無事腹ごしらえも済み、一息つく。私を含め数席しか埋まっていない店内は落ち着いた時間が流れている。静かで割と好きだ。
携帯の時計を確認しながらストローを銜える。
思いの他学校から此処まで時間はかからず、慌てて帰る必要は無さそうだ。もう少しゆっくりしていこう。
背凭れに背を預け、面倒で放置していた受信メールを読む。

溜まっていたメールも一通り返信し終え、時計を見れば家に帰るには丁度いい時間だった。席を立ち、トレーを返却口に返す。また来よう。
時間が時間だけに人通りが多く、人に酔いそう。ていうか歩くの早いよ、日本人。
邪魔にならないよう道の端に寄り、煌びやかな店が立ち並ぶ通りを流し見ながら歩いていた。
ふと全面ガラス張りの店に差し掛かり、歩く足が鈍くなる。

「……美容室」

視界にチラつく前髪を弄る。切ろう切ろうと思っていたが、何となく家から出るのが億劫で先延ばしにしていた。
丁度いいし、髪でも切っていこうか。でも何となく踏ん切りがつかず、店の前を行ったり来たりする。傍から見れば私は完璧なる不審者だった。
ドアってどこにあるんだろうと、疑問に思ったその時男の子が目の前に現れぶつかりそうになった。

「おっと、悪いッ!」
「い、や」

寧ろ私が邪魔した方だが、そんなの気にしないらしい少年は店内に顔を向けている。

「じゃ、店長今日もありがとうなッ!」
「おう、今日もイケメンだぞ、岳人!」
「当ったり前じゃん!」
「気をつけて帰れよ」
「うん! また宜しくなー」

少年はそう言うと元気よく駆けて行き、直ぐに人混み紛れ姿が見えなくなった。チビッ子は元気いいな。大して年など変わらないと思うが、自分にあんな元気などない。
俯き溜息をつくと、脚が目の前に合った。そのまま視線を上へ持ってくる。

「いらっしゃい」

ニコと微笑みかけられた。もう一度店内をチラ見する。

「……いえ、通りかかっただけで、す……じゃぉあッ?!」

今日は日が良くないと、自分でも意味不明ないい訳を並べそこから立ち去ろうとしたが予期せぬ妨害を受け前に進めない。

「何言ってるんですか、お客さん。先程から店の前をうろうろしていたでしょ?」
「い、や、あれは……」
「まあまあ、話は中で聞きますから、どうぞ?」

そう背中を押され、ほぼ無理矢理店の中へ誘われた。店の中は思っていたより奥行きがある。満員まではいかなくもそれなりにお客さんが入っており、忙しそうだ。私みたいなショボイ餓鬼がいる場所ではないのは一目瞭然。

「あの、忙しそうなんで、……帰ります」
「ん、何で?」
「何でって……」

私の相手をする人がいなさそうだから、ときっぱり伝える。

「何だ、そんな心配? それなら大丈夫ッ、俺がキミの担当だからね」

その笑顔プラスレス。逃げ道は何処にも無かった。
出そうになる溜息を呑みこみ、促されるまま席に着く。途中不思議そうな顔で私を見ている他の美容師さんとすれ違い、もの凄く居た堪れなかった。
そういえば受付も何もやっていないことに気づき、鏡に映る男の人を見る。

「じゃ、今日はどのようにしましょうか」
「……前髪、が邪魔で……」

もう知るか。この人が連れて来たのだから、何かあったらこの人に責任とってもらおう。

「うーん、そうだね……」
「…………」

私の髪を弄りながら何か考える素振りをみせる男の人を鏡越しに見る。少しくすぐったい。

「前髪の他は、どうしたい?」
「……特には……」

そう返すと視線は髪に戻り、再び弄っている。何だ、どこか問題でもあるのか。
此処まできて切れませんなんて言われたら、少し落ち込みそう。

「髪、凄い綺麗だけど、何かケアしてる?」

ケアって何だ。髪なら毎日洗っているけど、それとも違う気がする。

「毎日櫛で梳かしてます」
「へ?」

鏡に向こうで男の人が目を丸くし、クツクツ笑い始めた。違ったらしい。

「そっか、そっか」
「あの?」
「ここで一つ提案があります」
「…………」
「カットモデルやらない?」

今度は私が目を丸くする番だった。カットモデルって何だ。

「はは、そんな固まらないで大丈夫だよ。カットモデルって言ってもタウン雑誌に載るだけだからね」
「…………」
「うーん、それとも親御さんがそういうの気にする人?」
「いえ」

カットモデルというものを簡単に説明された。
あの人達はそんなの全く気にしない。それどころか手当たり次第そのタウン雑誌とやらを買いあさり、出会う人出会う人に向かって自慢しまくる筈だ。
前にテニス雑誌か何かに載った時の事を思い浮かべ、ゲンナリした。
あんなの二度と御免だ。

「あ、の」
「あ、申し訳ないことに時給は発生しないんだ。でも当たり前だけどそのカットは無料だからね」

私は無料、タダ、半額という言葉に弱い。早くもやらないという決心がグラグラ崩れそうだった。

「…………」
「じゃあッ、協力してくれたらいつでもカットはタダでやってあげる! どうだ!」
「協力します」

折れた。折れました。
いつでも切ってくれるなど魅力的な事を言われれば、誰だって首を縦に振るだろう。

「よしッ、有難う!」
「……いや」

満面の笑みを向けられ、何故かこっちまで顔が緩む。

「因みに髪は伸びるの早い?」
「うん、直ぐ伸びる」
「そっか……」

短く切っても一月立つとボウボウになって困る。
コレが長いとそうでもないが、短いと維持するのが面倒だ。それもこれからは、タダでできるけど。人知れずニヤついたのは内緒だ。
さっきの人とは違う、今度は女の人が鏡に映り、シャンプー台まで案内された。頭を洗ってもらう余りの気持ちよさにまた眠りそうになった。
若干ボーっとする意識の中、男の人と会話のキャッチボールをする。そして気がつくと散髪が終わっていた。
鏡に映る自分を見つめる。前髪も短く、全体的に軽くなり結構好きだ。
ナイロンが取り払われ、座席から腰を上げる。視界がクリアになった。
籠に入ったリュックを取り、後ろに立つ店長に向き直る。改めて対面すると思いの外長身であることが分かった。多分心と同じくらいか、若干高い。羨ましい。

「……暁君……」
「はい?」

何故か私を見下ろしたまま固まった店長に首を傾げる。それに心なしか周りからの視線が突き刺さり、居心地がとんでもなく悪い。

「いや、なんか友人の高校時代にとても似ているから、ちょっと……ね」

曖昧に笑って見せた店長に、そうですかと返した。一人や二人、同じような顔の人間がいても驚かない。
店長の後について歩き、受付まで着いていく。リュックから財布を取り出す。

「お代は結構です」
「え?」
「これがここのカードね、無くさないように保管しておいてね」

カットタダは今日から有効だった。嬉しい。
受け取ったカードを財布に入れ、リュックに仕舞う。

「さっき説明したけど、撮影は十一月を予定してて、日時が決まったら貰った連絡先に電話するね」
「はい」
「後できれば今月中に親御さんのサインも貰ってきてね」
「……はい」

まだ未成年だから親の承諾が必要らしい。母さんつかまるかな。親父は物理的に無理だし、可能でも絶対嫌だけど。楓など論外だ。
後で電話してみよう。
面倒だけど、やると決めたからには最後まで完璧にこなす。
二言三言店長と言葉を交わし、ドアに手を伸ばす。

「……ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそありがとうね」
「いえ」
「気をつけて帰ってね」

小さき頷き、店を後にする。

「……ッ」
「ぉわッ!」

その直後前から来た人と正面衝突した。こんな人が多い場所で下を向いていた私が完璧悪かった。

「ごめ」
「堪忍ッ、大丈」
「大丈夫!?」

店先から見ていたらしい店長が駆け寄ってきた。

「大丈夫だった?」
「はい、だけど……」
「あ、ここ、少し崩れちゃってるね。ちょっーと動かないでね」

こんな道中で髪を弄り始めた店長に道行く人の視線が痛い。凄く止めて欲しい。

「ホンマ、スマへんかったな」
「あッ……」

既に背を向け行ってしまってい、謝る事は叶わなかった。
店長も終わった様なので、お礼を言って足早にその場から立ち去る。



タダより高いモノは無い

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