「……――う、ふ、ふふーッ」

五メートル前方では桜が気持ち悪い掛け声と共に気持ち悪い程切れのあるステップを踏んでいる。
時折擦れ違う通行人から変人でも見るような視線を送られているが本人にそんなの関係無いらしい。

「あぁ、愛しの金様……、早くその美しいお姿をじっくり堪能したいわ」

公道の真ん中で立ち止まり、歪に膨らむバックを愛おしそうに抱えるその姿に溜息以外何が出ようか。
足早にその横を通り過ぎ、擦れ違いざまに見えた桜の横顔は想像を遥かに超え破綻していた。口端がヒクつく。

「あッ、もう暁ちゃん先行かないでよ!」
「無視した対象物が話しかけるな」
「意味分かんないこと言ってないで、……あそこ入ろ?」
「ッおわ、あぶっ……な」

後ろへ思いっきり引っ張られ足が縺れたが、咄嗟に右足で踏ん張りが利き、道のど真ん中での転倒は回避できた。
その原因を作った当の本人はと言うと、悪気を微塵も感じさせない笑顔で通り過ぎたばかりのファミレスを指差している。
手首を掴んでいた桜の手が腕に絡む。どうせ始めから私に拒否権などない。
――つくづく妹には甘い。自嘲気に溜息を吐けば、それを了承と取ったのか桜が私の腕を引っ張り元来た道を戻り始めた。

「今日付き合ってくれたお礼に私が奢るね!」
「そりゃどうも」

学校帰りに神奈川まで連れてこられた代償にしたら安い。それにしてもたかが人形一つで県を跨ぐ桜には、開いた口が塞がらない。
桜に先導されるまま道を歩いていると対向から来た人と肩が接触した。
頭を下げ前を向こうとした時、スポーツショップの看板が視界の端に見えた。

「桜、先入ってな」
「え?」
「ちょっとあの店行ってくる」

腕を拘束している桜の手を解き、車の往来を確認する。

「ちゃんと行くから、そんな顔するな」
「……うん」

私がそのまま帰るとでも思っているのか、どこか煮え切らない桜の表情に苦笑い。心ならいず知らず、桜にはそんなことできる筈もない。
不安を払拭する様に桜の頭を一撫でし、車が切れるのを見計らい道路を横断する。
桜がファミレスに入ったのを見届け、自らも店の中へ足を踏み入れる。
入口を入った少し先で立ち止まり、店内を見回す。左奥に目的の売り場を見つけ、足を進める。

「ッ……」
「むっ」

通りかかった所にあったスパイクの陳列棚に意識を取られながら歩いて居れば、誰かにぶつかりその反動で己の鞄が陳列棚に並んでいた商品を薙ぎ倒していた。

「すまん、大丈夫か」
「いや、余所見していてすみませんでした」

謝りながら腰を折り、床に散らばる商品を拾う。
残り一つに手を伸ばせば、己の手が届くより先に視界の端から伸びてきた誰かの手がそれを拾ってくれた。

「……どうも」
「いや、こちらの不注意で落とした様なものだ」

商品を拾い、更に陳列し直してくれた少年に頭を下げる。
では、と背を向けた少年二人組の背中を見送り、先程まで意識を囚われていたスパイクへと視線を戻す。
気になるスパイクが数足あるが、流石にフィッティングする程時間に余裕も無く溜息一つでその場を後にする。
――一人で来た時ゆっくりみよう。
目的の売り場に着き、直ぐに目当ての物を見つけられた。使っているメーカーの物を一缶取り、不意に今だけお買い得価格と言うフレーズを視界に入れてしまいもう一缶手に取ってしまった。
さあ会計だと方向転換しようとしたが、売り場が売り場だけにどうしても無視できなかった。自分の意思に反して勝手に足がそこへ向かう。
無意識に赤いフレームのラケットに手を伸ばしていた。良く見ればそれは失くしたラケットと同シリーズのモノだと気づいた。
失くして一カ月以上経っているし、もう戻ってこないとは思うが大分使い勝手が良かっただけに諦めがつかないでいる。
念の為スポーツクラブに電話をかけたが、届いてないと言われ凹んだ。
そろそろ諦めて新しいのを買えよ、という助言なのだろうか。フレームを撫でながら、溜息をついた。

「ウエイト295g、ヘッド98in. 、ストリングパターン18/20、グリップサイズはさしずめ2と言ったところだろう」
「…………」
「独特の食いつき感を生みだす柔らかいフレームは良くしなり、プレイヤーのテクニックを最大限に生かす。シリーズ上もっともアグレッシブであり、究極のオールラウンダー用ラケット」

――何なんださっきから。ラケットから手を除けながら、要らない蘊蓄を垂れ流す隣の客へと視線を向ける。
向こうも同じタイミングでこっちを見たかと思えば、さっきの少年だった。

「だが己のテクニックに余程の自信がないと宝の持ち腐れだな」

自意識過剰と蔑まされるだろうが、自分の強みを最大限生かしてくれるラケット位把握している。それを宝の持ち腐れと言われれば腹も立つ。
少年を睨みつけ、背を向けようとした。

「果してお前はただのミーハーか、それとも――類稀なテニスセンスの持ち主か」
「…………」
「非常に興味深い所だな、弦一郎」
「うむ」

薄く目蓋を開いた少年の瞳が妖しく光った気がした。
少年の手にはいつの間にか開かれたノートが収まっている。

「さっきから何言ってんの、煩いんだけど」
「そうか、それは失礼した。だがそれ程のラケットを見ていたのが俺と然程変わらない学生だということに興味を引かれたのだ」
「……阿保らしい。ラケットだけで選手の力量など計れる訳ないだろ」
「ふむ、やはり経験者か。それも相当打ち込んでるとみる」

――人の話聞いてねえよコイツ。しかもノートに何か書き込んでいるし、なんか怖い。
これ以上少年に関わるのは賢明ではないと判断し、足早に売り場を離れる。
前から思っていたが、日本に帰ってきてから変なのに絡まれる頻度が上がった気がする。厄払いでも行くべきか。
そんな事を悶々と考えながら会計をすませ、商品の入った袋をリュックに入れながら店を出る。
自動ドアを出てすぐ脇に少年がいたのは想定外だった。一瞬ギョッとしたが、気付かないふりをし来た時同様車の往来を確認する。

「お前の名が知りたい」

中々切れない車の流れにイラつく。そして当たり前の様に隣にいる少年に舌打ちする。

「人に名前聞く前に自己紹介するって学校で習わなかった?」

若干上にある顔を見上げる。少年の見えているのか見えてないのか分からない目蓋がまた開き、口元が緩く弧を描いた。

「それは失礼――俺は立海大付属中学二年、柳蓮二だ」
「同じく真田弦一郎だ」

本当に自己紹介したよこの二人。思い描いていた反応と大分違う二人の態度に目を丸くする。
しかも今度はお前の番だろうとばかりに凝視する二人の視線が突き刺さる。

「……早川……、心」

糞真面目に名前など語る訳も無く、どうせまたは無いのだから適当に名乗った。私の名前を復唱する少年に些か良心が痛むが仕方ない。
車道いっぱいまで体を乗り出し、左右確認をする。繋がっていた車の流れもきれ始め、車一台を見送り足を踏み出す。

「おい! ここは歩道ではッ」

少年の注意など聞こえないふりをし、車道を渡る。

「――早川心、また会おう」
「断る」
「……楽しみだ」

帰ったら絶対厄払いに行こう。



少年AB

back
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -