十月も半ばに差し掛かり、長かった夏が終わりを迎えた。
秋の風が肌を撫で、パーカーのファスナーを上まで引っ張る。
歩く足が異常に重い。行きたくない。だけど行かないと言う選択肢など存在し無く、夕飯の為だと自分に言い聞かせる。
見えてきた白い建物に溜息が出た。


クラスメイトも東条君も、浅倉も何も変わらない日々が続いている。
ただどういう心境の変化なのかクラスメイト達は全くの無視とまではいかなく、必要があれば話しかけられる事も暫しある。
浅倉は宣言通りせっせと私に話しかけてくる。もう言っても無駄なのを辛くも悟り、浅倉が諦めるのを気長に待つことにした。
とうに九月も過ぎた頃すっかり忘れていたカットモデルの件を書類の発見と共に思い出し、運良く掴った母さんにサインを貰い、その足であの美容室に向かった。目深に被った帽子のお陰か、母さんに傷を指摘される事はなく一安心。
忙しそうな店内の様子に日を改めようかと悩んでいると、お客さんを相手にしていた店長がこちらに気づいた。書類が遅くなった事を謝り、帰ろうとしたが店長はちょっと待っててと言葉を残しお客さんの元に戻ってしまった。流石にそれで帰るのはどうかと思い、邪魔にならない端の方で店長を待つこと数十分。戻って来た店長は徐に私の腕は掴んだかと思えばそのまま店の中を進んだ。一番奥の席に誘われ、言われるまま席に着いた。
もしかして遅れた事を叱られるのかと構えたが、店長は私の被っていた帽子を取り髪を弄り出した。鏡に映る自分の姿にヤバいと瞬時に顔を背けたが、既に遅く、椅子がくるりと回った。
腰を屈めどうしたの、と慌てる店長に申し訳なくなった。顔が映るか分からないが、モデルを引き受けておきながら喧嘩をし、挙句怪我をした自分はホントどうしようもないと思った。やっぱりモデルは他の人にお願いして下さいと言いかけた所で、大丈夫、痛くない、と心配そうに声をかけてくる店長に小さな声で謝った。
撮影までまだ時間はあるし、もしもの時は化粧で誤魔化せられるからとモデルの件は継続された。


「――……うん、問題ないですね。傷も綺麗に治っているし、腹部と背中に見られた内出血の跡も無くなってる」
「…………」
「どこか違和感を感じる箇所はありますか?」
「……いいえ」

何回か診察を受けているが、毎回同じ医者なのは何故なのか。この病院は深刻な医者不足とみた。

「頭はどうですか? 痛くなったりしませんか?」
「……いいえ」
「そうですか……」

素っ気なく答える私に口調も表情も崩ずさない医者を見て、流石だと関心すら覚えた。

「……でしたらもう、通院の必要はないですね」

カルテにペンを走らせながらそう言った医者に内心ガッツポーズ。
渡されたカルテを手に看護婦さんが退出したのを眼で追い、ならば自分も帰ろうと腰を上げる。こんな場所長居は無用だ。

「配慮に欠けた質問をしてしまって済みませんでした」

扉に伸ばした手がピクリと一瞬反応したが、そのまま扉を横にスライドさせる。

「――もし相談したい事があるのなら、いつでも来て下さいね」

後ろ手で扉を閉め、足早にそこを後にする。一刻も早くこの場になどいたくなかった。
早くここを出ないと。焦る気持ちが脚を突き動かしていたが、ふと通路の真ん中で歩みを止める。
何故誰もほっておいてくれない。
いつ私が相談したいと言った。友達になってくれと言った。誰が――助けてくれと言った。
見えないよう眼を逸らし、聞かないよう耳を塞いできた。そうやって自分を守ってきた。
それなのに何故。
世界が崩壊する音が遠くで聞こえる。全てが――狂っていく気がした。

「あッ」
「ッ……」

突然の背中の衝撃に思考が一瞬にして飛び、すぐさま通路で立ち止まっていた自分は如何に邪魔な存在だったかを恥じた。
謝ろうと慌てて後ろを振り返れば、その人は顔を押さえ今にも倒れそうな程足元は覚束なかった。咄嗟に手が伸びる。

「だ、大丈夫ですかッ」
「……う、ん……大丈夫だか、ら」

馬鹿な事を言ったと後で思った。ここは病院で、大丈夫な人がいる筈がないのだ。
息も絶え絶えのその子を一時的に床に座らせる。
苦しげに顔を歪めるその子の背中を撫で、自分が何をしてしまったのか罪悪感を持たずにはいられなかった。

「せ、先生呼んで、ッ」

このままではどうしようも出来ない。病院なのだから医者を呼んで来ようと腰を上げたが、服を引っ張る手が行く手を阻んだ。

「ダ、メ……先、生は、呼ば、ない……で」
「でもッ」

服を握る手を緩めないその子に戸惑っていると、少し先の通路を横切る人影が見えた。
声をかけようと口を開きかけた所で、服の引きがいっそう強くなる。
見下ろせば泣きそうな顔でお願いと悲願され、口を閉ざすしかなかった。
だからと言ってこのまま床に座らせておくのもどうかと思い、途中で見た待合スペースへ移動しようと思い立ち、背中を支えながらその子を立たせる。
横たわっているテニスバッグを肩にかけ、その子と共にゆっくり脚を進める。



夏の終わり

back
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -