俺だけじゃなく、他の奴も気が削がれた様に氷帝生へ視線を向けていた。

「桜煩い」

溜息交じりに聞こえたその台詞の直後、私服姿の男が俺達のテーブルの横を通り過ぎ、あの氷帝生のテーブルに着いた。
後ろ姿しか見えなかったけど、高くの低くもない声からして多分俺等と変わらない年だ。

「もう、暁ちゃん遅い! 何やってたの、と言うか何買ってきたの?」
「…………」
「本当に!? それ絶対フラグだよ!!」
「…………」
「えッ、べべ別に喜んでなんかないよ! 暁ちゃんと乳繰り合う場面なんて想像してないからね!」

――なんつう会話してんだよ。男の声は小さすぎて聞こえなかったが、思った事は同じか女の頭を引っ叩いていた。
そして俺達のテーブル上は微妙な空気が流れている。赤也だけは意味が分からないのか「ちちくりってなんすか」とヒロシに迫っている。阿保だ。
それに男が注意したのか女は声のトーンを落とし二人の会話は全く聞こえなくなり、店の中に静けさが戻った。
勉強を再開する俺の横では、相変わらず何をするでもない仁王がボケっとしている。

「テスト勉強かのう」
「は?」
「アイツ等もテスト勉強しとるんかのう」

――テスト勉強してんのは俺等だろ。何言ってんだコイツ。
眉を潜め仁王の視線の先を辿ると、あのテーブルに行き着いた。
こっちに背を向けて座っていた男は、いつの間にか女の隣に移動している。
男は頬杖をつきながら面倒臭そうな、ダルそうな表情でテーブルに開かれて置いてある本を指さしては何か言っている風に見える。

「そうなんじゃね」
「なんで氷帝のお嬢様がこんなところにおるんじゃろう」
「ンなの知るか。てか仁王うるせえよ」
「むーブンちゃん酷いぜよ」
「うるッ……、……わりぃ」

ヒロシの眼鏡が妖しく光ったのを見逃さず、声のボリュームを落とす。
取りあえず仁王の頭に一発お見舞いし、勉強に戻る。
ワザとらしく痛い痛いと言っていた仁王もほっておけば静かになった。
それから暫しの勉強タイムを満喫したと思ったけど、携帯を確認すればまだ三十分しか経ってなかった。なんて恐ろしい勉強マジック。
仁王の奴は寝てるし、赤也の奴は――なんか机に突っ伏し悶えていた。

「……ヒロシ、赤也の奴何やってんだ?」
「ええ、頭がパンクしたようです」
「……ああ」

元々容量がそんなに多くない所に一気に詰め込めばそうなるわな。南無赤也。赤也に向かって合掌する。

「暁ちゃ゛ぁあん゛!! 見捨てないでえッ!!」

聞き覚えのある声に目を開ければ、さっきの女が男に縋りついていた。
机に突っ伏していた仁王も赤也も興味津々といった様子でいつの間にか向こうを見ている。

「駄目な所ちゃ゛んと治すからあ゛!!」
「だからッ」
「わだぢこのままじゃ、――馬鹿のレッテル貼られち゛ゃうよぉお゛!!」

――ああ、アイツも大変なんだな。男に同情する。

「馬鹿のレッ、テ……ル」

何故か赤也までこの世の終わりの様な顔をした。心配すんな、お前は既に馬鹿だと認識されてるぜ。
面倒臭そうな表情とは裏腹に教科書を指差し、説明かなんかを始めた男は意外に面倒見が良いらしい。
そして俺達は何故か静かに勉強を再開した二人を見守っている。ヒロシすら見てるのには驚いたけど。
不意に男が顔を上げた。

「――お前、小学校からやり直せ」
「いや゛ぁあああ!!」

頭を抱え絶望に打ちひしがれる女とそれを冷めた目で見る男。何と言う温度差。
目前では赤也も頭を抱えている。

「あの、もし宜しかったら勉強みましょうか?」

そうそう、そういうのはヒロシの方が適任だな。……ん?

「ンなッ!」

いつの間にか向こうのテーブルの脇にヒロシが立っていた。

「私達もテスト勉強をしているのですが、貴方方もそうですよね?」
「え、あ……、まあ……」
「でしたらこちらで一緒にやりませんか?」
「え……いや……」

明らか男は乗り気じゃないのに、しつこく誘うヒロシに呆れる。

「教えてください!!」
「え?」

呼び戻そうと声をかける前に何故かそのヒロシの横に女の方が立っていた。めちゃくちゃ乗り気なんですけど。
女はヒロシの隣に座り、礼儀正しくお邪魔しますと俺達に向かって頭を下げた。条件反射で「おう」なんて返事を返していた。
向こうのテーブルには変わらず男が座っている。

「お前も来れば?」

男と目が合い、思わず誘っていた。

「まだ座れるスペースあるし」

仁王を奥にやり、一人分のスペースがあることを見せる。
それでも黙ったままの男は、通りかかった店員を呼びとめた。二言三言言葉を交わしたかと思えば、荷物を手にこっちにきた。

「……お邪魔します」
「おう」

男の顔を見上げる。
ニコリともしない男の第一印象は、なんて不愛想な奴、だ。



let's勉強!

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