上半身を起こし、枕元で丸くなるシロを見下ろす。気持ち良さそうに眠りこけるシロの頭を一撫でしながら時計に目を向ければ、針が正午を指し示す所だった。一欠伸し、昼ご飯にしようとベッドから足を下ろした時、床に落ちていた携帯が振動した。ディスプレイには桜の名前が表示されている。

[もしも]
[暁ちゃぁあんッ、どうしよう!!]
[は? どうし]
[忘れ物した!!]
[……それで?]
[お願いッ、持ってきてください!!]

詳しく聞けば、必死扱いてやった数学の宿題を机の上に忘れたらしい。あの数字を見ただけで拒絶反応を起こす桜が数学の宿題をしたなんて、天変地異の前触れかもしれない。
家にいても暇だし、届けると言えば大袈裟すぎる程の感謝の嵐だった。煩い。
切れた携帯をポケットに突っ込み、桜の部屋へ向かう。机の上に載っていたプリントを手に取り、内容を確認すれば桜の言っていた数学の問題だった。もの凄く悩んだ形跡は残っていたが、まるで答えが違うそれをみて溜息が出た。適当なファイルにプリントを入れ、部屋を後にする。
着の身着のまま必要な所持品だけ持ち、家を出る。流石にティーシャツだと露出している肌が痛ましいからジャージを羽織った。まあ、それ以上に顔が痣だらけ切り傷だらけ、オマケに眼帯をしているものだから擦れ違う通行人には恐ろしいものを見る眼で見られた。
久々に浴びる太陽の光に眼を細め、少し足を速める。
高い塀がそびえ立つ道に差し掛かり、目的地は目の前だ。一度だけ来たことのある門の前に辿り着き、携帯を取り出し電話をかける。門の向こうでは、生徒の姿がチラホラあり、まだ昼休みだと窺える。
――にしても桜の奴、何やってんだ。
一向に電話に出ない桜に軽く舌打ちする。電話を切り、しょうがないと門の横に設置されている警備員室に近づく。

「……すみません」
「……何ですか?」
「これ」

持ってきたプリントを差し出す。警備員は怪訝そうな表情を浮かべプリントと私の顔を交互に見比べた。

「妹の忘れ物届けにきました」
「…………」
「渡してもらっていいですか」

プリントを預けて、さっさと帰ろう。ズキズキ痛みだした背中に、顔を背け眼を瞑る。
差し出すプリントを受け取らない警備員を不思議に思い、首を捻れば居なかった。正確には机に向かって何かしている。
早くしてくれないかと脚を鳴らそうとした所、不意に顔を上げた警備員が何か差し出した。思わずそれを受け取ってしまった。

「首から下げて、帰る時にまた渡して下さいね」
「え」

渡されたカードには来訪者と書かれている。自分で渡しに行けと遠まわしに言われたらしい。仕方なく首からそれを下げ、開けてくれた門から敷地に入る。入ったはいいが、何処に行けばいいのか分からない。適当に歩きながら桜に電話をかけるが、相変わらず電話に出ない。どうしようか。

「なあお前どうかッ、ぅわおッ!」

適当にその辺の生徒にでも渡そうか思い始めた時、視界の端から現れた生徒は人の顔を見た瞬間奇声を上げた。失礼すぎる。

「岳人どうし、ぅおッ! お前どうしたんだよ、それ!」

面倒臭いが、折角向こうから話しかけてくれた事だしと不満は飲み込んだ。

「ねえ、早川桜って生徒知ってる?」
「は、はあ? 知ってるも何も早川桜知らねえ奴なんかいねえだろ」

私の妹は男子生徒の口ぶりから相当有名らしい。桜、お前何やらかしたんだよ。
私も人の事を言えた義理ではないが、桜の学校での振る舞いがもの凄く不安になった。

「じゃ、コレ」
「は?」
「コレ桜に渡して欲しいんだけど」

ポニーテールの男子にプリントを差し出す。
ここから校舎だろう建物まで目視で数百メートルはありそうな道のりを行く元気は皆無だ。無駄に広すぎる。

「つかお前、早川とどんな関係よ」
「どんなって」
「もしかしてお前が噂の彼氏?」
「は?」

お河童男子の台詞にプリントを差し出したまま固まる。

「タダの噂かと思ってたけど、マジでいたんだ」
「……それはどういう……」
「アイツに告った奴等が言ってたんだよ。めちゃくちゃ愛してる奴がいるから付き合えないって断られたって、なあ宍戸?」
「ん、ああ。しかも全員が全員同じ台詞で断られたって話しだしな」

羨ましいぜ、と二人同時にはかれ、そのめちゃくちゃ愛している人物、というかモノが何なのか分かってしまい何とも言えない気持ちになった。
私の妹は既に手遅れかもしれない。

「――暁ちゃぁあんん!!」

取りあえず誤解されたままなのは非常に不本意なので誤解を解こうと口を開きかけたが、何処からか自分を呼ぶ声が聞こえ辺りを見回すと男子生徒の背後で桜が走ってくるのが見えた。近づいてくるそれは、失速する気配がなかった。流石にあの勢いのまま抱きつかれれば、気を失うのは目に見えている。タイミングを見計らい避ける。

「むう、何で避けるのよ」
「殺す気か、馬鹿」
「あ、そっか」

いつか桜に殺される気がした。
溜息をつき、桜の頭をファイルで小突く。

「これでいいのか」
「あ! ありがとうッ、暁ちゃん!! 大好き!」

緩く抱きついてきた桜の頭を撫で暫く好きにさせていたが、ピリとまた背中に痛みが走り桜を引き剥がす。

「じゃ、もう帰るから」
「うんッ、分かった!」
「しっかり勉強しろよ」
「考えとく!」

そこは分かっただろ、と失笑した。
背を向け走り出した桜を見送り、自らも校門へ戻る為脚を進める。

道の途中で、お河童とポニーテール男子の誤解を解いてない事に気がついたが、もう行く用事も無いだろうと聞いたことは忘れることにした。というか精神衛生上聞かなかったことにした。



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