気持ちい……。ハンモックが風に揺られ、適度な振動が心地いい。

「……ろ」

もう少し、寝ていよう。

「お、……て……よ」

んん、煩い。気持ちよく寝ているのだから、そっとしておいて欲しい。

「おいッ早川、起きろ!」
「――うるせえッ、……あ?」

ここ何処だ。机の並ぶ、見慣れない部屋の雰囲気に疑問符が浮かんだが、ああ教室か、とスグに思い出した。
欠伸と伸びを同時に済ます。同じ体勢で寝ていたせいか節々が痛い。特に首に違和感を覚え、軽くストレッチを施す。

「あれ、キミは……」

左を向くと、視界の下の方に座る人影が。何やっているのだろう。そう首を傾げれば、徐にそいつが顔を上げた。
トージョー君だった。
眼が潤んで見えるのは私の気のせいか。

「…………」
「…………」
「大丈夫?」
「……ああ」

聞くだけ聞いてみたが、大丈夫らしかった。
立ち上がったトージョー君を眼で追うと、トージョー君の鼻の頭が赤く染まっていた。ぶつけたのだろうか。見かけによらずドジらしい。

「…………」
「…………」

お互い向かい合ったまま一言も発しない。何か言った方がいいのか。ちらッと頭半分高いトージョー君を見上げると、眼が合った。
小さく開閉を繰り返す口元に、何か言いたいことでもあるのかと動向を見守る。

「……教科書」
「え?」
「数学の教科書、……返して」

数学の……、教科書? 何の事だ、とトージョー君の視線の先を辿ると机から半分落ちかかった本が目に入った。
ああ、あの時見せてもらったやつか。何故私の机に置かれたままだったのだろう、とふと疑問に思ったがとりあえず手を伸ばし本を手に取る。そしてトージョー君に渡そうとした。
したが、本の状態を見て思いとどまる。左のページだけ異様に撚れ、若干湿っている。ヨダレの形跡もある。

「いや、これは駄目。新しいの貰ったら、それ渡すから」

だから、ゴメンと、頭を下げる。人様に借りた物になんてことをしたんだ私は。

「……別に、……構わない」
「え?」

意外な事を口にしたトージョー君に思わず目を丸くした。全然構わなくないだろ。だってそれ、私の体液ついているんだけど。

「いやいや、何言ってんの? 新しいの渡すから、ホント」
「だからッ」

何か言われる前にリュックに教科書を突っ込んだ。適当に入れたから、折れ曲がっているのは確実だろう。ファスナーを閉める。
トージョー君はそれで諦めたのか、何も言わなかった。
沈黙すること数分。室内には時計のコチコチという音しか聞こえない。
そういえば、今何時だろうと徐に時計を見上げ驚愕する。四時を過ぎていた。
あれ、私いつから寝ていたんだ。というか何故誰も起こそうとしなかったんだ。

「いくら起しても起きなかったんだ」

私の心中を読んだのか、そう言ったトージョー君に羞恥で顔が熱い。ああ何やっているのだろう。
登校初日位真っ当に授業受けろよと、まるでいつも不真面目に受けているかの様に心に忠告されたばかりだった。この事を心に知られれば、夜通し説教されるのは目に見えている。良かった、別の学校で。

「そっか……」
「…………」
「……じゃ、帰ろうかな」

朝から何も食べていなく、自覚したが最後急激に腹の虫が騒ぎだす。数時間で夕食だと分かっていても、何か摘ままないと身体が拙い。
確か駅前にファーストフードの店が何店かあった筈。サンドイッチの店にしようか。

「……ンで」
「…………」
「なんで、男の振りなんかしてんだよ早川」
「……え?」

リュックを背負い、さあ行くかと足を一歩踏み出した所でトージョー君が妙な台詞を口にした。
男の……振り? 何言ってんだ。
よく分からないと、トージョーくんを無言で見る。

「何しらばっくれてんだよ。お前、何がしたいんだよ」

何がしたいといわれても、返答に困る。
確かに自分の姿、形で男に間違われてもしょうがないとは思うが、別に男の振りをしようと思った事もなりたいと思った事も全くない。
それに今日だって普通にジーンズとノースリーブ、その上に薄手のシャツを羽織っているだけで、特別男っぽさを意識しているわけではない。本当はジャージを着て行こうと思ったけど、桜にもの凄い剣幕で止められ致し方なくこの格好にした。

「いや、ホントそういうんじゃないから」
「なら、何で否定しないんだよ」

否定する様な事が何かあったか、と首を捻る。
だけど私自身、そんなのどっちでもいいのが本心だった。女でも男でも、別にどっちでもいい。

「何を否定するのか分からないけど、しょうがないし」
「な、に……」
「普通に振舞っているだけで男に間違われるなら、どうしようもないじゃん」
「…………」
「一々否定するのも面倒くさいし、他人の評価なんか心底どうでもいい」

うふん、とかいう自分を想像して鳥肌がたった。寒すぎる。
何も言わなくなったトージョー君の横を通り過ぎる。

「――俺……」

廊下に脚を伸ばしながら、教室を振り返る。トージョー君がこっちを見た。

「俺はトージョーじゃない」
「……は?」
「俺の名前は東条司」

何だ。自己紹介?
よく分からないが、空気を読んで私も自己紹介した方がいいのだろう。
日本にきて初めて空気と言う物を読んだ。私凄い。

「私は早川暁」
「知ってる」
「あそ」

教室を後にする。



居眠り常習犯

back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -