暇だ。暇すぎる。
家に帰ってきて早四日。始めこそ、一日寝てろ絶対起きるな、と言われ内心祭り状態だったが、三日も過ぎると暇を持て余し四日目には寝過ぎて節々が痛くなってきた。傷自体の痛みは大分引いたといっても痛み止めが切れると身体の至る所から悲鳴が上がる。

あの日何とか無事家につき、気がつくと見知らぬ天井を仰いでいた。やけに右側の視界が狭く、石でも詰っているのかと思える程身体も重かった。
劈くそうな桜の声で自分以外にも部屋に人がいた事にやっと気がついた。耳元で喚く桜に煩いと口を開きかけたが、桜の眼が赤く涙が浮かんでいるのを見て止めた。心はいつもの様に憎まれ口を叩いていたが、それに表情が伴っていなくそこまで心配をかけてしまった自分を悔い少し反省した。そして何故かいた楓は、やっぱり楓だった。
聞けば玄関で倒れた私にパニックになった二人は慌てて救急車を呼び、近場の救急病院がいっぱいだからと少し距離のあるこの病院まで来たという。それで何で楓なんかと本人目の前に聞けば、掴る大人が楓しかいなかったらしい。

「……それで暁、その傷の原因は――なに」
「…………」
「警察に」
「必要無いッ、ぃ……」

腹から声を出しただけで内臓が軋む。痛みで顔を歪めるも、歯を食いしばり心を見上げる。もう一度必要無いと言う。
一歩的にやられた訳でもないし、寧ろ自分よりあの男の方が重傷だろう。
諦めの意思表示か、溜息をついた心はそれ以上何も言わなかった。

「あ、……母さんに、この事は」
「……伝えてない」

聞かなくとも何となく分かったが念の為、だ。
ふと窓の向こうの太陽が気になり、時間を聞けば早朝だった。半日は眼を覚まさなかった自分に驚いたが、そんな時間まで付き添っていてくれた三人には頭が上がらなかった。モゴモゴとお礼の言葉を言えば、全くだと心に小突かれ、桜はボコリ愛もいいわとまたよく分からない事を呟いた。楓は貸しだな、と相変わらずで少し笑った。
しばし談笑していると、次第に眠気が襲い目蓋が落ちそうだった。薬の所為だと楓に言われ、また来ると心に頭を撫でられた所で完全に落ちた。
ふと人の気配を察知し、眼を開ければ見知らぬ大人が顔を覗き込んでいた。何回か瞬きをし、白衣を着たその人が医者だと理解した。

「気分はどうですか」
「……痛、い」
「そう、それは良かったです」

耳を疑った。痛いという患者に向かって良かったと微笑みかける医者など始めて会った。

「痛みがあるのは正常な証拠ですからね」
「…………」
「他に熱っぽいとかはありませんか?」
「……ない、です」

額に手をのせ、確かめる医者をジッと見る。
今まで会ってきたどの医者とも違うこの人が凄く気になった。余りに見過ぎていたせいか、先生は困った様に眉を垂れた。

「何か言いたいことでもありますか」
「……別に……」

横になったままそっぽを向けばピリっとした痛みが首筋に走り、声が詰まった。
背後で息を吐いた音がやけに大きく聞こえた。

「何があったかは聞きませんけど、もう少し自分を大事にしませんか」
「…………」
「喧嘩がいけないとは言いません、ですが一歩間違えれば大変な事になっていた、分かりますね?」
「…………」
「それに貴方は女の子なんですよ? 顔に傷など作っては先生哀しいです」

なら何だ。女はただ黙って人形の様に振舞っていればいいって?
この先生は他の医者とは違う。そう勝手に思い込んでいたが、所詮医者は医者だった。ニコニコした笑顔の下でどんな事を思っているのか、医者など偽善者ばかりだ。

「あと脚の古傷ですが……」
「――うるッ……ぃ、……煩、いッ」

急激に身体を動かした所為か、眩暈がする程の痛みに倒れ込みそうになった。身体を支える医者の手を払い、手をベッドの上につく。

「余、計な、事……言ってん、……じゃ、ねえよ」
「…………」
「……く、そッ……っ」

限界だった。ベッドに仰向けに倒れこみ、頭から布団を被った。

「暁ちゃん……」
「…………」
「……また後で診にきますね」

足音が聞こえ、ドアがパタと閉まった。病院は嫌いだ。
その日の夜、暑さで朦朧とする意識の中額に当てられた誰かの冷たい手がとても気持ち良かった。



先生

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