今日も今日とて朝から部活動に励んだ。いつまで経っても早起きするのは辛いけど、大好きなテニスをする為だと思えば苦にならない。
程良く汗もかいた所で時計を見れば、そろそろ時間だった。
手早く着替えを済まし、数人の部活仲間と雑談を交えながら校舎を歩く。己のクラスに差し掛かり、またな、と別れの言葉を告げ教室に入る。
はよ、といつもの様に誰にともなく挨拶したけど、誰一人聞こえなかったのか返事は返ってこない。しかも普段なら煩い程の教室内が今日に限っては不自然すぎる位静かだ。
何なんだ、と怪訝に思いながら自分の席を目指す。鞄を机に置き、ふと自分の後ろの席に誰か座っている事に初めて気がついた。
――早川来たのか。
机にうつ伏せになっている早川を見て、転入初日の彼を思い出し少し笑った。

唯でさえ遭遇率が限りなく低い転入生が自分のクラスに入ってくるだけでもテンションが上がると言うのに、その転入生が海外から来ると聞かされた時はテンション爆上がりだった。
どんな奴だろうと期待に胸ふくらませその時を待っていれば、入ってきたのは何でもない俺達と同じ日本人の男だった。
能面の様な無表情が張り付いた顔はそれなりに整っていたが小さい声といい長い前髪といい、どことなく暗い印象を受けた。でもそんな事で避ける様な人間などこのクラスには居なく、ただ単に転入生が珍しいのもあるけど、ホームルームと一限目間の休み時間には早川を囲んで質問合戦をしていた。早川曰く妹は変らしいけど、どう変なのか凄く気になった。
そうこうしてる内に一限目のチャイムが鳴り、授業が始まった。
頭を出たり入ったりする数字の羅列に降参の白旗を掲げた所で終了のチャイムが鳴り一安心したのは言うまでもない。今から中間が不安でしょうがない。
次は英語だから帰国子女の早川には退屈な授業になるだろうなと思いながら振り返れば、早川は机に突っ伏し微動だにしなかった。東条が何か意味ありげな眼で早川を見ていたが、俺がそれを見ていた事に気がついたのか東条は何でもない素振りで視線を逸らした。
それにしても転入早々居眠りなんて、見た目に寄らず図太い神経してるんだなと感心した。
話したくうずうずしているクラスの奴等を余所に、早川は延々と眠り続けた。正に延々と、帰りのホームルームになっても起きる事は無かった。流石に昼前辺りから大丈夫かコイツ、と心配し始めたけど先生がそのままでと言うモノだから誰も起さなかった。だからその後早川がどうしたのかは知らない。

そして翌日いつもの様に朝練を終え、ホームルームが始まるまで下らない話で盛り上がっていると、ふいに後ろの入口から入ってきた生徒に眼がいった。しかもそいつは迷うことなく俺の後ろ、早川の席に座った。
綺麗にセットされた髪はどこぞの俳優の様で、まさか髪形一つで人の印象がこんなに変わるなど初めての体験だった。整っていると思っていた顔がより引きたてられ、驚いたと言う言葉以外見当たらなかった。
しかもそんな早川と普通に会話する東条にまた驚き、早川が手渡した本の表紙を見て何となくその理由が分かった。
色めき立つ女子達など眼中にないのか、昨日とはうって変わり真面目に授業を受ける早川をちらちら見ていた。初めての移動教室を体験する早川を誰よりも早く誘った。如何に藤宮の授業が恐ろしいのかを説明し、分かったのか分からないのか曖昧な返事をして早川は美術室に入って行った。珍しくチャイムが鳴る前からいた藤宮に驚きを隠せず、さっきの会話を聞かれなかったかと内心バックバクだった。
その恐れ多い藤宮が挨拶したと言うのにあろう事か早川は何も言わず、寧ろ無視するように一番後ろの机に行ってしまった。何やってんだあの馬鹿、と藤宮の動向を恐る恐る窺うと別段変った様子はなく拍子抜けだった。弧を描く口と眼鏡の奥で笑ってない眼に悪寒が走った位だ。
度々早川に対し何か話している素振りをみせる藤宮に、腐っても教師なんだと少し感心した。
授業も滞りなく進み、チャイムがなり待ちに待った昼ご飯は早川を誘うと心に決めていた。なのに早川はチャイムが鳴ったと同時にこっちが声をかける隙も与えず美術室を飛び出して行ってしまった。トイレかとその時は思い、教室に戻ったら誘おうと決めた。
早川は、帰りのホームルームが終わっても戻ってくる事は無かった。
リュックはまだあるし、どうしたんだろうと心配になったが、放課後職員室に呼ばれている事もあってどうすることもできなかった。
用事を済ませ教室に戻ってくれば、数人が残っているだけで閑散としていた。しかもあったはずの早川のリュックも無くなっている事に気づき、残ってる奴に尋ねればさっき出て行ったと返ってきた。今行けば間に合うかもしれないと、廊下を走り階段を駆け下り下駄箱を目指す。角に差し掛かった所で、窓から早川の横顔か見え、声をかけようと思った。

「お、……い」

まさか藤宮もそこにいるとを夢にも思わず、そのまま後ろに隠れた。
自分の居る場所からは二人の会話が良く聞こえなかった。見えるのは早川の背中と藤宮の凶悪な笑顔だ。出て行くに出て行けずどうするか悩んでいると、ふいに藤宮の笑い声が廊下に響き顔を出した。そこに早川の姿は既になく、運悪く藤宮とバッチリ眼が合ってしまい声が漏れてしまった。

「部長が遅刻ったあ、弛んでんじゃねえか」
「……違いますよ。ちょっと職員室に用があったんです」
「へえ、何やらかしたんだよ浅倉」
「別に、……ちょっとしたことですよ」

言った後でマズッたと藤宮の反応を恐る恐る待ったが、そうかよだけ言って藤宮は俺の横を通り過ぎた。
ホッと一息つき、足早に下駄箱に向かい、自分の靴を取り出す。ふと早川の所を開くと、案の定上履きが入っていた。
扉を閉めながら、明日も会えるんだし、まいっか、と己を納得させ昇降口を後にした。

翌日も翌々日も、その次の日も早川は学校に来なかった。先生が言うにはちょっと事故に遭い、出てくるのは来週だといった。
転入早々事故に遭った早川の運の悪さを心配したのも束の間、クラス内にある噂が流れた。早川が喧嘩をしていた、と。深手を負って出て来れないとまで言っているのを聞いた。
誰かが隣町で不良っぽい奴に絡まれる早川を見たとか、血まみれの早川が歩いていただの。しかも同時期に回ってきた噂によって、早川の喧嘩で怪我説に拍車がかかった。しかもそれはクラスに留まらず学年、果ては学校全部に回っていた。
いい加減うんざりした頃、東条がふと漏らした一言によってクラス内での噂はパタリと止まった。

チャイムが鳴り、先生が入ってきたにも拘らず早川はピクリとも動かない。寝ている早川をチラと盗み見るが、別段怪我をしている様子は皆無だ。もしかしたらジャージの下は包帯だらけなのかもしれないけど、何処を見てもギブス等してる様子は無く、やっぱりあの噂はただの噂だった。軽傷だったけど大事をとって休んでいたのだと思った。
もぞと動いた早川が徐に頭を上げ、挨拶でもしようと口を開いたまま俺は固まった。

「……え? ちょ、おま、ど、――どうしたんだよッ、それ!」

見るも無残な早川を前に今がホームルームの時間だと言う事など頭からすっぱ抜けていた。



季節外れの転入生

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