自販機の前に立ち、顎に手を当てる。本当は炭酸飲料が飲みたい所だが、あの場でプシュと蓋を開けるのも如何なものか。
迷う指に喝を入れ、無難にスポーツドリンクを購入する。
青いパッケージのペッドボトルを受け口から取り出し、もと来た道を戻る。
「はい」
「ありがとう。……あ、お金」
「いらない、……ん」
財布を取り出す手を阻み、代わりにペットボトルを握らせる。
手に持ったのを確認し、すこし離れた所に腰を落ち着ける。
キャップを外しながらチラと隣を見るが、ボトルを持ったまま動かない少年に溜息が出そうになった。
ボトルを傾け、自分が思っていたより咽喉が渇いていたのだと実感する。
半分ほど飲み終え、キャップを閉める。またチラと見れば、少年はもどかしそうにキャップを回している。その姿にピンときた。
飲まないのではなく、――飲めないんだ、と。
「す、すまない」
「いや、気付かなかったこっちが悪かった」
少年のペットボトルに手を伸ばし、キャップを開け少年にまた手渡した。落とさないかを確かめ、つめた距離を元に戻す。
静寂を保つフロアーにボトルのフィルムが擦れる音だけが響いている。
お互い何も話さないまま、時間だけが過ぎていく。多分三十分は経った筈。
少年は相変わらず顔を伏せたままだが、容体も大分安定している様で一安心だ。
これならそろそろ帰っても問題ないだろうと、残りを飲み干しリュックを背負う。
「……じゃ、帰るね……」
「……え、あ……」
「え、と……お大事、に……」
無言で帰るのもあれかと、声をかければハッと顔を上げた少年に言葉が詰る。
まるでまだ帰らないでと言ってる様なその表情にギクと身体が強張った。
いや、駄目だ。私がこの少年に出来る事など何もないと自分に言い聞かせ、顔を逸らしながら自然な感じでその場を離れようとした。
「…………」
「…………」
さっきと同じように服の端を掴まれる。
弱弱しく服を握るその手は振り解けば簡単に離れるだろう。だがそんな事出来る筈がないのは自分が良く分かっている。ああ、私も甘い。
溜息を一つし、少年を見下ろせば少年の肩が微かに跳ねたのが見えた。
「……あ、いや、この溜息はキミの所為とかじゃない、から……」
「……うん」
そして暫しの沈黙が落ちる。
少年がまだ服を掴んだままなのが気になり、その手を外し少年の横に腰掛ける。
多分こっちから話を切り出さないとずっとこのままだろうと思った。
本当はこういう状況下ではあまり、というか全く私は適任ではない。むしろ心の専売特許だ。
だからこれは私のエゴだ。
「……話しなら聞くけど」
「え……」
「赤の他人の方が話しやすい事もあるんじゃないの?」
「…………」
話しづらそうに開閉を繰り返す少年を黙って見守る。
「お、れ」
「…………」
「……俺、本当は――怖いんだ」
「…………」
「怖くて怖くて逃げだしたい」
苦しげに吐き出した少年の言葉に瞬間心がざわつく。
「何をしていても病気の事ばかり浮かんで、あんなに大好きだったテニスにさえ集中できない」
「…………」
「誰かに相談したかったッ、でも弱い俺は見せたく、な……い」
「…………」
「先、生は、結果が出るまでは分からないって言って、た……だけどッ」
「…………」
「身体がッおかしいんだ……、あの日から身体が言う事を聞かないッ」
そう言って顔を押さえた少年を見る。
「来年には立海の三連覇だってかかっている、……全てこれからなのにッ……」
「…………」
「どうしてッ」
「……なら逃げれば?」
「え?」
顔を上げた少年と眼が合う。
この少年と自分自身が重なって見えた。
「全部放り出して、――逃げれば?」
「な、に、言ってッ」
「そうすれば苦しみから解放されるよ」
そうだ。だから私は逃げた。全てを無に返した。全てなかった事にした。
それが心を守る――最善の策だと思ったから。
「…………」
「その無言の意味は、逃げたくないって意思表示?」
「……ッ」
「なら自分が信じる道を行けよ」
「……さ、い……」
面白い。さっきまで精気が感じられなかった少年の瞳に少しずつ輝きが戻ってきた気がした。
多分始めから分かっていた。この少年と自分は違う、と。
「それともまだ怖いの? ボク……ッ」
空のペットボトルが床に落ちた。
胸倉を掴まれたまま私を見下ろす少年を仰ぎ見る。
少年の目から流れ落ちた涙が私の頬をうった。
「ぅ……るさ、い……」
「…………」
「ッ、……ふぅっ、ぅ……」
止め処なく流れ落ちる少年の涙が顔を濡らす。
胸倉を掴む手が緩み、少年はそのまま項垂れるように床に座り込み私の脚に縋り嗚咽を漏らす。
嗾けたのは自分だが、泣かれるのは本意ではない。
膝元で揺れる頭を軽く撫でる。緩くウエーブがかった柔らかい髪が掌を擽った。
「こんなになるまで溜めこんでさ、何で周りに相談しなかったの」
「…………」
無言で首を横に振る少年に小さく溜息を吐く。
それに膝辺りが心なしか冷たい。
「周りの人だって気付いてるよ、きっと」
「……部、長だか、ら……」
「だから? 部長は弱音吐いちゃいけないって決まり事でもあるの?」
「…………」
「はあ、だんまりかよ」
少年の気持ちも分からなくもないだけに、どう相手をしたらいいのか。
時々傍を通りすがる人達には変な目で見られるし、――散々だ。天井を仰ぐ。
「……取りあえず、ここ座れば?」
「…………」
反応の無い少年を膝から無理矢理剥がし、そのまま両腕を引っ張り隣に座らせる。
床に転がる少年のペットボトルを広い、キャップを開け手渡す。
手が一瞬迷う素振りを見せたが、素直に受け取り口をつけてくれた。
少年と私back